「乃木、入るぞー」
なんだか偉そうな感じの和服のおじさんと陰陽師軍団が離れに入ってきた。
「おお、東郷、丁度良いところに」
東郷と呼ばれたおじさんは、俺たちを忌々しげな目で見た。
「乃木、なぜ悪魔憑きたちに退魔武器をやっている、お前は陰陽鍛冶の誇りをわすれたのか」
「ああ、東郷、お前は清明派だったな、とりあえず見ろ、鏡子君が金時の籠手と適合したよ」
そう言うと鏡子ねえさんがわら人形をパンチで粉砕した。
「おおっ!? 金時の籠手なのか、それは、新品のようじゃないか」
「自動補修の術式だよ、まあ、なんと奢った設計なのか、燐月師には驚かされるね」
平安時代に金時の籠手を作った陰陽鍛冶さんが燐月さんなのか。
「かのお方は名工であるが、変わり者だと言うしな、しかし、適合しおったとは、すさまじい威力だな」
「そうだろ、おっさん」
「えい、Dチューバーは失敬だな。東郷だ、陰陽鍛冶の防具屋だ」
「上は金時の籠手で良いと思うのだが、足の方だ、足の装甲兼打撃力アップの装甲脚絆を請け負ったのだ、東郷も手伝え」
鏡子ねえさんは新しいわら人形を引っ張り出して、蹴りを放った。
スパーンと良い音がする。
「ぬうっ、金時の籠手と匹敵するほどの装甲脚絆か、打撃力を上げ、防御力も必要だな、うむむ」
考え込んだ東郷さんに麒麟が近づいた。
「叔父様、本題が」
「おお、そうじゃったそうじゃった、装甲脚絆の方は考えておく、それよりもだっ、乃木よ、貴様はなぜに悪魔憑きに武具を渡すのじゃ、人間としての誇りを無くしたか」
「悪魔憑きというか、この子達を見てみろ、普通の若者でとても良い人間だぞ、今度の新しい迷宮は、過去の七大迷宮とはすこし違うようだ」
「魔物の瘴気を体に入れれば、一時的に力が増すが、正気はどんどん失われ、化け物となっていく、そういう物では無いか」
「もう地獄門が生えて五年になる、凶暴化、魔物化しているなら、もっと症例がでているはずだろう」
「だが、魔の物の力を取り込み、魔王に肉薄するとしよう、土壇場でDチューバーどもが、魔王に洗脳され、世界征服の先兵となったとしたらどうするのじゃ」
それは……、ありえる話ではあるな。
どうして悪魔側が人類をあんなに強くしたいのかが解らない。
かといって世界征服をもくろむならば、サッチャンだけでも結構やれるはずで、なんだか、悪魔の真意は良くわからないが本当だな。
「ではどうするのだ? まったく魔力を吸い込まずに150階まで降りて魔王を封じる事が可能なのか」
「それは、確かに難しい事ではあるが、だが、人間は人間のまま魔と対抗せねばなるまい、そのための陰陽鍛冶による装備じゃわい」
「陰陽寮も解散してしまった現在、現実的ではないな。俺はね、東郷、サッチャンから退魔武器の依頼を受けた後、Dチューバーの動画を沢山見たんだ、タカシくんの動画も見たし、鏡子さんの動画も見た、竜に焼かれて哀れに死んで行く歌姫の動画も見た、裏切りで内紛が起こり、自滅していく高レベル配信者の動画も見たよ。それで解ったんだ」
「何がじゃ」
「Dチューバーはみんな普通の若者だって事だ。ステータスが上がり、スキルを得て超人的な存在になり、レアの装備で身を固めて迷宮に挑む、英雄的なんだが、やっぱり中身は普通の人間で、悩みもあり、悲しみもあり、喜びもある。人間性を失ってはいない、俺はそう確信したから退魔武器を迷宮に卸す事にした」
「乃木は相変わらず甘いな、人情家だ」
東郷さんはふうと一息吐いた。
「タカシくんや、君の持っている『暁』は我々の希望なんだ、返してもらいたい」
東郷さんは頭を下げた。
乃木先生を見ると、顔の前で手を横に振っていた。
「お断りします」
「では、『収奪戦』で勝負だ」
「なんですか? それ」
「お互いの装備を掛けて一騎打ちの勝負をする、勝った物が装備を得る」
「えと、俺が勝ったら?」
それは勝負してもあまりこちらにうま味が無いんだけど。
「フツノミタマが宿った手盾をこちらは賭けよう」
!
麒麟さんの隣に居る背の高いサングラスの少年が左手を前に出した。
そこには亀の甲羅のような小さな盾があった。
「宿っている神は『スクナヒコ』だ」
「……わかりました、ルールは」
「おい、婆さん」
「なんじゃ小僧、出番かえ、ひゃっひゃ」
琵琶を背中に担いだ小さい老婆が離れに入っていた。
「こちらは歌女を使い『神降ろし』を使う、君が使うかどうかは自由だ」
「フツノミタマがそちらに一つ、こちらに一つですが」
「ああ、別に陣営がどうあれ同じ場所にフツノミタマが複数あれば神降ろし術式は発動するよ」
ああ、別に一人が複数持つのが発動条件じゃなかったのか。
権八戦の時は偶然最小発動要件が揃ったんだな。
「わたしも参加していいかー」
鏡子ねえさんが前に出た。
「ああ、退魔武器が二対一になると、その、困るなあ、というか……」
「パーティは一心同体『Dリンクス』なのだっ」
「わたしもわたしも、歌女したいっ!」
「これっ、ひよっこめ、ワシに任せておけ、歌女は『収奪戦』では中立ぞ」
デデデとみのりは婆ちゃんの近くによった。
「歌女のこと、もっと知りたいっ、歌詞とか、メロディとかっ」
「なんじゃ、歌女なぞ、もう誰もやりたがらないというのに酔狂な子じゃな」
「タカシくんの力になれるからっ」
「そうか、好いた男の為にのう、古来からの強い動機じゃな、よし、この婆が教えてやろうぞい、娘っこや」
「峰屋みのりと言います、お婆ちゃんは?」
「ワシは桔梗じゃ、よろしくの、みのり」
「はい、桔梗おばあちゃん」
桔梗さんはみのりを見て目を細めた。
というか、みのりって一瞬で人との距離を詰めるよな。
コミュ強とは凄いものだ。