私は、長剣と短剣の二刀を静かに構えた。
目の前に立ちはだかる異形――あの特異個体のグール。
唸り声を上げ、再び突進してくる。
「……来い」
咆哮とともに振り下ろされる、獣のような爪。
私は体をひねって紙一重でそれを回避し、着地と同時に剣を突き出す。
グシャッ――!
長剣の刃が、狙いすました右目に深く突き刺さった。
「ガァァァァァァッ!!」
巨体が仰け反り、咆哮が下水道に響き渡る。
左腕が振り上げられるのを見た瞬間、私は即座に横へ跳躍。
空中で身体をひねり、そのまま抜刀した剣を引き抜く。
ブシュウッ――!
紫色の血が飛沫を描いて散る。
「……次だ」
構えを切り替え、短剣を逆手に持ち直す。
一瞬の溜めもなく、左の眼窩めがけて放つ――
ザクッ!
刃が眼窩を貫き、肉の奥まで沈んだ。
視界を失ったグールが、狂ったように叫び声を上げ、周囲の壁をなぎ払う。
「……ふむ」
荒れ狂う姿を前に、私は呼吸ひとつ乱さない。
動きは荒いが、筋力と硬度は確かに本物だ。
その一瞬の隙。
私は背後へと踏み込み、長剣を振り下ろす。
ザンッ――!
分厚い背中の皮膚が裂け、肉を断ち割る。
しかし――なお、切りきれない。
「では……これはどうだ」
止まらず、喉元へ刃を突き立てる。
グサッ。
喉を深く狙ったが、なお手応えは鈍い。
骨のような組織に阻まれ、刃が止まる。
(エレン……もういいよ。これ以上、苦しませるのは可哀想だよ)
静かに、けれど心の芯を突くように――エレナの声が響いた。
……確かに。
私は少し、楽しんでいたかもしれない。
(……わかった。頼む)
(うん)
私は剣を強く握った。
次の瞬間――
その刃が、金色の光で包まれる。
温かく、穏やかで、どこか懐かしさを感じる輝き。
祈りの力が、静かに刃に宿る。
私は両手で構え直し、迷いなく首筋を狙った。
スパァン――!
乾いた音が響き、
グールの首が宙を舞った。
剣術と祈りの融合――
それは、私とエレナの“ふたりで完結する一閃”だった。
(……大丈夫か?)
(……うん。でも、魔物相手でも……少しだけ、胸が痛む)
(……すまない。代わろう)
(うん)
私はゆっくりと意識を沈め、主導権をエレナへと戻した。
⸻
金色の髪と瞳。
教会のシスターの装束を纏った少女――エレナが、そこに立っていた。
「……っ」
途端に鼻を突く腐臭が押し寄せ、思わず顔をしかめる。
(……大丈夫か?)
「なんとか……でも」
深く、ゆっくりと呼吸を整える。
そして私は、崩れ落ちたグールへと歩み寄る。
ゆっくりと膝をつき、
空を仰いで祈りを捧げた。
「たとえ魔物であっても……
どうか、神の導きがあらんことを」
――その瞬間。
刃に宿ったのと同じ、やさしい金色の光が現れた。
亡骸を包むその光は、静かに、何の音も立てずに消えていく。
まるで――その魂が、ようやく赦されたかのように。
⸻
私は、エレンが倒した他の魔物にも、
ひとつずつ、同じように祈りを捧げていった。
彼らが人に牙を剥いた事実は、許されるものではない。
けれど――
“倒したその後”、
その魂に安らぎを与えることだけは、忘れたくなかった。
それが、“祈るしかできない私”と、
“剣でこの街を守るエレン”――
ふたりの戦い方であり、生き方なんだ。