「さてさて。
私はパンを食べたら、少し町を調査してみますかねぇ。」
ミストさんが、楽しげに周囲を見渡す。
「おや! あそこ、座って食べるにはもってこいですよ!」
彼女の指差した先には、小さな木造ベンチがぽつんと置いてある。
ミストさんはベンチに腰を下ろすと、うれしそうに袋からパンを取り出し――
ひとくち、頬張る。
「ん〜〜〜!!! 美味しいですねぇ〜!」
緊張感が全く無いその様子に、
さっきまで胸にあった警戒心が、ふっとどこかへ消えていった。
私も、ミストさんの隣に腰を下ろす。
そして、三つ買ったうちのひとつを、そっと手渡した。
「おや? これは??」
「いつものお礼です。」
そう言うと――
「な、なんてお優しい……!!
シイナ君なんて……長年一緒にいるのに、こんなことしてくれませんよ……!」
ミストさんが大げさに、でも本当にうれしそうに喜んだ。
その時。
「ヘックシッ!!」
遠くの方で、誰かのくしゃみが聞こえた。
……たぶん、シイナさんだと思う…。
私は思わず、くすりと笑った。
「それより……私も調査するね。
なにか、手伝えることはある?」
私はミストさんに尋ねた。
「ふむ。
では、一緒に歩きましょう!
まだこの結晶、完全に機能してるか怪しいところがあるので――
エレナさんの感知が頼りになる時や、浄化をお願いする時があるかもしれませんから!」
ミストさんは、パンを片手にそう答えた。
──
そして、私たちは調査を開始した。
空は、雲ひとつない清々しい青。
これから歩き回るには、もってこいの天気だった。
「さぁ! じゃあ行きますよぉ!!」
「お、おー!!」
私も、右腕を空に伸ばして、ミストさんのノリに少しだけ合わせる。
「まずは、聞き込み調査からですっ!」
ちょうど、町民と思われる男性が通りかかった。
「すみませーん! 少しお伺いしたいのですが!!」
ミストさんが元気よく、男性の方へ駆けていく。
「お、おお? なんかの調査かい?」
「そうなんですよ〜。
ところで……お兄さん! なにか最近、困ったこととかありませんか!?」
ミストさんが、自然な笑顔で尋ねた。
「うーん……困ったことかぁ……特にはないかな?」
「そうですか〜! いえ、なら結構です!!」
元気よく一礼するミストさんに、
男性が「はは、元気だね」と笑いながら、
私にも手を振って去っていった。
私はぺこりと頭を下げ、その背中を見送る。
「すみませーん!」
今度は、通りかかった女性に向かってミストさんが走っていく。
(こ、これが……現地調査をする人の会話する能力……!)
私にはとても真似できない、
絶妙な距離感で次々と町の住民に声をかけるミストさんの姿に、
ただただ感心してしまうのだった。
「お嬢さん! なにか最近、困ったことはありませんか!?」
ミストさんが元気よく声をかけると、
通りすがりの婦人さんが、嬉しそうに笑った。
「いやだねぇ! お嬢さんなんて歳じゃないよぉ!」
と、照れ隠しのように言いながら。
「で、困ったことだね? ん〜……思い浮かばないわねぇ。」
「そうですか! いえ、それなら、それが一番ですよっ!!」
ミストさんが爽やかに頭を下げる。
「ははっ。
ここに住んでる人は、なんだかみんな幸せそうだからねっ。
二人とも、ごゆっくり〜!」
婦人さんは、先ほどの男性と同じように、にこやかに私たちに声をかけて去っていった。
それからも、
ミストさんは通りがかる人々に次々と声をかけ続けた。
──
やがて、パン屋の近くに戻ったところで、
ミストさんはぽんと手を打った。
「なるほど……原因が全く分からないですねっ!!」
潔く、そう言い切るミストさん。
私たちがどうしたものかと頭を抱えていると…
「きゃははは〜!」
「待ってよぉ〜!」
元気な声が響き、
小さな子供たちが、私たちの目の前を勢いよく駆け抜けていった。
子供たちも、とても元気そうだった。
私は目線を子供たちから、隣にいるミストさんへと移す。
そして、少し考えてから尋ねた。
「でも確かに、結晶はまだ赤いんだよね?」
ミストさんはポケットから例の結晶を取り出した。
「はい。
見事に、真っ赤ですねぇ。」
手のひらの上で、赤く染まった小さな結晶が、太陽の光を受けて鈍く光っている。
町の人に聞いても、原因はつかめない。
エレンも、私も、明確な異変は感知できていない。
たぶん、
この町に満ちている瘴気は、
本当にごくごく微量で、人体に害を及ぼすものではないのだろう。
それでも──
いざ何かが起こったとき、
被害が広がる前に、できる限りの手は打っておきたい。
私は、静かにそう思っていた。
「ふむぅ……」
ミストさんが、真剣な面持ちで考え込む。
その時――
(エレナ。
こういう時には、酒場に行ってみるといい)
「えっ!?」
あまりにも唐突だったエレンの助言に、
思わず声を上げてしまった。
ビクッとミストさんが肩を震わせる。
「ど、どうしました??」
「エレンが……こういう時には、酒場に行ってみると良いって……」
私がそう言うと、
ミストさんはポンっと腕を鳴らした。
「なるほど!!! たしかに!!!!」
「えっ……?」
「人は嫌なことがあると、お酒に逃げますから!!どんなに明るい町でも、人が本音を零すのが酒場です!」
「な、なるほど…?」
「エレンさん!ありがとうございます!」
(お、おお……
随分はっきり言うが……感謝されるのは悪くないな)
エレンが、少し戸惑いながらも受け止める。
「あ、あはは……」
私は苦笑するしかなかった。
こうして、私たちは酒場に向かうことにした。