日本全国に突如としてダンジョンが現れてから早五年。
ちまたでは、ダンジョン攻略の様子を動画でアップする「DTube」が流行っていた。
そんなダンジョン攻略動画をほぼ毎日チェックしているのがこの私、
「あ、LUNAが生配信するんだ」
通知が着て、私はすぐさま有名DTuber「LUNA」のページをタップした。
「うわあ、さすが『LUNA』。もう七十階層まで到達したんだ」
私はスマホを手にゴロリとベッドに横になった。
LUNAは狐の面で顔を隠している若い女性の配信者で、女の子なのにダンジョン攻略がめちゃくちゃ早いんだ。
その強さと人気から「配信四天王」のうちの一人と言われているほど。
そしてしばらくLUNAの生配信を鑑賞し、それが終わると日課の新着動画一覧のチェックを始めた。
たいていの人は、ダンジョン動画といえば、配信四天王と呼ばれる最初期に配信を始めた人気の四人ぐらいしかチェックをしない。
だけど私は違う。どんなに弱小だろうとPV一桁だろうと絶対にチェックする。
そこにどんなバグや抜け穴が隠されているか分からないし、全部確認するのが
――そう。今日本中を騒がせているダンジョン。あれはすべて私が作ったものなの。
もちろんこのことは誰にもナイショなんだけどね。
「……ん?」
と、そこで私は一つの動画のサムネを見つけ、スクロールする指を止めた。
見るからに暗くて荒い画質の画面には赤い文字で『俺んちの物置にダンジョンができた』と書いてある。
何だかこの物置、ちょっと……いやかなり見覚えがあるような気がする。
嫌な予感がしつつも動画をタップする。
PVは3で登録者数は0人。本当にDTube始めたての初心者のアカウントって感じ。
やがて「ザー」という雑音の後で動画は始まった。
『ういーっす、みなさんこん……はじめまして! ハリマと申しまっす! それではさっそく今日から配信始めていきたいと思うんですがねー……』
オタクっぽい早口で聞きにくいけれど、この声には聞き覚えがあった。
「お、お、お、お兄ちゃん!?」
私は思わず大声をあげてしまった。
なんでうちの兄が配信やってるの!?
私は画面を凝視した。
『皆さん聞いてくださいよ。なんとなーんと、草野球しようと思って物置に昔使ってたバッドとグローブ探しに言ったら、うちの物置に……じゃじゃん! ダンジョンができてたんでぇーす!』
う……うわあああああ!!
兄の配信を見た私は頭を抱えた。
「はあ……何してくれちゃってんの」
口調がオタクっぽいとか、画質が悪いとかテンポが悪いとか、それも気になるけど問題はそこじゃない。
うちの物置の外観と、うちの裏手にあるご当地スーパーの看板がもろに映ってる。見る人が見たら場所なんてすぐ特定できちゃうよ。
それに物置の中を映したシーンでは、ピンクのスコップの柄に思いっきり「はりま あーしゃ」って書いてある。
これじゃ私の家だってすぐにバレちゃうじゃん!
「もう……!」
このクソ兄貴が~~!
私は廊下をドスドスと歩き、兄の部屋をノックした。
「ちょっとお兄ちゃん、いる!?」
少しして、ガチャリと部屋のドアが開いた。
「……ん? なんだ杏紗、どうしたの」
ねぐせ頭のさえない男が顔を出す。
この男が私の兄――
「ちょっとこれ! これお兄ちゃんでしょ!」
私は兄にずいっとスマホの画面を見せた。
兄の白い耳が見る見るうちに赤く染まっていく。
「え? 何で分かったの?」
「何でも何も、モロバレじゃん! これ見るからにうちの物置だしっ、ほらここ『はりまあーしゃ』って書いてある!」
「あ、ほんとだ」
とぼけた顔で笑う兄。
「ほんとだ、じゃないよ。この動画、今すぐ消してっ! 個人情報ダダ漏れじゃんっ!」
「分かった、分かったよ」
しぶしぶ動画を消す兄。
私がホッと胸を撫でおろしていると、お兄ちゃんはパソコンに向かってこうブツブツ呟きだした。
「しょうがないな。じゃあ、物置のシーンはカットして、いきなりダンジョンの中から始めれば文句ないだろ」
「えっ、まだ動画アップする気なの!? やめて!」
私は悲鳴にも似た声を上げながら兄の腕を引っ張った。
私が動画を消してほしい理由は、個人情報が写っているからっていうだけじゃない。
あの物置ダンジョンは私が一番最初に作ったダンジョンでいわば試作品ともいうべきもの。
ダンジョンマニアの人が見れば一発で他のダンジョンと違って作りが粗い初期ダンジョンだってことに気付くはず。
そこから私が
必死で配信を止めようとする私に、兄は叫んだ。
「えー、なんでだよっ。俺はな、有名DTuberになって、楽して金持ちになりたいんだよっ!」
「は……!?」
一瞬にして部屋の空気が凍り付く。
な、なんて馬鹿なの……。
私は「働きたくないでござる」とか、訳の分からないことを言ってわめいている兄を冷たい目で見つめた。
こいつナメてる。世間を……そしてDTuberを完全にナメてる。
DTuberで有名になるだなんて、この配信ブームのご時世にそんなに簡単なことじゃないのに。
私の胸に、ふつふつと怒りが湧いて来る。
「バ……バッカじゃないの~~!?」
私がありったけの力をこめて叫ぶと、兄が不満そうな顔をする。
「何がバカなんだよ! 配信なんて簡単だろ!?」
「そりゃ配信するだけなら簡単だけど、あんな低画質で人気に何てなれるわけないじゃん! カメラもブレブレで酔いそうだし、暗いし活舌も悪くて声も聞き取りにくいし気持ち悪いしっ、あんなんで人に見てもらおうだなんて百年早い!」
私が一気にまくしたてると、不意に兄が無口になった。
「……だったらお前がやれよ」
ボソッと呟いた兄の言葉に、私は思わず聞き返した。
「は?」
お前がやれよ、とは?
「そこまで言うのなら杏紗がカメラマンとか編集とかやってくれよ。俺よりDTubeに詳しそうだし」
「はあ? どうしてそうなるわけ?」
私はDTuberなんてやめてほしいのに!
……と思ったけど、私がやめてと言っても頑固な兄が辞めるとは思えない。
それだったら私がカメラマンや編集をやって自分の監視下に置いた方がまだましかもしれない。
「……分かったよ」
私は低い声で返事をした。
「それじゃ、次の土曜日に一から動画撮り直すから。覚悟しておいてね」
私はびしっと兄を睨みつけると、兄は「お、おう」と小さな声を出した。
「頑張って、二人で人気DTuberになろうな!」
満面の笑みで言う兄。
私は大きなため息をついた。
もう、何でこうなっちゃうの!?