現代ダンジョン。突如として世界中に出現した。
火を吹くドラゴンが空を飛ぶ。海でクラーケンが船を沈める。一つ目のサイクロプスが我が物顔で地を踏み鳴らす。
それらの巨大なモンスターたちが金銀財宝を隠し持っていると言われた。
そんな危険な地であるというのに世界中の若者たちはダンジョンに我先へと足を踏み入れた。
彼らの主な目的はダンジョン配信だ。お宝やモンスターの首を抱えてカメラの前でガッツポーズ。それが若者たちの流行となりつつあった。
そのダンジョンのひとつに高そうなスーツに身を包んだ場違い感がぷんぷん臭う30代のおっさんたちが集まった。
内閣総理大臣・足利義昭。彼の供回りである織田信長、明智光秀、羽柴秀吉の4人。
彼らの後ろにはずらりとマスコミたちが並んでいた。総理大臣の失態をカメラで収めようとしている。
しかし、カメラマンたちは足利義昭たちよりも、目の前に現れた一人の女性へとカメラを一斉に向ける。
その女性は女神と呼んで差し支えない神々しさを発していた。金色の流れる髪が腰まである。欧米人も裸足で逃げ出しそうなほどの白い肌。それを真っ白なドレスで覆い隠している。
"女神様キタ――(゚∀゚)――!!"
"マスゴミもわかってんじゃねーか!"
"ポンコツ総理じゃ数字取れないもんなっ"
"女神様、シコシコシコシコ!"
女神はやさしくほほ笑んでいる。しかもばっちりカメラ目線だ。義昭は「ぐぬぬ……」と唸るしかない。
ダンジョンに初めて足を踏み入れるパーティは女神にダンジョンの案内をされるという政府の調査結果が出ている。
タッチパッド片手に女神のガイダンスが5分ほど行われた。何もない空中にスクリーンが表示されている。そのスクリーンにダンジョンにおけるルールが明記されていた。
ここまではお決まりの儀式とも言えた。
「さてと……一通りの説明はここまで。他のダンジョンと同じようにアバターの設定を開始するわ」
「わかったのじゃ。信長殿。そちから頼む」
「わかりました、義昭様。しかし……今のこの姿でも全国の男子のお尻が濡れちゃうほどのダンディです。これ以上を望むのは愚かと女神様に言われてしまいそうです」
織田信長はそう豪語してみせる。スーツ姿にグラサン。さらには現代日本国であるというのに髪型は月代にちょんまげ姿だ。
30代にして腹がぽっこりと出始めている自分と比べれば、3歳年上の信長は全身からダンディならではの色香を思う存分、放っている。
これ以上、信長に目立ってもらうのはいささか納得がいかない。このダンジョン配信の主人公は自分こと、足利義昭のはずなのだ。
「大層な自信ね。いいわ、そこのグラサンちょんまげ。あなたのアバターはエルフね」
「えるふ……? 別名、耳長族と呼ばれるゲームによく出てくる美形種族でしたっけ」
「そうよ。魔法が得意でビーガン」
「先生、めっちゃ肉が好きなんですけど?」
「そこまで設定にこだわらなくてもいいわ」
女神がタッチパッドをちょんと人差し指で押す。それとともに信長の姿はグラサンちょんまげの耳長エルフとなった。
「えっと……アロハシャツにビーチサンダルって、こんなエルフ、存在します!?」
「あははーーー! お似合いじゃないのー? ねえ、そこの貴方たちもそう思うでしょ?」
女神がヒーヒーと笑いながら、信長をおちょくっている。戦国時代に第六天魔王と恐れられた男をそこまでけなせるこの女神にドン引きしてしまう。
"この女神、怖いもの知らずすぎだろw"
"どこの世界線にグラサンでちょんまげのエルフがいるんだよ!w"
"アロハ&ビーサン姿でも格好良いと思わせる信長、マジで第六天魔王w"
「あー、すっきりした。さて、次行くわよー!」
女神はマイペースと言えた。信長がギリギリと歯ぎしりしているというのに、完全に無視している。
続いて女神がタッチパッドを操作していた。その様子を義昭がそわそわと落ち着きなく見守っていた。
次に女神の横暴を喰らう相手は誰なのかと、ごくりと息を飲むしかない。
「そこのサル顔。あなた、パーティのマスコットになりなさい」
「ウキー!? 指名されてしまいましたなぁ! できるなら可愛いマスコットにしてほしいものですぞ!」
羽柴秀吉が女神の機嫌を損ねないようにおどけた姿を見せている。世渡り上手なサルだと言われていただけはある仕草だ。
女神がタッチパッドに表示されているボタンを押した。その途端、ボンッという音が鳴り、さらに秀吉は白い煙に包まれた。
「はい、手乗りサルよっ!」
「ウキーーー!」
"ですよねーw"
"この女神、できる子"
手乗りサルサイズになったサルの秀吉がトホホ……とうなだれている。その小さいサルを両手で持ち上げて、信長が頬ずりしていた。
「さあ、どんどん行くわよ! そこのガタイの良い若禿げマッチョ!」
「禿げではござらぬっ。ちょっと前髪が他人より10cmほど後退しているだけでござるっ」
次に女神が目をつけたのは前髪が寂しい明智光秀であった。彼は女神に禿げとはっきり指摘されたことで、珍しく苛立ちを見せている。
「うっさいわね、
女神がタッチパッドに表示されているボタンを押した。光秀も秀吉同様、白い煙に包まれた。
煙が晴れると、そこには褐色の肌で筋骨隆々のドワーフが立っていた。もちろん、スキンヘッドだ。これで将来、剥げる心配もない。
「ひーひひっ! お腹いたーーーい!」
「ぐぬ……言いたいことは山ほどあるが」
「光秀くん。ご愁傷様です」
信長が光秀の肩にポンと手を置いている。だが、信長は必死に笑いを抑えてる表情だ。自分も笑ってしまわぬように必死に表情筋に力を入れた。
「さてと……ここで問題です。男エルフ、ドワーフ、マスコット。あと足りないのはなんでしょうか?」
女神が唐突にこちらへ質問してきた。なんだろう? と考えながら、信長たちと視線を交わす。
こちらの答えを待たずに女神が口を開いた。
「正解は美少女でーす! さあ、そこの一番、映えない貴方。どんな美少女になりたい?」
女神がこちらをビシッと指差してきた。その勢いに飲まれて、後ずさりしてしまった。女神の目は真剣そのものだ。まるで、貴方が隠している願望を暴いてみせるとでも言いたげだ。
「出来る限りの要望を聞くわよ? 背格好とかの注文はある? サンプルも見せられるわ」
女神がタッチパッドをこちらに見せてきた。そのタッチパッドにはアニメに出てくる美少女たちが次々と映し出されていた。
レールガンを放ちそうな娘。メロンが好きそうな赤髪の娘。ゴブリンに襲われ待ちの聖女っぽい娘。
義昭は悩んだ。30代半ばの新陳代謝の衰えから、日に日に脂が乗っていくこのおっさんの身体。
政治的な接待を受けまくって穢れてしまったこの怠惰な身体を脱ぎ捨て、新しい自分になりたいという願望があった……。
「そ、それじゃ……こちらのJCを黒髪ツインテール姫武者にしてほしいのじゃ!」
"(ヾノ・∀・`)ナイナイ"
"義昭総理がJCになりたいってどんだけ……"
"(ヾノ・∀・`)ナイナイ"
"日本の恥"
「自分で勧めておいてなんだけど……引くわー。30代のおっさんがJCになりたいとかマジ引くわー」
「わっちだけ風当たりがきついでおじゃるーーー! でも可愛いJCに生まれ変わりたいのじゃーーー!」
内閣支持率を示す折れ線グラフががっくんと下がった。ただでさえ3%しかないというのに1%まで下落した。
義昭は納得いかないと後ろに控えるマスコミたちに激昂した。
そんな義昭に構わず、女神がタッチパッドを操作し、義昭のお望み通りの姫武者JCアバターを描く。
「これでいい?」
「うひょぉ! この健康美溢れるキュッと締まったJCボディ! 大人への階段をいま駆け上ろうとしているJC! JC最高なのじゃ!」
「はぁ……まあいいわ。これでっと……」
義昭はおっさんの身体を脱ぎ捨て、黒髪ツインテール姫武者JCアバターを手に入れた!
“Oh……No。黒髪ツインテの無駄遣い”
“ヌケる? 元おっさんだっぞい”
“いや待て。冷静になるんだおまいら。あのエロゲキャラに似てない……か?”
“そうだよ、あのかわいそうかわいいの姫武者じゃん!”
”ヌクしかねえなぁ!?”
「ガハハッ! 内閣支持率が1%を切ったが、知ったことではないっ! JC最高!」
「ぽちぽち、えっと、おまわりさん? 逮捕してほしいロリコンがいるんですけど……え? 放送を見てるけど、現職はそれくらいじゃ逮捕できない? チッ!」
「信長殿!? どこに電話をかけているでおじゃる!?」
「警視庁です……もう失脚してもらうかと……」
「信長殿、わっちたちは一連托生だと約束したはずなのじゃーーー!」