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マスターの奢り

私たちは、町の酒場へと向かった。


木製の扉を押して、中へ入る。


入った途端、アルコールの強い匂いが鼻をついた。

それに、がやがやと賑やかな話し声が飛び交っている。


「俺の女房がさぁ……」


「この間、冒険者に依頼を出したんだけどよ……」


「今年の小麦も、出来がよくってなぁ……」


他愛のない会話が、そこら中の席から聞こえてきた。


「おう! いらっしゃい!!」


カウンターの奥から、ガタイのいい男性が声をかけてくる。


「どうも〜!」


「失礼します……」


私たちは、酒場のマスターさんに軽く会釈をした。


「旅の人だな?

なにか飲むかい?? リヴィアはいらねぇぜ?

可愛いお嬢ちゃんたちには、俺からの奢りだ!」


マスターさんは豪快に笑いながらそう言ってくれる。


「ほんとですかぁ〜!? じゃあ私はエール酒で!!」


ミストさんがご機嫌に答えた。


(こいつ…!!!私の前で…!!!)


エレンが恨めしそうな声を発する中、


「わ、私はミルクで……」


と私は控えめにお願いする。


「あいよぉ!」


──


数分後、それぞれの飲み物がテーブルに運ばれてきた。


「ありがとうございます!!」


ミストさんはグイッと一口、エール酒を飲み干す。


(ミストさん……お酒、強いんだ……)


「いただきます。」


私も、ミルクを一口すくって飲んだ。


甘くて、優しい味…。


「そういえば、マスターさん。」


ミストさんが、カウンター越しに声をかける。


「ん? なんだい?」


「この辺りで、困っている人とか見かけませんでした?」


ミストさんが尋ねた。


「困った人かぁ……

それなら、ほら。あそこにいるぜ?」


マスターさんが、奥の方で俯いている女性を指さした。


「おっとぉ……あのどんよりした感じ……相当とお見受けしました!!」


「ちょ、ミストさん!?」


ミストさんはそのまま席を離れ、突っ伏している女性のもとへ歩いていってしまう。


「あんたたち、困ってる人を探してんのか?」


マスターさんが、私に尋ねる。


「実は……」


私は、これまでの経緯をマスターさんに簡単に説明することにした。


──


「なるほどなぁ。

それで嬢ちゃんたちは、その瘴気の原因を探してるってわけか。」


「はい……。」


私が説明を終えたタイミングで、ミストさんが戻ってきた。


「あの人は恋愛のもつれで、あんなふうになってるだけでした。」


と、淡々と言い放つミストさん。


「ま、まぁ……人の悩みは色々あるから……」


私は慌てて、その女性にフォローを入れた。


そんな中、マスターさんがふと思い出したように言う。


「あっ、そういやなんだがな。

昔からこの土地には“ピクシー”がいるって話を聞くぜ?」


「ピクシー……ですか?」


ミストさんが興味津々な様子で、マスターさんに身を乗り出す。


「そうそう。

昔からこの辺りじゃ、誰でも知ってる話らしくてな。

かくいう俺も、生まれはミルサーレ村っていう――ミルクで有名な村の出なんだが、詳しいことは知らねぇんだ。」


マスターさんの口から、私もよく知っている村の名前が飛び出した。


ミルサーレ村――


呪いに侵され、私たちが協力して救った、小さな村。


「ミルサーレ村生まれなんですね。」


私がそっとつぶやくと、


「お? なんだい、あの村を知ってんのか?

地図にも載らねぇくらい小さな村だし……呪いにかかっちまってなぁ。

俺は、ここに逃げてきたんだが……

ここで稼いだリヴィアは、今も定期的に村に送ってんだ。」


マスターさんの顔に、少しだけ影が差す。


「マスターさん。安心してください。」


「ん?」


「呪いなら……私たちが、解きましたから。」


その言葉に、マスターさんは目を見開いた。


「な、なんだって……!?」


興奮気味に、ぐっと身を乗り出してくる。


「じゃあ、嬢ちゃんたちが――

あの村を救ってくれた“聖女様”か!!」


聖女様――

その言葉に、思わず私は顔を赤くしてしまう。


「は、はい……一応……」


「なんてったぁ……!!!

よし!! あんたら、今日は好きなだけ飲んでくれ!!

全部、俺の奢りだ!!!」

マスターさんが、豪快に笑いながら言い放った。


「あ、ありがとうございます……」


私はお礼を言いながら、

そっと隣にいるミストさんへと視線を向ける。


「ミストさん……

みんなも連れてきた方がいいですよね……?」


そう尋ねると、

ミストさんは軽く手を振った。


「いや、さすがに全員分は、マスターさんの負担が大きくなっちゃいますから。

程々に、私たちだけで楽しみましょ。

それに、羨ましがるのはグレンさんだけでしょうしね。」


さらりと、そんなふうに言う。


確かに――


皆には少し申し訳ないけれど、

マスターさんの厚意を無理に広げるわけにもいかない。


ミストさんの、さりげない気遣いが、すとんと胸に落ちた。


(……今度、私がみんなに何かご馳走しよう)


私は、そう心にそっと決めたのだった。


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