こうして、私たちはそれぞれ自由に行動を始めた。
でも、今回はミストさんと一緒に歩いている。
「おや!この町は、どうやらパンが名物みたいですよぉ!
食べてみますか??」
ミストさんが、通りの一角にあるお洒落なパン屋を指差して言った。
久しぶりに――食べたいな。
「そうだね。じゃあ、入ろう。」
私たちは、パン屋のドアを押して中へ入った。
「ようこそ、いらっしゃい。」
カウンターの奥から、にこやかな老人が声をかけてくれる。
店内には、こんがりと焼けたカリカリのパンがずらりと並んでいた。
香ばしい匂いが空気に広がっていて、思わず足が止まる。
(なんて美味しそうな……)
エレンの声が心に響く。
(エレン、どれ食べたい?)
(むっ……! であれば……テーブルの真ん中に並んでいるパンを!!)
(ふふっ、分かった。)
そこには、ロイヤルウルフの肉と、とろけるチーズを挟んだ――
ひときわ目を引くパンが置かれていた。
少し高めだけど、働いて貯めたリヴィアはまだまだ余裕がある。
せっかくだから、三つ買おう。
「おじいさん、こちらを三ついただけますか?」
私の呼びかけに、
「ああ、待ってておくれ。」
おじいさんは金具でパンを挟み、丁寧に包み始めた。
その瞬間――
ふと、胸の奥に奇妙な感覚が走る。
「あれっ……」
「ん? どうかしたかい?」
私が思わず漏らした声に、おじいさんは優しく微笑んだ。
「い、いえ……なんでもないです。」
私は小さく首を振る。
──こうして、パンを受け取って店を出た。
けれど――
外に出るやいなや、私はすぐにエレンに尋ねた。
(エレン、感じた?)
(ん? 何を感じたというんだ?)
エレンは、まったく気づいていない様子だった。
(……エレンが気づかないなら、私の気のせい……なのかな)
そんなことを考えていると、
ふと、隣でミストさんが指先で顎を触りながら、何かを考え込んでいた。
「どうかしたの?」
私がそう声をかけると、ミストさんがポケットから小さな結晶のようなものを取り出した。
「それは……?」
「先日、野宿した場所の近くで、変わった鉱物を見つけましてねぇ?」
ミストさんはにこにこと笑いながら言う。
「調べてみたところ、どうやら特別な能力を秘めているようでして。
それを私が、持ち運べるように加工したんですよぉ。」
えっ……
いつの間にそんなことを……??
それに、加工って――
普通は専門の加工師に頼まないとできないんじゃ……。
頭の中でそんな疑問が渦巻いていると――
「ふっふっふ。
その顔は……『鉱物は加工屋に頼まないとできないんじゃ?』って顔ですねぇ!」
と、ミストさんが満面の笑みで言い当ててきた。
「う、うん……」
「ズバリ! 私はかなり多くの技術を身につけているのですっ!!」
ミストさんは得意げに胸を張った。
「実際、調査で鉱石とか見つけたときに、
いちいち加工屋に運ぶのって、めんどくさいじゃないですか〜。」
「そんなの、時間の無駄ですしね。
だから私、自分で加工できる技術を身につけたんです。
ハコベールのおかげで道具一式も持ち歩けますしね!」
と、さらりととんでもないことを言い放つ。
(……ミストさんって……グレンさんと一緒にいるとハチャメチャに見えるけど……
ほんとは、ものすごく頭がいいんだよね……)
私は改めて、そんなことを思った。
「で!ですよ?
この結晶の能力……というのは――魔物の瘴気に反応するようになってるんです。」
魔物の瘴気――
「で、魔物の瘴気に反応すると……
こんなふうに真っ赤に染まるんですよねぇー!!!」
ミストさんが、軽いノリで言い放つ。
……真っ赤。
「えっ……!? えぇええっ!??」
私は思わず声を上げた。
魔物の気配なら、私が気づかないはずがない。
エレンだって、必ず気づくはず――
なのに。
目の前の結晶は、確かに――赤く染まっていた。
(な、なんで……!?)
「ちょ、ちょっとミストさん!?
それ、真っ赤って……魔物が近くにいるってこと!?」
慌てて問いかけると、
「うーん。どうやら、そういうわけでもないんですよねぇ。」
と答えてくれる。
「えっ……?」
「実は、パン屋さんの中にも――
ほんの、うっすらと。
人体に影響が出ないくらい、ごくごく微弱なレベルの瘴気が漂ってたみたいでして。…いやと言うかこの町全体がそうなってるみたいなんですよね。」
あっさり、そんな恐ろしいことを言う。
(そ、そこまでわかるんだ……ミストさんの結晶……
私より、魔物感知が精密じゃない……!?)
──胸の奥がひやりと冷えたのだった。