「次は何したらいいんだろう――」
「葵がそんなに悩むなんて珍しいね、よっぽど入れ込んでると見た」
「うん……」
休み時間、何となく自分のことを見てくる視線を感じた。というか会話が断片ながらに聞こえてしまい反射的に振り返った。
そこに居た会話の主の一人は当然、俺の一つ後ろの席である櫻木葵。もう一人は、櫻木さん曰く恐らく彼女の一番の親友である霧島結衣。
霧島さんと目が合って気まずい。
「櫻木さん、何で本人の前で作戦会議ができるの?」
「バレたか」
いや、間違いなくバレるだろと突っ込みたくなる。前言っていた「霧島さんにしている相談」を俺の前でわざわざして俺が釣れるのを待っていたようにしか見えない。
すると霧島さんが俺らのことを交互に見比べてびっくりしたように、大声が出るのを押さえるためか両手で口を覆う。幾らかの言葉を飲み込んだ後に出てきたのは驚きの色を含んだ言葉だ。
「えー!? 葵が言ってた人って
「多分そうだね」
「葵が恋愛なんて有り得ないと思ってたけど! 葵の恋愛偏差値が低すぎて男子の幻想が見えてるのかと思ってたよ!」
「……そんなに私、危殆な人間に見えてるの?」
それはそれでかなり葵に失礼だな、と思うがどうやらかなり意外だったんだろう。
「私、最近人間関係の作り方分かってきたから」
「なら私のアドバイスは要らない?」
「やっぱりダニングクルーガー効果だったかも」
多分二人の関係性としては師匠と弟子なんだろう。恋愛の。いや、人間関係の?
霧島さんの容姿はどっちかというとギャルみたいな雰囲気がする。
身長は女子にしては高めで髪はロング、表情豊かで誰にでも優しく、目はぱっちりとしていて足も細いのに出るところは出ていて……いや、正直に言おう、胸が大きい。ちなみに櫻木さんは……さもありなん、皆までは言わない。
「そんなに霧島さんって恋愛マスターなの?」
ふと気になったことを口に出した。そうするとふふん、と鼻を鳴らして答えてくれた。
「なんていうか、恋に恋する乙女的な? 恋の従事者っていうか?」
「なる……ほど……?」
本当に大丈夫だろうか、この人を櫻木さんの恋の師匠にして……。
「ちなみに全く変な意味では言ってないんだけど霧島さんは彼氏いるの?」
「えー?聞いちゃう?」
「まあちょっと気になって」
「一週間前に別れた」
「なんかごめん」
「四ヶ月くらい付き合ってたんだけどね。でも今はもう切り替えて次の目標目指して一直線! って感じ!」
なるほど、どちらかというと俺が適当に言った恋愛マスターの言葉より、本人評の恋に恋する乙女という言葉の方が似合っていそうだ。
「いやあ、まさか二人がなんて驚いたよ! ……もう付き合ってるの?」
「えーっとね」
これどう答えればいいんだ。もしかしてあまり事情を喋ってないのか?と、そう思って櫻木さんの方を見ると彼女が霧島さん耳を借りている。何か耳元で囁いている。
「――」
「マジ? 何で言ってくれなかったの!」
霧島さんがぴょんぴょんと飛び跳ねて櫻木さんに抱きつく。何というか、この光景自体がなんだかとても綺麗だ。
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俺たちはあの雨の日以降、お互いの下校時間が合わせられそうな時――というか櫻木さんの都合が合う時――には一緒に帰るようにすることを決めた。
櫻木さんのことがだんだんと分かってきたような気もする。彼女は別に無愛想でこういう態度をとっているわけではないのだということがわかってきた。
かと言って無感情でもない。彼女は多分あえてこういう態度をしているのだ。多分普通の人が顔に出すような内心にあるモヤモヤを全部抑え込んで、それを表さないため。
帰っている途中も彼女の声調子が全く変わらなかったり表情が変化しなかったりと、一見するとクラスで見せる表の姿を見せてはいるもののちゃんと話してくれるし、霧島さんと話している時もそうなんだと感じた。
そのことについて突っ込みたい気持ちはあるけど、果たして言及していいのか分からない。俺も攻めあぐねているのだ。
「霧島さんに俺たちの関係のことなんて言ったの?」
「普通に恋人関係って言ったよ」
「え」
「え」
細かいところを説明してたら面倒臭いと踏んだのか、それはそれで真実でもないんだけど。
「ま、いいか」
別に名義関係が切れたら普通に別れたと言えばいいし、やってることは恋人関係とイコールなので外から見たら変わらないし、変に誤解されて変な文脈で広まることの方が嫌だな。
「櫻木さんってさ、俺のことを恋人には相応しいとは思っていながら人間的にはまだ深い関係を築けてなくて好きまでは行ってないから名義関係を提案したんでしょ?」
「そんな感じ」
「俺のこと……その、なんていうか……今の時点ではどう思ってるの?」
俺たちの関係が始まってから1週間近くが経過している。俺が櫻木さんのことを少しわかってきたと感じるのと同じように櫻木さんのことも俺のことを何となくどんな人間か掴んでいると思う、多分。
「なんていうか」
「なんていうか?」
「別に思った通りの人」
「えー」
あまり望んでいる返答がこなかったので落胆する。でもね、と櫻木さんは言葉を続ける。
「結衣が君のことを下の名前で呼んでたのはちょっと嫉妬したな」
いじらしい雰囲気を急に纏わせて、櫻木さんは呟いた。
「私は多分これまで好きな人っていうのを意識してこなかったし、そもそも『好き』が何なのかが分からない」
それはとても根本的で哲学的な問いだ。そしてまた非常に青い、と言えばいいのだろうか、若者らしい? いや、別に俺も若者なんだけど。
「だから……俺のことが好きかもイマイチわからないってこと?」
「まあそうなるかな、でも私、古渡くんに好感持ってるよ」
息をのむ。果たして言っていいのだろうか、と迷ったものだが意を決して口を開く。少し嫉妬したと、そう漏らした櫻木さんが寂しそうに感じたからだ。
「あ、
「もう一回言って」
「葵……あおい」
二回、彼女の名前を呼んだ。
「嬉しいかも、蒼真くんにそんなふうに呼ばれるの」
「そ……う、まくん?」
「私のこと葵って呼んでくれるなら、私も蒼真くんって呼ぶよ。蒼真くんのこと
霧島さんみたいな陽キャな女子に名前呼びされることはあったけど櫻木さん……いや、葵が俺のことをそう呼んでくることに特別感を覚える。この感情は言いようもない幸福だ。