魔物が、怒気を込めてこちらへ跳びかかってくる。
刃のように尖った鎌を、勢い任せに横薙ぎ――。
(しゃがむんだ)
エレンの声が、脳内に鋭く響く。
私は迷わず、地を這うようにしゃがみ込む。
――シュッ!!
鎌が頭上すれすれを風ごと切り裂いた。
「今っ!!」
そのまま、私は短剣に宿した聖光をぐっと前へと突き出す。
バシュゥンッ――!
光の刃が一気に伸び、魔物の腹部を貫いた。
『オ、オオオオ……!!』
低い呻きとともに、魔物が苦悶の声を上げる。
「ていっ!!」
その刃を横に払うように振る。
刃の軌道に沿って、聖なる光が魔物の体を切り裂いた。
ザンッ――!
特異個体の魔物が、床に崩れ落ちる。
「……あれ?特異個体って、もっと強いんじゃ……?」
(違う。君が強くなったのだ)
「えっ……?」
(旅に出てから、身体能力が上がっている。そして……聖属性の純度も、以前とは比べものにならない)
知らなかった。
でも、そう言われて――少しだけ、胸が熱くなる。
「私も成長してるんだ…」
だが、そこで。
(エレナ――!!後ろだ!!)
「えっ……!?」
――死角。
いつの間にか回り込んでいた魔物の鎌が、目の前に迫る。
その瞬間。
カチィンッ――!
私の左手が勝手に動き、腰の短剣を抜いて鎌を受け流した。
「ええっ!?」
(ふう……どうにか防げたな)
「すごい……エレン…!こんな事ができるなんて……!」
(私も日々できる事が増えている…という事だ。)
――エレンも、少しずつ“この体”と馴染んできている。
「じゃあ……もう一体も、浄化するね!」
(ああ)
私は一歩踏み出す。
跳躍と同時に、魔物の胴体めがけて光の刃を振り下ろす。
ガキィンッ!!
だが鎌に弾かれた。
「くっ――!」
刹那、魔物が振り返しの一撃を放つ。
鎌の刃が、私の喉元を正確に狙っていた。
(させん)
今度は左足が反応した。
鎌を蹴り上げ、その反動で私は後方に跳ぶ。
「……今っ!」
私は光で弓矢を形成し、矢を放つ。
バシュゥンッ――!
閃光の矢が、魔物の額を正確に貫いた。
『オ、オオオ……ッ』
魔物がの姿が一瞬揺れ、魔物の形が崩れていく。
そして静かに――浄化された。
「ふ、ふう……」
──だが。
『オオオ……』
あの、特異個体の魔物が――まだ残っていた。
私は振り返り、ゆっくりと歩み寄る。
「……大丈夫。怖くないよ…。」
左手をそっとかざす。
淡く光る指先から、黄金の光が広がっていく。
それは、どこまでも優しく――
魔物の魂を包み込み、空へと還す光だった。
スゥ……
魔物の浄化と同時に部屋の中に漂っていた瘴気が、ふっと風に吹かれるように、消えていった。
(まだ戦いに慣れていない故、いくつか危ない場面もあったが……。
慣れていけば、君はもっと“戦えるようになる”)
「うっ……がんばる……」
少し情けない声でそう答えた私に、エレンは柔らかく続けてくれる。
(もう一度言うが――これは“護身”のためだ。
危険な敵が現れた時は、私が代わる)
「……うん。ありがとう……でも、やっぱり私も……もっと強くなりたいんだ」
「私も、誰かを守れるくらいに――なりたいの」
(……そうか)
一拍の間の後、エレンの声が静かに響いた。
(なら……少しずつ、戦闘の回数を増やしていこう。
君が本当に“任せてほしい”と思えるようになるまで、私も見守っている)
「……うん!」
言葉の端に、ほんの少しの照れが混ざってしまった。
「でも、エレンのこと……これからも頼りにしてるからねっ!」
(ふふ。もちろんだ。……おや?エレナ、奥を見てくれ)
促されるままに視線を移すと、部屋の奥のほこりまみれの床に――古びた木の宝箱がひとつ、ぽつんと置かれていた。
「宝箱……!」
目を輝かせて駆け寄ろうとすると、
(こら、そんなにはしゃいで突っ込むんじゃない)
「だ、だって……こういうの初めてで……!」
蓋の錠は錆びつきかけていたが、軽く押すと簡単に開いた。
中に入っていたのは――
「……指輪?」
底に転がる、小さな金属製の輪。
装飾もなく、どこか簡素だけれど、不思議な温度を感じる造りだった。
(ふむ……悪い気配はない。だが、念のためだ。持ち帰って鑑定してもらおう)
「うん。そうだね」
私はそれをそっと拾い、ポケットにしまった。
「……もう、みんな起きてる頃かな?」
(ああ。戻ろう)
足元の石床に反響する、自分の足音がやけに静かに聞こえる。
「なんか……ちょっと、冒険っぽかったかも」
(ふふ、それでいて“立派な戦い”でもあったぞ)
私は小さく頷いて、静かに扉の向こう――地上への階段を上がっていった。
──こうして私たちは、ひとつの小さなダンジョンを踏破し、
少しだけ強くなって――地上へと戻ったのだった。