2. 彼女の秘密
まさかボクのお気に入りの喫茶店で、憧れの藤咲葵さんと、こんなにもあっさりと出会ってしまうなんて……まるで、運命のイタズラみたいだ。
入学した時から、ずっと同じクラスだったけれど、席は遠く離れていて、廊下ですれ違う時に、目が合うか合わないか、程度の関係だった。今は隣の席だけど、それでもきちんとした会話を交わしたことは今まで一度だってない。
そんな雲の上の存在だった彼女が、今、ボクの隣の席に座っていて、しかも信じられないことに、ボクに話しかけてくれている。男の冴えない白瀬勇輝の姿では絶対にありえない、まさに奇跡のような展開だよ。
「あの……白井さんは、どうしてこの喫茶店に?」
ドキドキしながらも、なんとか平静を装って、声が震えないように気をつけながら答える。
「えっと……わ……私は、たまたまこの喫茶店を見つけて……それで……ここのケーキが、本当に美味しくて……気づけば、ほぼ毎週のように通っちゃってます……」
「そうだったんですね。私も、月に一度くらいのペースで来ますよ。ここって、隠れ家みたいで、落ち着きますよね?」
「うっ……うん」
信じられない……本当に、あのクラスのアイドルである藤咲葵さんとボクが会話をしている!しかも……こんなにも近い距離で!彼女はボクが男だってこと、女装をしていることなんて、微塵も知らない。だからこうしてごく普通に、友達みたいに接してくれているんだ。
でも……彼女は学校でも誰もが憧れる人気者で、いつも周りには人が集まっている。一方のボクはと言えば、クラスの中でも、完全に空気のような存在だ。
もし、この女装がバレてしまったら……ボクのささやかで平穏な日常はきっと音を立てて崩れてしまう。そんな拭いきれない不安を胸の奥に抱えながら、ボクはぎこちない会話を続ける。
「あの、私は高校3年生で17歳なんですけど、白井さんは?」
しまった!年齢のこと聞かれちゃった。咄嗟に、隣の席の男子だとは言えないし、正直に同い年だと答えても、色々突っ込まれそうだ……頭が真っ白になった瞬間、口から出たのはでたらめだった。
「え?あ。私は……18歳。えっと、ファッションの専門学校に通っていて……」
嘘をついてしまった……でも、ボクの誕生日は4月3日だから、あと数日で18歳になるのは、事実だし……ギリギリセーフ……かな?
「じゃあ、1つ年上なんですね」
「そっ……そうだね。あの……藤咲さん……そんなにかしこまらなくても、敬語じゃなくて大丈夫だよ?」
思い切って、提案してみる。こんな千載一遇のチャンスに少しでも彼女との距離を縮めたかったのかもしれない。
「え?じゃあ……雪姫ちゃんでいい?私は葵って呼んで」
「うん……あっ、葵ちゃん……」
もう下の名前で呼び合う仲に!?展開が早すぎて頭が追いつかない。大丈夫かな?ちょっと距離を詰めすぎちゃったかな?それにしても、目の前の藤咲さん……いや葵ちゃんは、本当にオシャレで可愛いなぁ……こんな風な魅力的な美少女になりたいよ。
「ファッションかぁ。確かに雪姫ちゃんすごくオシャレだよね。そのブランド、私も好きだよ。今日は着てないけど、何着かお気に入りの服、持ってるし」
「えっ?そうなんだぁ。このブランドは、可愛いデザインの服が多くて、色使いとかも、すごく好みで……それに、私は胸がないから、ボディラインが目立たない、こういうふんわりとしたワンピースとかが好きで……あと、あと、流行りの服が多いから、ついつい買っちゃうんだ……あ。えっと、ごめん、なんだか一人で盛り上がっちゃって……」
慌てて口を噤む。また、いつものボクの悪い癖だ。好きなことになると、つい饒舌になってしまう。
「え?なんで謝るの?全然平気だよ。それに、今の、ちょっと興奮気味に話してる雪姫ちゃん……すごく、可愛かったよ?」
「可愛い!?」
「うん」
「あっ……ありがとう……」
恥ずかしさで、顔がみるみる熱くなっていくのがわかる。でも……葵ちゃんに可愛いって言ってもらえたことが、信じられないくらい嬉しかった。
それから、葵ちゃんは、学校の友達の話や、好きな音楽のこと、最近ハマっている趣味のことなど、色々な話をしてくれたけれど、正直、何を話したかはほとんど覚えていない。ただ、目の前でキラキラと輝く、彼女の笑顔を見ているだけで、胸がいっぱいで幸せな気持ちで満たされていた。
こんな夢のような時間がずっと続けば良いのに……そう、心の中で強く願っていたけれど、そんな時間はあっという間に過ぎ去ってしまうものらしい。
ふと、テーブルの隅に置かれた時計に目をやると、もう1時間以上も時間が経っていた。そろそろ、帰らないと……
でも……
もっと話していたい!もっともっと葵ちゃんのことを知りたい!そんな、今まで感じたことのないような強い欲求が、どんどん大きくなっていった。その時葵ちゃんは、少し躊躇うような表情であることをボクに話し始めた。
「ねぇ、雪姫ちゃん。あのさ……『れんかの』ってアプリ、知ってる?」
「え?『れんかの』って……確かレンタル彼女……サービスの……?」
「……実は、今日、ここで待ち合わせをしていたのは……私……『レンタル彼女』サービスを利用して……」
「え?」
突然のまさかすぎる爆弾発言にボクは言葉を失った。レンタル彼女?学校でも常に男子に人気者でモテモテの葵ちゃんが???
頭の中が完全に混乱状態に陥る。そんなボクの様子を見て、さらに信じられない言葉が彼女の口から飛び出した。
「あ。その、違うの!私が彼女になるわけじゃなくて……私の方が、彼女を探していたの」
「え……?」
へ?どういうこと?衝撃が強すぎて、思考回路が完全に停止してしまう。つまり……葵ちゃんは、女の子が好きなの???