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第一章 03話 『脳仕掛けの相棒』

 脳以外全て機械で出来ているアルビは、ズンコにやたらと気に入られている。ぱっと見はズンコとアルビは似た存在だが、経緯が違う。ズンコは自分からその体になったんだろうが、アルビはしかたなくだ。

 何度説明してもズンコはそこんとこ理解しない。アホなんじゃないだろうか。


「そういえば、さっきシーエの体の周りをグルグル回ったわけだけど、その服はホントどうなのよ?」


 お、話題変わった。もう怒ってないみたい。やったね。


「どうと言われましても。これがウチですし?」

「どっからどう見ても変態じゃん…」

「変態じゃないよ! ウチごときを変態とか、本物の変態に失礼だよ!」

「うわぁ……」


 そう。ウチは変態(軽)だった。衝撃の事実! でもない。記憶をなくした時に既に気づいてたっぽいし。

 変態と言っても色々あるが、ウチはどうやら露出狂みたいだ。正確には露出症という精神障害で、自信の恥ずかしい箇所、具体的には性器を他人に、特に異性に見てもらうことで性的興奮を得るという人種だ。素敵でしょう?

 あ、でも露出症はそれで生活に困って初めて障害認定されるから、ウチは困ってないのでただの露出癖もちの一般人です。はい。


「何で捕まらないのか不思議だよ」

「一度捕まったので学習しました。今はギリギリ見えてません」

「これでセーフって、法律って甘い」


 下半身の前面を完全露出したスカートを履き、股間のみをCストリングにて隠した現在の姿。我ながらスタイリッシュだと思うがアルビは気に入らないみたい。ウチとしては丸出しにしたいが以前捕まったみたいだし。自重している。


 ……捕まらないのは法律が本当に甘いのかもしれないが、今国内が戦時中でそれどころではないから。というのが本当の理由だとウチは思っている。露出してても誰かを傷つける事はないしね。たぶん。この国内情勢が良いとは全く思えないけれども。

 なお胸は露出してもさほど快感は感じないので、出しても出さなくてもいいかなという感じだ。運動時に上下に揺れるのが鬱陶しいので基本はブラで隠れている。


「どの部位を晒す事によって快感を得るか。これは同じ露出癖を持つ人間でも千差万別みたいだよ。文化によっても違うしね。当たり前だけど性別によっても」

「全くタメにならない情報ありがとう。死ね」


 辛辣ぅ。


「てかそんな情報いつの間に手に入れたし。ボク等の日記には一切記載がありませんけど?」

「ウチが2か月ほど前に収集したみたい。ウチの個人日記に書いてあった。必要なら共通日記にも記載するけど?」

「いらない!!」


 強めに批判されたので自重しようかとも思ったが……たぶんウチは今夜こっそり勝手に記載するだろう。


「日記の話題も出たし、折角だから施設に帰る間に日記照会をしておくか? まだ時間かかるし」

「へーい。了解」


 嫌そうな顔をしながら付き合ってくれるアルビ。ういやつよのう。

 最初は苦手としていた思念魔力の技術も向上し、表情をコロコロ変える。動きに合わせて頭の後ろに付いた蝶型の髪飾りも揺れる。かわいい。ウチのフナムシとお揃いの虫しばりにしたらしい。

 本来アルビの外見は樹脂に包まれた動く脳だが、表面に立体映像が張り付き、表情を作っている様に見える。周囲の人間の脳にそう見える様、思念魔力を飛ばしているのである。

 ウチの股間もそうしようと思った時期があったらしいが、いかんせん魔力は使うのにカロリー消費するので無難にCストリングを履いている。


 思念魔力──地域によってはテレキネシスとも呼ばれるこの魔力は、基本的な2大魔力の1つだ。記憶を無くした直後のウチも知っていたくらいだし、生活に染み付いた知識なんだろう。

 出来ることは別の対象の脳に情報を転送する事。相手が拒否しなければお互いに会話したり、記憶している映像を共有したり、見せたい画像を見せたり出来る。今アルビがしている表情の偽装も、”こう見せたい”とアルビが思った映像を思念魔力で周囲に人間に送っているから見えるのだ。


 なお軍人は複数の脳を利用して魔力の演算力を高め、より遠くに思念を飛ばす事が出来る。ウチが記憶をなくした街で脳を集めてたのもこれが理由だ。まぁこれはまた追々。


 ちなみにもう一つの2大魔力、稼働魔力はサイコキネシスと呼ばれることもあり、周囲の物体を動かす魔力だ。ウチの左腕やズンコの体はこれで動いている。どちらも使用すると結構なカロリーを消費する。


 なお以前、アルビの思念魔力に関してカロリー無駄やろと以前突っ込んだら「シーエだって無駄な露出してるじゃないか! ボクは普通の女の子だし顔は可愛くしておきたいの!!」と突っ込まれたらしい。ウチの性癖を引き合いに出されては何も言えまい。



「じゃあまずは日記に最初に書いてあった文章「どうやらウチ等の記憶は1ヶ月しか続かないらしい」から」

「そこいるかな?」

「いるやろ。最も重要やろ」


 日記照会。この習慣は2週に一回行っている、記憶が1ヶ月しか続かないウチ等2人の共通作業。



 周囲の蒸気で日記が湿らない様、周囲の水分を稼働魔力で遮断し二人で日記を読み合う。買い物からの帰り道、時間を有効活用してて我ながら無駄が無いね。

 無機質な金属製の街の中、手元にある紙製の日記は不思議な暖かさを与えてくれる。


 ──以前たどり着いた先の街でしばらく暮らした後、アルビが記憶が1ヶ月しか続かない事に気が付いた。ウチと出会う少し前の記憶が全て無いのだそうだ。

 ウチはアルビと出会った瞬間以前の記憶が全て無いので実感がなかったが、アルビとウチは一心同体。もしかしたらウチも1ヶ月しか記憶を保持出来ない可能性が高かったので、今のうちにと慌てて日記をつけ始めた。

 一応個々で別々に日記は付けているが、朗読して確認するのは重要な共通事項部分。あとの個人の感情等をぶち込んだ恥ずかしい日記は一人ひとり勝手に読む。


 なお案の定ウチもアルビと同じで1ヶ月前の事は全て忘れる記憶構造でした。ちゃんちゃん。


 ま、とりあえず日記つけてれば1ヶ月前の記憶を失っても、その前に何があったかは情報として手に入る。毎日日記をつけ、余裕をもって2週間に1度しっかり読めば過去にあった情報は全部インプット出来るという寸法だ。……年を追うごとに文章量が膨大になって行きそうだから、出来る限りいらない情報は削りたいところだけど。さっきのズンコとの会話とか。


 ウチとアルビの照会は続く。


「出会ったのはシーエがボク等の住む街で、グーバスクロ兵と戦ってくれてるシーンかな。強烈に覚えてるのはシーエに頭の皮と頭蓋骨引っぺがされて、背中に収容された時の事。だって」

「いきなりグロいシーンからくるな……。その後でアルビから色々この国や世界の情報をもらってたから、ウチは助かったよ。今こうして生きていけてる」

「うむ感謝せよ」

「ははー」


 幸いなのはウチの運命を握るこの小さな可動式脳みそ、アルビがとても馬が合い、親しみやすい子だった事だ。ウチ等は離れられない。だから一緒にいて気楽な相手というのは最高にラッキーだ。

 アルビ側からはどう思われてるかわからんが。


「記憶が無くなることが分かったからその時点から慌てて日記を書き始めたんだよな」

「そそ。ボク焦ったって書いてある。とりあえずそのまま知ってる情報を一気に書いたみたいだね」


 どうもウチの脳は既に壊れているらしい。臓器を動かす部位や反射神経は生きているが、人格や記憶を司る部位は完全に死んでいて、本来なら植物人間だとのこと。


 それを救ってくれたのがアルビだった。

 アルビが言うには、自分を救ってくれたのがウチとの事だけど。


 アルビの脳にはアルビ自身とウチ、2人の人格と記憶が収納されており、アルビがウチ本体のポンコツ脳みそを思念魔力でハッキングし、ウチの人格と記憶を一時的に植えて動かしている。

 思念魔力も稼働魔力も有効範囲があるから、アルビからある程度離れるとウチはその場に倒れて死ぬっぽい。範囲はだいたい10mくらいかな? 試すの怖いからやってないけど。


 で、なんでウチの人格と記憶がアルビの脳内にあるのかというと──


「助けようとしたらしいよ。助けてもらったお礼に」

「軍人である、ウチを」

「そう。ボク等の街が攻撃されて親しい人たちがどんどん死んでいく……そんな中シーエはボク等を守って戦ってくれたんだって」

「ほーん」

「めっちゃ他人事……まぁそれでも敵の方が数が多くてね。ボクも殺されるって時にシーエがかばってくれたんだ。結果的にボクは首を飛ばされちゃってシーエも左手なくなっちゃったみたいだけど」


 今はもうそのシーンはお互い覚えてないが、ウチの日記の最初のページには目の前に生首があり、自分の左手が無く、記憶も無いままその生首を解体して脳を保護したと書いてあった。その生首がアルビだったのだ。


「ボクを守る際にシーエが何か攻撃とか受けたのかな? あ、これはどっちも死ぬって思ったボクが、シーエの脳をハックして人格をコピーして、ボクの脳に保存した。記憶のコピーは……できなかったみたいだね」

「初対面の兵士にそんな事するか普通。自分だけ生きりゃいいやん」


 というか、アルビの親しい人を生かせば良かったじゃないか。いたはずだろう。その街に住んでたんだから。ウチなんかじゃなく、親しい人を……


「日記に書いてない個人の感想を挟まない。てかそれ前回の日記照会でも同じこと言ったじゃん!まだ覚えてるよボク」

「たぶんこれからの日記照会で、ずっと言い続ける」

「うわぁウザイ。話し戻すけど、ボク達を守ろうとしてくれたからね。結局ボクも首をはねられたし、死ぬくらいならこの人を救おうって感じで」

「軍人でもないのによくそこまで魔力使えたな……」

「火事場のバカ魔力ってヤツだよ。って書いてある。ボクもビックリだよ」


 最近思念魔力をうまく使える様になって来たアルビが、達人級の思念魔力使いでも不可能に近い脳のハッキングを行えた理由がこれらしい。火事場のバカ魔力。人間は窮地に陥ると筋力や魔力のリミッターが外れてとてつもない力が発揮できる。これにより、本来は不可能に近い他人の人格と記憶のコピーをアルビがやってのけたのだ。記憶の方はほぼ失敗したみたいだが。


 人格のハッキングだけでも、文献を読む限り成功例はほぼ無い。歴戦の魔力使い、軍人であってもまず成功しない思念魔術だ。それを一般人であるアルビが成功させたとは……いやはや。


 ただ、火事場状態で力を使いすぎると肉体にも脳にもダメージが行ってしまう。ウチ等がそろって1ヶ月しか記憶を保持できないのはその時のバカ魔力の後遺症だろうと、以前ウチの脳を検査した医者は言っていた。との事。



 街の話に戻る。アルビが言うにはどうも自分たちが暮らしていた街に敵国であるグーバスクロの狂兵士が攻めて来たらしい。街人は皆殺しにされ、到着した軍人のウチが追い払ったものの、ウチも脳を破壊される致命傷。アルビは生首状態になりながらも瞬時の判断でウチの人格をコピーし、ウチを動かした。


 そして動いたウチはたまたま目の前にあったアルビの頭蓋骨を手順に従い保護。アルビ視点では生気を失いなんとなくやってた様に見えたらしいが、これが結果的にウチとアルビの命を救った。らしい。そんな偶然の連鎖ある?



 しかしウチが軍人て……にわかには信じられない。アルビが言うから信じるしかないけど、あまり自覚がない。ウチはなんつーか、もっと、自分個人の感情で動く人種の様な気がする。軍人とは縁遠いイメージだ。

 さっきアルビにも突っ込まれたが、衣装だってそう。ウチの性癖を全開にしたファッションは、今の生活では問題ないが軍に従事してる際は違うだろう。しかし記憶を失った日、ウチは今と似た格好していたみたいだ。この辺も引っかかる。

 この国の軍隊には軍服がある。何故ウチはそれを着ていなかった? オフの日だったのか? それか規律や衣装も統一できないくらい人手不足で、戦える人間を即採用しているのか。……いや、5年前は戦争初期。人手不足すら把握出来ない混乱状態だったろう。



 また話が戻るが、アルビの他にもウチはいくつかの脳を収穫したらしい。しかし死後しばらくたっており人格情報は全滅。演算用にもほとんど使えなかった。

 もっと早く回収していれば、生きていた脳もあったろう。誰かの元に返してあげることも……いや、あの街では凄い人数が死んだらしい。一人生き残っても地獄だろう。これは結果的に良かったんだとウチは思う。


 偶然て怖いな。様々な偶然が重なってギリギリ生命を繋いだわけだ、ウチ等は。

 アルビは感謝してるというが、本当にそうなのかウチは常に疑問だ。結局街の人は助けられなかったし、アルビも今は記憶障害でこんな感じだ。

 当のアルビは「寂しいけど、もう街人の事は日記の情報でしか知らないから大丈夫」と語った。今が大事なんだと。



 そんなものなのだろうか。死者への想いは、記憶と共に消えてしまうのだろうか。



 アルビはポジティブだなと、ウチは思う。でも実際アルビの記憶が無くなったのは幸いだろう。ウチなら耐えられない。そんな気がする。一緒に生きて来た家族、友人、もしかしたら恋人。みんな死んで自分だけ残されるなんて。

 アルビと一緒に暮らしながらいつも思う。何故軍隊に入って兵士になったのだろうか。何故アルビの街を防衛に行ったのか。たった1人で。さっきも思ったが、軍に向いてなさそうなこのウチが。

 仮に、記憶を失う前のウチに、大切な人がいたとする。その人が、グーバニアンのせいで死んだとする。そしたら、ウチは、軍人になって、復讐を……



 思い出してはいけない記憶がある気がする。



 今は考えるのをよそう。本当に、取り返しがつかない記憶が眠ってる気がするんだ。その記憶を思い出したら、ウチがウチでいられなくなるような。

 でも、その記憶を思い出さなかったら。もしそれが親しい人を亡くした記憶だったら。その人を想ってあげることのできる人は、減ってしまうのかな。


 ネガティブな思考にどんどん陥ってた矢先、ウチ等の住む施設が見えて来た。

 金属で出来た街の中、同じく金属で出来ているにも関わらずその建物は周囲とは違う雰囲気を醸し出している。理由は簡単。白い。

 病院……とは言わずとも、似たような施設だ。介護施設の方がイメージに近いか? 大きさは小さな学校くらい。ともかく清潔な雰囲気を醸し出す白い建物がそこにあった。青天の空の下、太陽に照らされる施設はひと際さわやかな印象を周囲に与える。

 みんな腹を空かせてるだろうし、アルビとの会話は一旦おあずけ。日記照会はまた食後。まずは帰るとしよう。


「「ただいまー」」


 色々あったけど行きつく先が見つかって本当に良かった。

 ここが今ウチらが住む家、脳をオーバークロックした兵士やグーバスクロ兵に攻撃されて脳に障害を持った、脳障害患者の住まう共同施設だ。


 このような施設は近年どんどん増加傾向にあると聞く。



 戦争の爪痕は、何もウチ等だけに残されたものではない。


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