目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

現地調査

「さてさて。

私はパンを食べたら、少し町を調査してみますかねぇ。」


ミストさんが、楽しげに周囲を見渡す。


「おや! あそこ、座って食べるにはもってこいですよ!」


彼女の指差した先には、小さな木造ベンチがぽつんと置いてある。


ミストさんはベンチに腰を下ろすと、うれしそうに袋からパンを取り出し――

ひとくち、頬張る。


「ん〜〜〜!!! 美味しいですねぇ〜!」


緊張感が全く無いその様子に、

さっきまで胸にあった警戒心が、ふっとどこかへ消えていった。


私も、ミストさんの隣に腰を下ろす。


そして、三つ買ったうちのひとつを、そっと手渡した。


「おや? これは??」


「いつものお礼です。」


そう言うと――


「な、なんてお優しい……!!

シイナ君なんて……長年一緒にいるのに、こんなことしてくれませんよ……!」


ミストさんが大げさに、でも本当にうれしそうに喜んだ。


その時。


「ヘックシッ!!」


遠くの方で、誰かのくしゃみが聞こえた。


……たぶん、シイナさんだと思う…。


私は思わず、くすりと笑った。


「それより……私も調査するね。

なにか、手伝えることはある?」


私はミストさんに尋ねた。


「ふむ。

では、一緒に歩きましょう!

まだこの結晶、完全に機能してるか怪しいところがあるので――

エレナさんの感知が頼りになる時や、浄化をお願いする時があるかもしれませんから!」


ミストさんは、パンを片手にそう答えた。


──

そして、私たちは調査を開始した。


空は、雲ひとつない清々しい青。

これから歩き回るには、もってこいの天気だった。


「さぁ! じゃあ行きますよぉ!!」


「お、おー!!」


私も、右腕を空に伸ばして、ミストさんのノリに少しだけ合わせる。


「まずは、聞き込み調査からですっ!」


ちょうど、町民と思われる男性が通りかかった。


「すみませーん! 少しお伺いしたいのですが!!」


ミストさんが元気よく、男性の方へ駆けていく。


「お、おお? なんかの調査かい?」


「そうなんですよ〜。

ところで……お兄さん! なにか最近、困ったこととかありませんか!?」


ミストさんが、自然な笑顔で尋ねた。


「うーん……困ったことかぁ……特にはないかな?」


「そうですか〜! いえ、なら結構です!!」


元気よく一礼するミストさんに、

男性が「はは、元気だね」と笑いながら、

私にも手を振って去っていった。


私はぺこりと頭を下げ、その背中を見送る。


「すみませーん!」


今度は、通りかかった女性に向かってミストさんが走っていく。


(こ、これが……現地調査をする人の会話する能力……!)


私にはとても真似できない、

絶妙な距離感で次々と町の住民に声をかけるミストさんの姿に、

ただただ感心してしまうのだった。

「お嬢さん! なにか最近、困ったことはありませんか!?」


ミストさんが元気よく声をかけると、

通りすがりの婦人さんが、嬉しそうに笑った。


「いやだねぇ! お嬢さんなんて歳じゃないよぉ!」


と、照れ隠しのように言いながら。


「で、困ったことだね? ん〜……思い浮かばないわねぇ。」


「そうですか! いえ、それなら、それが一番ですよっ!!」


ミストさんが爽やかに頭を下げる。


「ははっ。

ここに住んでる人は、なんだかみんな幸せそうだからねっ。

二人とも、ごゆっくり〜!」


婦人さんは、先ほどの男性と同じように、にこやかに私たちに声をかけて去っていった。


それからも、

ミストさんは通りがかる人々に次々と声をかけ続けた。


──


やがて、パン屋の近くに戻ったところで、

ミストさんはぽんと手を打った。


「なるほど……原因が全く分からないですねっ!!」


潔く、そう言い切るミストさん。


私たちがどうしたものかと頭を抱えていると…


「きゃははは〜!」


「待ってよぉ〜!」


元気な声が響き、

小さな子供たちが、私たちの目の前を勢いよく駆け抜けていった。


子供たちも、とても元気そうだった。


私は目線を子供たちから、隣にいるミストさんへと移す。


そして、少し考えてから尋ねた。


「でも確かに、結晶はまだ赤いんだよね?」


ミストさんはポケットから例の結晶を取り出した。


「はい。

見事に、真っ赤ですねぇ。」


手のひらの上で、赤く染まった小さな結晶が、太陽の光を受けて鈍く光っている。


町の人に聞いても、原因はつかめない。

エレンも、私も、明確な異変は感知できていない。


たぶん、

この町に満ちている瘴気は、

本当にごくごく微量で、人体に害を及ぼすものではないのだろう。


それでも──


いざ何かが起こったとき、

被害が広がる前に、できる限りの手は打っておきたい。


私は、静かにそう思っていた。

「ふむぅ……」


ミストさんが、真剣な面持ちで考え込む。


その時――


(エレナ。

こういう時には、酒場に行ってみるといい)


「えっ!?」


あまりにも唐突だったエレンの助言に、

思わず声を上げてしまった。


ビクッとミストさんが肩を震わせる。


「ど、どうしました??」


「エレンが……こういう時には、酒場に行ってみると良いって……」


私がそう言うと、

ミストさんはポンっと腕を鳴らした。


「なるほど!!! たしかに!!!!」


「えっ……?」


「人は嫌なことがあると、お酒に逃げますから!!どんなに明るい町でも、人が本音を零すのが酒場です!」


「な、なるほど…?」


「エレンさん!ありがとうございます!」


(お、おお……

随分はっきり言うが……感謝されるのは悪くないな)


エレンが、少し戸惑いながらも受け止める。


「あ、あはは……」


私は苦笑するしかなかった。


こうして、私たちは酒場に向かうことにした。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?