そして運命の土曜日がやって来た。
「さ、準備は良いわよね?」
私は中古ショップで買ったカメラを手に、兄をじろりと睨んだ。
中古で最新式よりはスペックは劣るけど、前の動画みたいにスマホで撮るよりはましだと思う。
別にバズらせたくはないんだけど、私が編集しなきゃいけないんだし、せめて人の目に触れても恥ずかしくないような最低限の品質にはしたい。ブレブレの暗い動画なんか私も見たくないしね。
「おお、準備バッチリだぜ!」
兄がジェイソンみたいな白いお面にダサい黒いドクロのTシャツ、やたらチャックのたくさん付いた中二病っぽい黒のズボン、手には長い柄のスコップといういでたちでドヤ顔をする。
私は大きなため息をついた。
ダンジョン内でゲットしたアイテムは、ダンジョンを出る際に毎回三つだけ持ち帰ることができるルールだ……というか、私がそう決めた。
だから当然兄も前回物置ダンジョンで持ち帰った装備で参戦すると思っていたけれど、何も装備していないということは何も持ち帰らなかったのだろう。
動画がすぐに消されてしまい、兄がどこまで進んだのか分かず不安だったけれど、想像より序盤のほうで逃げ帰ったのかもしれない。
「……それじゃ、行くわよ」
「ああ」
私たち兄妹は物置の戸を開いた。
「ほら、見てくれよ。ここにあったんだ、ダンジョンの入り口が……!」
興奮気味に、物置の一番奥に設置した隠し扉を指さす兄。
「へー、そう」
私はというと、頭に着けたライトとカメラの具合を確認していた。
なにせ今まで山ほどダンジョン動画も見てきたけれど、配信側に回るのは初めてなので勝手がわからない。
念のため暗すぎたり明るすぎたりチェックしないと。
「何だよその言い草は。ま、いっか。開けるぞ」
「うん」
私たち二人はいよいよダンジョンへと潜入した。
「だ、だ、だ、ダンジョンへようこそ!」
相変わらずオタク丸出しのキモい喋り方の兄。
「はい、カットカット!」
私がカメラを止めると、兄はふてくされたような顔をした。
「なんでだよ」
「ちょっとキモイから。鳥肌立つ。もっとゆっくり喋って、姿勢も良くして。あと、お兄ちゃんはダンジョン初見プレイってことにして。初見プレイは弱くても一定の需要があるの」
「はいはい、分かったよ。まあ、ほぼ初見だし、初見プレイでもそんなに間違いでもないしな」
兄は一瞬めんどくさそうな顔をした後、背筋をしゃんと伸ばし、改まった声を出して喋り始めた。
「みなさんはじめまして。ハリマです。僕は今までダンジョン攻略をしたことがないのですが、なぜか家の物置にダンジョンが出来ていたので攻略してみたいと思います」
チラリと私の方を見る兄に、私は親指をグッと上げた。
発声練習をしたのが良かったのか、今の喋りはなかなか良かったと思う。
まあ、生配信じゃないから後から声を入れたりテロップを入れたりすることもできるし、ここからはあまり止めずにサクサク進もうっと。
そんなわけで、私と兄はダンジョンのさらに奥へと足を進めた。
「なんかこの角、なにか出てきそうだな」
独り言を言いつつ、恐る恐る角を曲がる兄。
予想は辺り、曲がり角の先から小さなコウモリ型モンスターが飛んできて兄は悲鳴を上げる。
「うわあああああああああああ!!」
その悲鳴を聞き、私はニヤニヤが止まらなくなった。
実のところ、私は実力者がサクサクダンジョンを攻略していくのも好きだけど、こうして自分の作ったダンジョンで他の人が苦戦したり罠にかかったりするのを見るほうがずっと好きだったりする。
「うわあ、何だコイツ!」
でたらめにスコップを振り回す兄。そのスコップが偶然にもコウモリの頭にヒットし、コウモリは紫色の光になって消えた。
「おっ、倒した! コウモリ倒したぞ、俺!」
飛び上がって喜ぶ兄。
私もガッツポーズをして兄の初モンスター討伐を祝福した。
「やべー、レベル上がったかな、俺」
兄の言葉に、私は自分の隠しスキル「鑑定」を使って兄のステータスを見てみた。
見ると、恐らくレベル1だったであろう兄はレベル2にレベルアップしていた。
ちなみに私は、何かあっては大変なので創造主の権限を使いありとあらゆる魔法スキルを取得してある。
この「鑑定」もそのスキルのうちの一つなの。
「おっ、見てみろよ、宝箱がある!」
兄が通路の角を指さす。そこにはごく普通のテンプレ宝箱が置かれていた。
「それじゃ、さっそくこの宝箱を開けてみたいと思います! あー、罠だったらどうしよう。慎重に開けるぞっ!」
慎重に宝箱を開ける兄。
そんなに警戒しなくても、ごく普通の宝箱なんだけどな。
ただし、中身は完全ランダムだから何が出るかは私も分からないけど。
初めのうちは中身をじっくり考えてたけど、最近は面倒なので中身は完全ランダムにしている。そのほうが楽しいしね。
「うおーっ、剣が入ってた! なんだこれ、強そう!」
兄が興奮した声で中に入っていた剣を取り出す。
入っていたのは、赤と青で装飾された派手なロングソードだった。
私は「あっ」と声を上げそうになった。
「見てください、剣の柄に凝った装飾がされています! これは……
剣の柄をカメラに見せてくる兄。
もちろんどんな剣なのか、創造主である私は知っていた。
この剣の名は「道化師の剣」といい、別名「ガチャの剣」とも呼ばれている。
その効果は、攻撃力をランダムで付加することができるというもの。
こ、これはレア武器には違いない……けど、どちらかというと外れ武器ーっ!
時にはミスリルソードやアダマンタイトアックスのような攻撃力が出ることもあるものの、たいていは最弱のヒノキの剣程度の攻撃力しか出ないから扱いにくいんだ。
ただ、ヒノキの剣すら持っていない兄にとってはどんな剣だろうと武器が出るのはありがたいだろう。
兄はひとしきり剣を感動したように眺めた後、「よし、行くぞ!」と行ってダンジョンの奥へと足を進めた。