「本当に……ありがとうございました!」
ギルドの受付嬢が、深々と頭を下げてきた。
「依頼を受けたのはエレンなので……次に本人が来たとき、直接お礼を伝えてくださいね。でも」
私は微笑みながら、そっと言葉を添える。
「しっかり伝えておきますから」
「もちろんです!それにしても……今回の特殊個体のグール、Sランクの冒険者でも討伐は難しかったそうですよ」
その言葉に、私は小さく息を呑んだ。
S級冒険者。
それは、国家が保有する“戦力”と呼べる存在。
その彼らでさえ苦戦する魔物だったというの?
「そんなに……強い個体だったんですね……?」
受付嬢は静かに頷いた。
「ええ、異常個体のグール……討伐現場に残された血痕を分析しても、
あきらかに通常の魔物とは違う反応を示していたそうですよ」
「それに――」
受付嬢は声を落としながら続けた。
「そのグールを倒せたのは、“魔法が使えない”エレンさんだったからこそ……って、ギルドの見解なんです」
「他の冒険者だったら、“たかがグール”と油断していたかもしれませんし……」
……その言葉に、私はハッとする。
たしかに――そうかもしれない。
私自身、魔法が使えることにどこか慢心があった。
「グール程度なら、祈りで祓える」と。
でもあの戦いを、私はエレンの中から見ていた。
常識なんて通じなかった。
だからこそ、魔法を持たないエレンは、
視界を奪い、急所を狙い、あらゆる手段で“確実に仕留める”ために動いていた。
それが、結果的に“鮮やか”に見えただけ。
実際には、ひとつでも読みを間違えれば――命はなかった。
(ふふ……)
心の奥で、彼の乾いた笑い声が響く。
「でも本当に……被害者を出さず、しかも鮮やかに。エレンさん、素敵ですね」
受付嬢が、瞳をきらきらと輝かせながらそう言った。
(ね、エレン。やっぱり皆の憧れなんだよ)
(……私がその場にいなければ、そういう評価も悪くはない)
そんなやりとりをしていた時だった。
「そういえば……魔導研究所の“魔法闘技”、そろそろ始まる時期ですよね?」
「……あっ、もうそんな時期なんですね」
魔法闘技――
それは、魔法研究所が主催する、王国公認の実戦競技会。
若き魔法使いたちが集い、互いの技と誇りをぶつけ合う“魔導の祭典”。
今や国民の誰もが注目する一大イベントとなっていた。
「しかも今回は……なんと、エレンさんも出場できるらしいんです!」
受付嬢が、期待と興奮を隠しきれない様子で話す。
「えっ、でも……エレンって魔法が使えないのに、“魔法闘技”に……?」
(おい。今、私の楽しみを真っ向から削いだな)
(ちょ、ちょっと落ち着いて!今のは素直な疑問だから!)
「ご安心ください。参加資格があるのは、“エレンさんだけ”なんです」
受付嬢は胸を張って言う。
「魔法を使えず、それでもS級にまで到達したのは……歴史上、彼一人だけなんですよ」
「皆さん本当に、“あの戦い方”を、この目で見たいんです!」
(どうする?)
(……決まっている。こういうのは、“逃す理由がない”)
(……了解。伝えておくね)
「では、帰ったらエレンに伝えておきます」
「ぜひお願いしますっ!」
私は少しだけ不安だった。
“魔法の祭典”に、魔法を使わない剣士が出るということ――
それを受け入れてもらえるのか。
けれど、エレンはもう決めていた。
なら、私も信じよう。
⸻
数日後。
空に浮かぶ巨大な“魔導結晶”が、闘技場の全景を映し出していた。
轟くファンファーレ。
沸き上がる歓声。
熱狂の渦が、競技場を包んでいた。
「さあ皆さま!!お待ちかねのこの季節!
魔法闘技――いよいよ、開幕です!!」
司会者の声が響く。
「準備はできているかーーーッ!!?」
「うおおおおおおおっ!!!!!」
観客席から、地鳴りのような声が湧き上がった。
私はそのころ、受付ブースの裏側にいた。
「エレナ君……」
声をかけてくれたのは、教会の司祭様。
この方だけは、私たちが“二人でひとつ”であることを知っている。
「……わかりました。今から、交代しますね」
私は礼をして、受付所の裏手へと向かった。
──
静かに目を閉じる。
(エレン、大丈夫?)
(ああ。人間相手の闘技など、久々だからな。……腕が鳴る)
(だからって、やりすぎないでよ……!)
(“くれぐれも”、な)
――こうして、
“魔法を使わぬ最強の剣士”の戦いが、
いま、始まろうとしていた。