覚悟の日というものは突然やって来る。
『日曜日空いてる? 一緒にカラオケ行かない?』
俺はこの文章を見た時に電撃が走ったね、間違いなく。要は葵からデートのお誘いが届いた。
本来ならば男である俺から何かアクションを起こすべきだったのを向こうがしびれを切らして送ってきた督促状なのかもしれないが、このLINEを受け取った時の俺はそんなことを考える余裕はなかった。
なんせ初デートだ。
ダサい男と思われるわけにはいかない。髪だろうか、服だろうか。整えた方がいいのだろうか? 色々と思考が回るが日曜まで数日しかない。学生らしく金欠だし今から服を買うこともできない。
なんだかんだと費用をかけられることもなく、動画サイトで「髪のセットの仕方」「デートの心構え」みたいな動画を見るところに落ち着いた。
どうやら歩くスピードを考慮したりちゃんと爪を切ったりしておくといいらしい。確かに女の人は男の身なりを見る時に指を見る、という話を聞いたことがある。
きたる日曜日。待ち合わせは現着でカラオケ店の前。晴れ晴れとした天気と眩しい太陽が俺の体を刺す。
決めてた時間の30分前にはもう着いてしまって、暇を持て余す。ネットを見て適当に時間を潰そうとするも何だかそわそわしてしまって……と、むず痒い時間が続く。
約束の時間の15分前に差し掛かった頃、後ろから肩を叩かれた。
「蒼真くん、随分早かったね?」
……葵の柔らかな声に震える。調子はいつもと変わらないけれど、なんだか少し恥ずかしそうにしているのは気のせいだろうか、葵と目線を合わせようとすると彼女から視線を外してくる。その仕草すら可愛い。
「葵の方こそ、早いじゃん」
「そんなことないよ」
そこで俺は昨日読んだ「"できる男"がするデートで男子がすべきこと12選」というネット記事のことを思い出した。
その一、女子の服装を褒めよ。そう言っていた。
そこで改めて葵の服装を見てみる。本人自体の可愛い系の印象とは裏腹にデニムを組み合わせたカジュアル系の服装をしていてギャップが刺さる。
なんと言えばいいだろうか、いい印象を与えられるだろうかと考えて頭を回転させるがうまく言葉が出てこない。
「その、なんていうか、すごく……」
「すごく、何?」
「めちゃくちゃ可愛いしかっこいいし? みたいな」
言ってるうちに恥ずかしくなってしまって俺の方こそ目線を外してしまう。
たどたどしい感じになってしまったがちゃんと褒められているはずだ。そう思ってゆっくりと視線を戻しに行くと葵が俺を見てくる。
「ありがとう。でも、私は可愛いかなんてそんなの正直あんまり関係ないかな」
「そうなの?」
あまりの予想外な返答に目を丸くする。
「それよりも、私はちゃんと蒼真くんがちゃんとこの服装のことを気に入ってくれるかどうかの方が気になるかな」
そう言うと葵は一歩進んでぐぐっと距離を近づけてくる。可愛い顔がこちらを覗きこんでその端正さに胸が高鳴る。
「とても良いと思います、最高です」
「やった」
俺の言動一つで喜んでくれる人がいる、それだけで俺の心は満たされていくように感じた。
店前でのやり取りもそこそこに、カラオケもスタート。部屋をとって密室に二人きり。何かを起こせるような勇気やコミュニケーション力は俺にはないけど。
あの記事にも書いていた、やはり男は女子を立てて楽しんでもらえるようにするべきだ。前時代的だと言われるかもしれないが実際問題、恋人から特別扱いされて嬉しくない人はいないと思う。
「とりあえず先に曲入れる?」
「え、いや先にドリンク入れに行かない?」
「ま、まあそうだね」
うーん? なんか空回っているような気がする。ちょっと俺自身緊張しすぎてしまってるのだろうか。
その後も曲を入れて交代しながら時が過ぎていく。
ここで葵の歌について話しておくと、まあ別に上手くも下手でもないといった感じではあるもののなんというか、声色があんまり変わらないので若干怖い。
流行りのアーティストの曲を入れるものの、彼女本人の歌声にあまり感情がこもっていないというか? どちらかというと無調教状態のボーカロイドを聞いている感覚に近い。
それがまあ、彼女の個性だなと思うと少し愛らしくなるのは都合が良いのだろうか。
「……蒼真くん、あんまり楽しくない?」
「え? そんなことはない、と思うけど」
『思うけど』ってなんだよって自分で考えてしまう。葵の目から俺が不機嫌かのように見えたのだろうか、それなら本当に申し訳ない。
「なんか、考え込んでるみたい」
「いや、特になんでもない、ごめん」
「嘘ついてるでしょ。楽しそうに見えない」
やってみて思ったがカラオケデートはなんというか、時間を持て余す。
デートと言う以上は二人なのでこの間で会話を作らないといけないしただ歌って歌っての交代はどうも勿体無い気がして、他に何が出来るかを考えても何も浮かばない。
「ほんとに、デートとかしたことないからちょっと緊張してただけ」
「そう? それならいいんだけど……次私の曲だ」
タイトルを見てもなんの曲か分からなかったがAメロが耳に入るとすぐにわかった。
ついこの間まで放送していたラブコメアニメのオープニングだ。葵ってアニメとか見るんだな、とまた新しい発見をした気でいる。
何か特段に思うこともなく、葵の歌を聞いていた。少し油断していたというのもあった。
この曲、盛り上がったサビの最後にラブコメアニメらしく"用意している"歌詞があった。というかこれを狙って彼女も曲を入れたのだろう。
サビの最後の歌詞。
「♪君のことを見つめて」
それと同時に葵と俺の距離が一気に縮まる。いや、向こうが縮めてきた。
「♪言うよ
彼女自身の少しくぐもった小声がマイクによって部屋中に響き渡る。歌詞なんかじゃなく、俺に向けて言われたものであることは明らかだった。自分の顔が一気に赤くなるのを感じる。
歌が終わってから、その縮まった距離のまま葵が聞いてくる。
「ねえ、どうだった?」
「……正直、すごくドキドキした」
「今更だけど私も少し恥ずかしくなってきた」
葵の表情は変わってないように見えるが、彼女の耳が真っ赤になっているのは分かる。体は正直だな、的なアレだ。
「蒼真くんってこの曲知ってた?」
「あ、うん。これアニメ見たよ」
「私この作品すごく好きでね、漫画全巻持ってるくらいなんだけど」
「へー」
「もしよかったらこの帰りに漫画借りに私の家寄らない? 一緒に好きなものを共有したいというか」
夕方午後四時、人生で初めての彼女との初デートで彼女の家に誘われた。