目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

魔物狩り

(エレン……大丈夫?)


不安を滲ませたエレナの声が、意識の奥で響いた。


私は静かに、短く返す。


(……私を誰だと思っている)


前方には、腕を切断されたグール。

血を滴らせながら、なおも唸り声を上げてこちらを睨んでいる。


「……狩りの時間だ」


私は、わずかにフードを押さえた。


そのまま、跳躍。

石畳を蹴った身体が空を裂き、殺気を伴って滑り出す。


先頭の一体へ――踏み込み、剣を袈裟に斬り上げる。


ズバァッ。


胴が裂ける。血が横薙ぎに吹き出し、内臓が石床に散った。

勢いを殺さず、剣を右へ反転。


ザシュッ。


右の個体の首が宙を舞う。

刃の軌道は止まらず、体のひねりと共に左へ。


シュバッ――


左のグールも、同じように斬首。

血煙が三日月を描き、赤く輝く瞳がその中に沈んだ。


動きが――止まる。


残る2体は戦意を喪失し、息を荒げながら後退した。


逃げる。


だが、私は静かに言葉を落とす。


「……悪いな。被害者を出すわけにはいかない。

 ここで、まとめて始末する」


逃げ出した1体の背中に向けて、私は剣を投げ放った。


ビュン――ザクッ!


鋼が肉を断ち、背中を深く貫通する。


「グエェ!!」


叫びと共に体勢を崩したグールに、私は駆ける。

駆けながら剣を引き抜き、反転――左の個体を正面から蹴り上げた。


ドガッ!!


重たい音と共に、グールは壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。


私の足元には二体の魔物。


ためらいなく、その首を斬り落とす。


沈黙。


「……ふぅ」


刃についた血を一瞥し、私は指先で跳ねを払った。


(……よし。エレナの体は、汚れていないな)


その時だった。


「うわぁ……!」


後ろから走り寄る足音。

助けた少女――いや、彼女は何かが違った。


「あなた……エレン様ですよね!? “夜だけ現れる教会騎士”の……!」


(……嫌な予感がする)


「おい、落ち着け……」


(有名になってきたね、エレン……ふふっ)


心の奥で、エレナの苦笑が響く。


少女は、目を輝かせて詰め寄ってきた。


「夜に現れる謎の剣士! S級冒険者! 教会所属!

教会騎士エレン様ですよねっ!?」


興奮しきった表情で手を握ってくる彼女に、私はわずかに後退した。


(エレナ……代わってもらえないか)


(バレたら大問題になるでしょ!!)


私はこういうタイプの相手が、非常に苦手である。


「……と、とにかく落ち着け」


「失礼しました! 私、魔法研究所の見習い研究員、ミストと申します!」


そう言って彼女は、ふかぶかと頭を下げた。


(……魔法研究所)


私は魔法が使えない。

だから縁のない場所だが、この世界には確かに“魔法”が存在する。


八つの属性――炎、風、雷、水、土、鉄、聖、闇。


私は詳しくはないが、最低限の知識はある。


「エレン様は魔法を一切使わず、剣だけで戦っているとか……。

 本当に、興味深いです!」


「……そうだが」


瞳をきらきらさせながら、私をまじまじと観察してくる。

まるで珍しい実験素材でも見つけたかのようだ。


そのときだった。


グォォォォォ!!!!!!


下水道の奥から、けたたましい咆哮。


空気が震える。

音の厚み――質量。

間違いない。“本命”だ。


(……来たな)


ミストの表情が一気に青ざめる。


「ひっ……!」


声にならない声を漏らし、肩を震わせた。


私は構えたまま、言葉を発する。


「……目標のグールだ。お前は上に戻れ」


「は、はいっ! す、すみません……! 本当は手伝いたいのですが……グールだけは本当に苦手で……!

 ご無事をお祈りしています!!」


そう言って、彼女は慌てて駆けていった。


(……これで厄介な観客から離れられるな)



目の前に、それはいた。


白く、分厚く、異様な肉体。

全身をむき出しにした異形。

その両目は、左右非対称に歪み、白目が剥き出しだった。


(あれが、今回の異常個体だね……大丈夫?)


(……全く、君は本当に心配性だな)


(当たり前でしょ!?)


心の中で小さく笑いながら、私は静かに剣を構える。


獣が、私に気づいた。


咆哮。


その声と共に、全力でこちらへ駆けてくる。


(……あれの一撃は、エレナの肉体では耐えきれん)


私は踏み込み、同時にスライディングの姿勢で滑り込む。

奴の下を潜り抜け、通りすがりに脚を一閃――


ザシュッ――


しかし、手応えが薄い。


切り裂いたはずの脚からは、かすかに血がにじむのみ。


(……肉が、固い)


グールが怒りの咆哮を上げる。


グォォォォ!!!!!


私は腰の短剣へと手を伸ばした。


「なるほど。これは、手強いな……」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?