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第一章 02話『いかれた武器商人』

 左右から蒸気が噴き出す通りを、両手に重い荷物を抱えながら歩く。真上から照らす太陽が周囲の金属製の建物の温度を上げ、蒸気はより濃いものとなり通りに充満してる。

 ウチが今住んでる国、マキナヴィスは現在戦争状態で、敵国グーバスクロに押されに押されの防戦一方。兵士不足の武器不足で、どこもかしこも武器づくりに勤しむ企業ばかりだ。石炭と蒸気で動く重機が、今日も至る所で人殺しの兵器を作り続けている。

 鼻につく鉄の錆びた匂いは蒸気の湿気と相まって、血液を連想させた。


「Hi!シーエちゃん。その素敵な左腕をもっと素敵に改造してみなイ? もっと可動域増やすトカ、強度あげるトカ、武器付けるトカ」


 と、兵器づくりと兵器売り真っ最中の街中を歩いている最中、いきなり真横から大きな声をかけられる。あー、折角ばれない様に反対方向を向いてたのに。


「何度目だよその挨拶……これで日常生活に支障は無いよ! つか改造するにも金かかるんだろ? 店長」

「モッチロン! 高くしておきますヨ?」

「そこは安くしろよ!!」



 目の前には手をスリスリしながらウザ絡みをしてくるヤベーサイボーグが1機。脳みそ以外全部機械部品に変換し、体を改造しまくってるヤベー奴。人型っぽいシルエットの背中から4本の腕を生やし、合計6本の腕をスリスリとするその様子はさながら蠅の様だ。普段はその6本の腕を器用に使い次々と武器を──人殺しの道具を作り出している。

 こんなヤベー奴がウチが勤めるバイト先の店長なんだから、頭が痛くなる。


「ていうかシーエちゃん、店長は冷たくナイ? ちゃんとズンコって名前で呼んでヨ」

「ウザ絡みやめてくださいって意味であえて店長と呼びました。ちゃんと仕事して下さい。店長」

「敬語に戻ってルし!! ちゃんと仕事してるヨー? ワタシの体を使って取り寄せた新作パーツのお試し&レビュー制作」


(それは8割お前の趣味だろう……)


 店先をたまたま通っただけでこのめんどくささ。働いてる時はめっちゃウザイ。今日は確か夕方からシフトだったはずだ。あぁ憂鬱……。



「てかドコ行くノ?」

「普通に施設に帰るんだよ。みんなの分の買い物済ませてな」


 ウチは両手に持つ袋を見せびらかす。中には大人数が食べる用の食材が詰まっている。ウチ等が今住まわせてもらってる施設は結構な大所帯で、食事の買い出しだけでも結構な運動になる。

 両手──5年前には失っていたウチの左腕も、今では立派な機械へと換装され、何不自由ない生活を送れている。この点は店長──ズンコ・アインに感謝だ。毎回その腕をアップグレードしないかとウザがらみされる点を除けば。



「機械の体になればそんな面倒な食事取らなくても済むヨー?」

「だから金かかるっつの! 関節動かすにも稼働魔力使うしエネルギー効率が悪い! 食物を経口摂取して胃で消化した方がよっぽど安上がりだ」


 そう。機械の体は便利な反面、栄養補給は全て特製の培養液でしか出来ない。関節の駆動にも稼働魔力を使用し、常にカロリーが減っていく。筋肉で体を動かした方がよほど低コストなのだ。

 特にズンコみたいに脳以外全てを捨てた体ならなおさらだ。何故脂肪細胞も捨ててしまったんだこの変態は……培養液はとても高価なのに。あ、コイツ金持ちだった。死ねばいいのに。

 培養液は高い。金持ちはそれでもいいのだろが、ウチは金が無い。無いからバイトしてるってのにこのクソ店長は。



「まるでグーバニアンみたいな言い草だネ! ま、ワタシは彼らを差別しなイけど?」

「差別しないのは結構だが戦時中なんだから変な言いがかりはやめてくれ」


 ウチの後ろにいる、グーバニアン被害者への精神上もよろしくない。

 敵国グーバスクロの狂兵士、彼らはグーバニアンと呼ばれ、今もマキナヴィスの各地で暴れまわっている。ウチが記憶をなくした原因も、どうやらコイツ等のせいみたいだ。

 ……って情報ズンコ知ってるはずなのに、そのウチに向かってグーバニアンみたいて……マジヤベーなこいつ。いかれてやがる。まぁウチは気にせんけどさ。


 また後でなと告げ、ウチは早々にその場を立ち去る。去り際に「二人とも何かパーツにトラブルがあったラいつでも気軽に言ってネ!」と声をかけられる。お前がトラブルだわ。

 ウチはその声に背を向けたまま、ズンコにつけてもらった左手を上げて答えた。重い荷物を持ったまま義手の左手を上げたので、余計に稼働魔力を使ってカロリーを消費する。あー失敗した。


(悪い奴じゃねぇんだけどなぁ……)


 「今度お茶しない?」と遠くから聞こえるズンコのセリフを華麗にスルーしつつ、ウチの脚は鉄の地面を踏みしめ施設に向かう。ヤツと一緒にお茶とかウザ絡みの連続で頭が痛くなる。ただでさえウチの脳は故障してるというのに。てかアイツは口も胃も無いのにどうやってお茶飲むんだよ。


 記憶をなくして仕事も無く、フラフラしてた時に助けてくれたのがズンコだ。仕事をくれ、無くなってた左腕に義手をつけてくれ、ウチの相棒を自主稼働可能にしてくれた。……が! それはそれ。これから生活して行く上であの路地はあまり利用しないようにしよう。ウザイ事はウザイ。施設からスーパーまでの近道なんだが。はぁ。



 5年。

 あれから5年たった。らしい。

 らしというのもウチには特別な問題があって、正確に日時を把握してはいるが、その5年前の記憶が全く無いのだ。情報で知ってるだけ。

 どうもウチも、ウチの相棒も、1ヶ月間の間の記憶しか保持することが出来ない様だ。なのでさっきの鬱陶しい会話も1ヶ月たてば忘れられるという訳だ。おぉなんとお得。

 でもウチの1ヶ月前の最古の記憶ですらズンコは鬱陶しかったから、たぶん1ヶ月後も鬱陶しいんだろう。記憶が消えても意味無いな。



「今の会話日記に書くの?」


 背中から相棒の声がした。かわいらしい女性の、とても愛おしい声が。



「いやいらんだろ。日記を書く腕が疲れるだけだよ…」

「だよねー」


 特にグーバニアンの件は、と心に強く思う。最後にかけてもらったセリフくらいは書いても良いかなとも思うけど。

 しかしこの相棒一切喋らないと思ったら背中にピッタリくっついて隠れてやがったな。ウチがズンコに合わせて体をひねる度、対角線上に来るように移動しまくってたもんな。

 まぁそれが正解だけど。



「見つからなくて良かったな」

「それな。ボク、シーエ以上に絡まれるから」

「ひゅ~モテモテ~♪」

「殺すよ?」


 洒落にならない。ウチ等は運命共同体なのに。あ、相棒がウチの人格を削除すればウチだけ殺せるのか。なおさら洒落にならない。


 相棒の外見は変わっていた。脳以外、全て機械で出来ている点はズンコと同様だが、人型のシルエットをしていない。脳を入れた容器の下から4本の虫の様な機械の足を生やし、稼働魔力で動く可動式脳みそ。外見ズンコのように全身機械だが、自ら望んで機械になったズンコとならざるを得なかった相棒とでは雲泥の差がある。

 相棒……本人の人格だけじゃない、ウチの人格と記憶までを保存し、文字通り一心同体となったウチ等が生きていけるキモ。


 ウチが記憶喪失になった際、最初に解体した脳の持ち主。


 そんな相棒──アルビが怒りながら、存在しない眼でウチを見ていた。



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