近所の食肉協会の食堂でみんなで昼食を取った。
お肉の問屋さんがやっている食堂なのでなかなか美味しいな。
「ヒデオって、ここら辺で働いてたんでしょ」
「違う島の冷凍食品倉庫だよ、こっちはあんまり来たこと無いかな」
「そうなんだー」
「ここのカレーおいしいっすねヒデオさん」
「カツ丼も良い味だよ」
アイドルも護衛も一緒になってわいわいと昼食である。
こういうのも楽しいね。
「ライブ会場だとお弁当が多いんだけど、ここは良いわね」
「ライブ当日は楽屋車でお弁当ですよ」
「ああ、会場の外だからね、ここ」
お弁当よりも暖かい物を食べられる食堂が良いね。
お昼を食べて、少し食休み。
『サザンフルーツ』の三人に誘われて島の中をちょっと散歩であるよ。
「海が近いのねえ」
「魚釣り公園もあるみたいですよ」
「カモメがいっぱーい」
潮風にあたりながら海を見て散歩をするのはなかなかいいね。
目の前の海を貨物船が行き来している。
東扇島はのんびりして良い場所だね。
「今回のライブのオープニングアクトを成功させたら、きっと人気出るでしょうっ」
「うん、マリアさんもみのりんも注目されてるしね」
「配信もヒデオさんとゴリちゃんのお陰で人気だしね」
「そんな事は無いよ、まさか」
「ヒデオは解って無いよねえ」
「うん、結構な人気の配信冒険者なんだけど」
「本人の自覚だけは無いんですよねえ」
もう、こんなおじさんに、おべんちゃらを言っても何もでませんよ。
そろそろお昼休みも終わるので会場に戻る事にした。
「リハーサルは何時までかな」
「三時までよ」
「夜はダンスのレッスーン、ヒデオ、晩ご飯はどっか行こうよ、今日は呑みの日じゃないよね」
「そうだね、一緒にご飯しようか」
「「「やったあ」」」
本当に若いアイドルに親しくして貰って、俺は幸せ者だと思うね。
なかなかこんな中年は居ないと思うのよ。
「ああ、晩ご飯は駄目だ、ヒデオさんと三郎太は研修だ」
「ええっ、ご飯も食べないで研修ですか」
そんなブラックな。
「いや、一流レストランで食事マナーの研修だ。今日の六時から。ヒデオさんはスーツは?」
「え、無いですよ」
「一着ぐらい作ろうよ」
「三時で上がったら、スーツ屋に一緒に行ってあげるよ」
「いやいや、そんなそんな」
「今晩だからなあ、吊しのスーツかな。三郎太くんはスーツあるの」
「一応一着ありますよ」
「そうなんだ」
紳士服の青山でも行こうかな。
「山下さん、あたしも研修行きたい」
「ムラサキはいらないだろう。良い所の娘さんだし。この研修は一流レストランに行った事のなさそうな護衛用だよ」
「ヒデオにレクチャーしないとさあ」
「わたしたちも、わたしたちも」
「アイドルは駄目だ、スタッフ用の研修だしね」
「ぶうぶう」
ヒカリちゃんが口を尖らせてブウブウ言った。
「ムラサキさんが来てくれると心強いですね」
「まあ、そんなに難しい事じゃないし、マナー講師も付くからさ」
「まあ、良いか、ヒデオさんと三郎太を頼むよ」
「まかしといて」
しかし、レストランの研修かあ、まあ、芸能事務所の護衛ともなるとレストランに一緒に行って護衛する事もあるだろうからなんだろうね。
「ヒデオさんは、良いレストランは?」
「経験はないなあ、一番上でファミリーレストランだよ」
「一流店でフルコースだから、まあ、期待しときなよ」
それは楽しそうだね。
午後のリハーサルが始まる。
『サザンフルーツ』は何回も『南国フルーツパラダイス』を歌う。
やっぱり良い曲だねえ。
俺は舞台袖で辺りを警戒したり、ゴリラの置いておく良い場所が無いか観察したりした。
まあ、あんまり無いね。
三時にリハーサルが終わり、俺達はマイクロバスで川崎駅前に帰って来た。
「ああ、ダンスのレッスンが無ければ、ヒデオの背広を買うのを見たいのに」
「ぷぷ、背広、そうね、ヒデオさんだとスーツというより背広ね」
「ヒデオのスーツはあたしが付き合ってやるからあんた達はレッスンに行きなよ」
「俺も見ますよ」
「格好いい背広にしてね」
『サザンフルーツ』の三人はダンスレッスンにスタジオの方に去っていった。
「さて、行くか、吊しだからなあ、さいか屋行くか」
「そうですね」
「あ、青山でいいよ、紳士服は青山、うんっ、二着で五万三千円」
「けっ」
「けっ」
ムラサキさんも、三郎太くんも俺のいう事は聞いてくれなさそうだ。
「吊しだけど、まあ、良い物買っとけよ」
「一着は必要ですって、芸能界はパーティも多いですしね」
「そ、そんな」
「というか、就職活動の時にスーツは買ってねえの?」
「してないので」
「冠婚葬祭は?」
「貸衣装があるし」
「よし、お前は金だけ出せ」
「ひいい」
俺は有無を言わされず百貨店のブランドショップに連れていかれた。