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第一章 06話 『残骸の上で』

 焼ける肉の匂いと、生々しい血の匂いが鼻に突く。

 ウチ等が施設にたどり着いた時には、すべてが終わっていた。

 なのでウチ等はとりあえず、まだその辺にいたグーバニアン共をぶっ殺し、焼け野原の中では比較的高い位置から、ボーっとその光景を見ていた。



「大丈夫か?」


 あまりにボーっとしていたからか、隣にいたお客さんに声をかけられた。名前はエムジ・クドというらしい。カッコイイ名だなと、自分の中の好感度補正で勝手に思う。たぶん一般的にはカッコイイ名じゃないはずだ。



「わかんないです……」


 正直自分でも、今自分がどういう感情なのかわからない。施設の人たちとは親しかったのかといわれると、意外とそうでもない。そもそも彼らは半数以上意思疎通できなかったし。

 じゃあ施設職員とはどうかというと、低賃金で住まわせてもらってる恩は感じていたけどみんな忙しそうで、正直接触点があまりなかった。



 でも、だからといって、この状況が、大丈夫な訳、無い。



 彼らには家族がいた。彼らだけじゃない。爆撃されたのはこの辺の地域一帯で、施設以外にも大きな範囲で被害が出ている。死者の数は先ほど見たニュースよりも多いだろう。

 皆大切な人がいたはずだ。誰かの家族が毎日毎日、お見舞いに来ていたのもウチは見ている。遠方に住まう家族から、毎週手紙と支援金が送られて来ていたのも見ている。忙しく働く職員が、短い時間を見つけて自分の子に連絡する姿も見ている。


 奴らは、それを奪った。一度奪ったら取り返しがつかない。死んだ人間はもう帰ってこない。残された人間は、ただ悲しむ事しかできない。二度と会えないその命を、想う事しか出来ない。出来ないんだ。


 奥歯が爆発した。激しく歯を食いしばってたらしい。口の中が血だらけだ。ああ治療費が必要だなと場違いな事を考える。



「一緒に来ないか」


 エムジさんに声をかけられる。プロポーズかな? さっきまでなら嬉しかっただろうけど、正直今はそんな気分じゃない。



「お前、どこかの軍人だろ。明らかにそんな動きだった。俺と一緒に戦わないか?」


 ああ何だプロポーズじゃないのか。結局残念に思ってるじゃんウチ。



 エムジさんが言うには、残党のグーバニアンを狩る際の動きが凄かったのだとか。アルビの住んでた街でも一人で複数のグーバニアンと戦ってたみたいだし、割とウチは優秀なのか? まあ結局負けて記憶失ってますけどね。


 ウチとエムジさんはとっさにズンコの店から武器をパクリ、燃え盛る街へと突っ込んだ。

 今回はグーバニアンの自爆テロだったみたいで、爆発を起こした後、生き残りのグーバニアンが同じく生き残ったマキナヴィスの人々を殺していた。

 向こうは兵士。グーバニアンらしく筋力が凄まじく、魔力の燃費も良い。一般人はなす術なく殺されていった。



 そこをエムジさんはバッサリバッサリ。稼働魔力で自身の運動能力を強化し、敵を切り倒して行った。殺した敵から脳を瞬時に摘出し、背中にセット。さらに強力な魔力を行使してこれを繰り返す。

 着火剤と稼働魔力による原子運動強化を連携した火炎放射なんかは、そんな戦法もあるのかと目を奪われたものだ。



『魔力は脳を酷使する事によって生み出される。しかし酷使する脳は何も自分の物でなくても良い……ならば、他人の脳を奪って使ってやれば、効率よく魔力を行使できるじゃないか』



 昔誰かが唱えた糞理論だそうだ。殺した人間の脳を新鮮な内にハッキングすれば、自身の魔力演算を高めるデバイスに変化する。そうしてさらに強力な魔力を生み出し、別の敵を倒して脳をハック。さらに演算力を高めて……この繰り返し。


 殺せば殺すほど魔力は強化される。他人の命を力に変換する悪魔みたいなシステムは、1000年程前に発見、開発されたらしい。それまで念力と呼ばれていたこの力は、その日を境に悪魔の力……魔力と呼ばれるようになった。



 ウチはただひたすら稼働魔力で運動力を強化し、物理的に敵の首を跳ね飛ばしてた。ズンコからもらったクローン脳のおかげで元々演算力は高く、初手から高い攻撃力を発揮出来たのは幸いだ。

 首を飛ばした際に出来る敵の意識の隙をつき、ハックして敵の自我を消して脳を回収。あとはクローン脳と同じく回収した脳も追加して演算力を強化し、さらなる強攻撃を仕掛ける。という上記のセオリー通りの戦いをしていた。

 あ、セオリーってすぐ出て来たから、たぶんこれちゃんとセオリーなんだ。記憶失ってから戦うの初めてだから。


 とまぁ、何かやたらと評価されていて。



「どこの部隊にいたんだ?」

「んー、ですから記憶喪失でして……」

「すまん。そうだったな……なぁ、脳を少しだけハッキングさせてもらって良いか? 脳の個人コードが軍のデータベースに登録されてるはずだから、参照すればアンタの正体がわかると思うんだ」


 それは願ってもない展開だ。自分の素性もわかるし、色々と大切なものが思い出せるかもしれない。

 やったなアルビと声をかけようとして、アルビが一言も先ほどから声を発していない事に気がついた。



(あたりまえか)


 むしろ少しはしゃいでいる自分がどうかしている。いや、これははしゃいでるんじゃない。はしゃいでるふりだ。だってさっきから、歯がずっと痛い。はじけ飛んだ歯はもちろん。他の歯も。何だウチ。話してないときはずっと歯食いしばってたのか? 一部唇を巻き込んでるみたいで、そこからも出血している。

 口の中に広がる血の味は、昼間に感じた街の匂いを思い出させて……あの時は皆生きていたのに。



 この5年でわかった事がある。ウチ個人の日記にも散々書いてある。


 ──ウチは、人が死ぬのが、嫌なのだ。


 具体的には死ぬことによって取り残される人、まだ生きている人が悲しむのが嫌なのだ。

 記憶を失ってからのウチ自身にはまだそんな悲しい経験はない。でも、たぶん記憶を失う前のウチは……

 誰かを、失ったのだろうか。だから軍に、入ったのだろうか。


 思い出さなきゃいけない記憶がある。でもそれを思い出した、ウチは、今のままではいられなくなる。



「おかしい。照合できない」


 そんな考えに浸っていた所、エムジさんがつぶやいた。



「どういう事です?」

「登録されてない、というよりかは、あんたの脳をうまく読み取れない」

「あー、たぶんそれは……」


 ウチの脳がぶっ壊れてるから。

 ウチはエムジさんに今までのいきさつを手短に話した。



「……そんなことが」

「ああ! 別に憐れむ必要無いですよ! ウチはこうして生きてますし」


 憐れむべきは、この街や 、あの街の被害者の遺族や親しい人達。



「その街の名前は? 記憶を失ったときにいた」

「わからないです……日記付け始めた時に記憶あいまいで……ウチ土地勘無いですし……あ、アルビ。アルビなら住んでたし名前わかるんじゃない?」

「……ソマージュ」


 その名前を聞いたエムジさんは、少しはっとした表情になった。



「すまないな無理にしゃべらせてしまって。そうか。5年前の、あの惨劇の……」

「知ってるんですか!? ウチが記憶を失った街!」

「ああ。あれはこの戦争が始まった事件だから……。5年前のその事件の日、軍事施設の他に、民間人の居住区が5か所ほどやられて……そのうちの1つがソマージュだ」


 苦い顔で教えてくれるエムジさん。ただ彼はその気持ちを瞬き一つで切り替え、情報収集を開始する。

 そのころソマージュ付近に滞在してた兵士の情報を参照すれば……とつぶやき、回収した敵の脳を使用してサーバーへの接続を試みる。



「有り難うございますエムジさん。色々お世話になって」

「さん付けいらねぇ。エムジでいい」

「有り難うございますエムジ」

「敬語もいらねぇよ。こっちも助けてもらった。一人じゃあの数のグーバニアンはしんどい」


 それはしんどいだけで、対処出来ない訳じゃないって事だな。うむ。すごい。



「だめだ。古いデータでサーバーに残って無い」

「え、じゃあどうすれば」

「別媒体に残してあるだろうさ。紙とか。最近はとにかくクローン脳不足で、連結脳サーバー内の演算も記録も大忙し。大して重要じゃない過去の情報は一旦紙などの物理データに変換して、サーバーからは削除してるんだよ」


 そんな情勢でクローン脳を大量所持していたズンコは凄いなと、場違いな事が一瞬頭をよぎる。



「じゃあその……ソマージュ? 付近の駐在所に行けば」

「ああ。連れてってやる」

「えぇ!?」


 親切過ぎませんかねエムジさん。あ、さんいらないや。エムジ。



「丁度俺の任務がそっちの方向でな。土地勘も無くて色々大変だと聞くし、連れてってやるよ」

「うおぉぉぉ!! サンキュウ! マジありがとうエムジ! サァァァァァィアイ!!!」

「敬語いらねぇって言ったけど切り替え早すぎねぇか?」

「ウチの売りは切り替えの早さだからな!」


 嘘。切り替えるフリがうまいだけ。……へぇ、ウチは切り替えるフリがうまいんだ。初めて知った。

 だって、いつまでも悲しんでるように見えたら、アナタまで悲しませてしまうから。…………アナタって誰だ?



「しかしアンタ、凄い恰好だな」


 エムジがウチの股間を指さす。お、気が付かないうちにCストリングがどっか吹っ飛んでしまったみたいだ。じゃあウチは性器を晒しながら戦ってたのか。おぉ、それは凄い。恥ずかしい。故に興奮する。



「目のやり場に困るから隠してくれないか?」


 エムジが何か可愛い事言ってる。お、興奮してくれた系? エムジはもしかして年頃の男性なのかしら。どいつもこいつも見た目だけじゃ年齢微塵もわからんから。


 皆稼働魔力で細胞の寿命は長くしてるし、思念魔力で自分の脳をハックして、老化しない様にコントロールしてる。細胞の分裂や配列も自由自在だから、皆自分の好きな見た目を保っている訳だ。だから多くの人間が10代後半から30代前半みたいな見た目をしている。細胞のコントロール次第ではグーバニアンみたいなクリーチャーになる事だって可能だ。

 あえて自然に歳を取る実験を以前してみたらしいが、70くらいになると同じ生き物とは思えないくらい容姿が変わるらしい。ウチは見た事があるらしいのだが日記に書いてあるだけでビジュアルは不明。残念である。


 エムジは……20中盤から30くらいの見た目をしている。全然幼いの見た目じゃないけど実年齢はわからないからな。ウチの姿に興奮してくれたなら嬉しい。



「見てて目が腐りそう」

「ひどくない!?」


 予想外の感想を言われた。心外である。美少女(自称)の股間を見て目が腐るとか! 自分の年齢知らんけどさ。見た目は良いはずだぜ?


 とりあえず話題を変える目的も含め、ウチは気になった事を質問する。



「さっき、俺と一緒に来ないかって言ってたじゃないか。あれはどういう意味? 戦わないか? とは」

「そのまんまだ。お前が軍人になった理由はわからん。でもこの光景を見てそんなに口の周り血だらけにして、だいたい俺と同じ様な理由だと思ったからだ」

「というと」


 エムジは一瞬、悲しそうな顔をして、一言──



「殺されたんだよ。戦争で」



 そう、つぶやいた。

 誰を、とは言わなかった。言わなくてもだいたいわかる。親しい、人を。

 そういったエムジの目は、先ほどの悲しみは消え失せ、代わりに怒りに燃えていた。自分で突っ込んでおいて、エムジ自身も手の爪が食い込んで血がにじみ出ている。



「だからグーバニアンの狂兵士共をぶっ殺そうと思ってな」


 これだから嫌なのだ。人が死ぬのは。残された人間は目の前の様な顔になってしまう。それが理不尽な死ならなおさらだ。

 さっきまでの性的興奮はどこかに飛んでしまった。いや、元々感じてなかったのかもな。この惨状から目をそらしたかっただけだったか。エムジも気を使ってそんな話題を振ってくれたのか。


 エムジの目元は怒りに吊り上がりながらも、涙を蓄えていた。ウチはその姿を見て、涙を流していた。何かに共感しているんだろう。まだ思い出せない。何かに。



「そして」


 エムジは続ける。



「出来るなら、戦争を終わらせたい。愛する人たちが、その愛を踏みにじられない世界を作りたい」


 その目は決意に燃えていた。希望は宿ってない。それを実現しないと、生きていけない様な、絶望から来る、そんな決意。



「手伝わせてくれよ。ウチにも」


 その提案を断る理由なんて、ウチには何もない。

 しかし──




「ボクは反対かな……」




 ウチの背中から、小さい声が漏れた気がした。



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