4. Win-Winな関係?
あれからぼんやりと家に帰り着き、今は自室のベッドに大の字になって寝転びただただ白い天井を見上げている。
……本当に……あれは現実だったんだよね?本当に、あの、高嶺の花だった藤咲葵さん……葵ちゃんと、連絡先を交換することができたんだよね?信じられないような、まるで漫画やラノベのような展開だったけれど、スマホに残る連絡先が、あれが夢じゃなかったことを確かに物語っている。
ドキドキしながら、まるで宝物のようにスマホの画面を確認すると、そこには、さっき登録したばかりの『藤咲葵』の三文字が表示されていた。
その名前を、何度も何度も指でなぞっていると、突然、スマホの通知音が静かな部屋に響き渡る。表示された名前は、紛れもなく葵ちゃんからのものだった。心臓がトクンッと大きく跳ねる。開いたメッセージには、温かい言葉が綴られていた。
『早速メッセージ送っちゃった。雪姫ちゃん!今日はありがとね。もし、こんなの迷惑だったら、すぐに言ってね?とりあえず、これからよろしく。週末に会えるの今からすごく楽しみにしてるね』
あぁ……本当に、夢じゃなかったんだ……
そう思うと、じわじわと抑えきれないほどの嬉しさが胸いっぱいに広がっていく。いてもたってもいられず、すぐに返信を送った。
『こちらこそ、よろしくね。私も、週末が本当に楽しみだよ』
『うん♪それじゃあ、また週末にね~♪お休みなさい』
『おやすみなさい♪』
……でも、本当に、こんな都合の良い夢みたいな話、良いのかな。少しばかりの罪悪感も覚えるけれど、それ以上に、彼女のことをもっと知りたい、そしてボクも、また彼女に会いたいという気持ちが胸の中で大きく膨らんでいる。
だから、これはきっとお互いにとって悪い話じゃないはずだ。Win-Winな関係なんだ。うん、きっとそうだ。
「ねぇ、おにぃ!聞こえてる?」
驚いて飛び起きると、ドアの前には、腕を組んだ妹の真凛が立っていた。全く、気配を感じなかった……
「わっ!ノックくらいしてよ!」
真凛は高校1年生で、少し茶色がかったボブヘアーがよく似合う、今どきの女の子だ。学校では、常に流行の最先端を追いかけているらしく、クラスでも、かなり目立つ存在だと聞く。まぁ、通っている高校は違うんだけどね。そんな真凛が、ボクのことをジトッとした冷たい目で見下ろしている。
「はぁ……また、気持ち悪い女の子の格好してる……学校じゃ、誰とも話さない暗いオタクで、家に帰れば女装趣味とか……本当に救いようがないね」
「いいだろ、別に!」
精一杯の反論を試みるけど、本当のことなので仕方ない。真凛は、心底呆れたように、大きなため息をついた。これが、ボクの日常だ。誰にも理解されない、ボクだけの秘密。仕方ないんだ。だから、せめてそっとしておいてほしい……
「ご飯、できてるって。莉桜姉が呼んでるよ?」
「あ。すぐ行く」
ボクは、慌てていつもの自分の服に着替え、重い足取りでリビングへと向かった。食卓には、すでに姉の莉桜姉さんが、優しい笑顔でボクを待っていた。莉桜姉さんは、ボクの2つ年上で、明るくて面倒見の良い、自慢の大学生だ。綺麗で、料理も上手で……それに誰よりも優しくて、本当に自慢の姉だ。
「あら?勇輝、もう着替えちゃったの?」
「え?あっ……うん」
「あら~、残念。せっかく可愛かったのに~」
莉桜姉さんは、いつもこんな風に、優しい笑顔でボクを見守ってくれる。ボクが人には言えない趣味を持っていることを知っていても、バカにするようなことは決して言わないどころか、「可愛い」と褒めてくれる。
ボクの両親は、仕事の関係で、数年前から海外に赴任している。今は、この家で姉と妹と三人で暮らしている。
「勇輝。そう言えば、今日は、ずいぶんと遅かったわね?」
「うん……ちょっと、駅前の喫茶店に寄ってて……」
「そう?なら、良いけど。でも、あまり遅くなっちゃダメよ?」
「うん。気をつけるよ」
「莉桜姉は、おにぃに甘すぎなんだよ」
「そんなことないわよ?」
莉桜姉さんは、いつものように優しく微笑んだ。確かに、ボクはいつも莉桜姉さんに甘やかされている。今まで一度も怒られたことがないし、むしろいつもボクのことを誰よりも心配してくれている。
「大体。おにぃが、あんな気持ち悪い女装してても、何も言わないし……」
「それは……まぁ、勇輝の自由だしね?それに……可愛いじゃない?」
「可愛いとかの問題じゃないんだけど……」
「ずっと部屋に引きこもっていた勇輝が、こうして少しでも外に出掛けていることが、お姉ちゃんにとってはすごく嬉しいの。それに……なんだか、もう一人、妹が増えたみたいで、楽しいしね?」
そう言って、いたずらっぽく笑う莉桜姉さん。こんな誰にも理解されないボクでも、優しく受け止めてくれるし、いつも温かく見守ってくれる。
「はぁ……まぁ、別にいいけど。でも、絶対に、他の人にはバレないでよ?実の兄が、女装が趣味とかバレたら、私だって嫌だからね?」
「うっ……うん。気を付けるよ」
確かに……それは、その通りだ。真凛には、まだ全く認めてもらえていないけれど、こんな優しい家族に支えられながら、ボクは、今日も何とか毎日を過ごしている。