「ヒューマンケイン・レディ」
僕は、お気に入りの赤い杖を呼び出した。
「セット・ゾンビ・スカル・ゴースト・スタンバイ」
「え、ちょっ?」
「嘘……?!」
二人の顔色が変わる。どうやら攻撃されると思っているようだ。ルリさんの杖がこちらに向く前に、僕は魔法陣を描き終えた。
「サイカ・ワ系ヒール、ファイヤー!」
「あ!」
「うっ……?」
一瞬だけアンデッド状態にした二人に、治癒の魔法をかける。赤い光とともに全ての傷が塞がり、二人から苦痛の表情が消えた。
「な、何これ……傷が、一瞬で……?」
アヤさんは難なく立ち上がると、自分の腕をさすりながらそう呟く。一方ルリさんは、何をされたかわからないといった様子で固まっていた。
「今の、長くて変な呪文、治癒の魔法だったの……?」
「はい」
確かに、僧侶が使う治癒の魔法は、ヒールの一言で発動する。それと比べれば、僕の呪文は長い。
「でも、治癒の魔法って、僧侶の役割なんじゃ……ていうか、新しいパーティーメンバーは魔法使いって聞いてるんだけど……」
「ええ。僕の役職は、魔法使いです」
僕は頷いた。二人はまだ混乱しているようだけど、とりあえず話は聞いてくれそうだ。
「でも、魔法使いの役割って、攻撃の魔法なんじゃ……?」
個人差はあるだろうけど、魔法使いと僧侶の魔法は大きく違う。魔法使いの魔法が呪文の組み方や知識量など、頭の強さに比例するのに対し、僧侶の魔法は慣れや思いなど、心の強さに比例する。つまり魔法使いの魔法は勉強して理解さえすれば誰でも使えるが、僧侶の魔法はやる気がなければ使いこなせないのがほとんどだ。
「つまり僕が魔法使いだから、長くて変な呪文になったわけです」
僕は杖を鞘へ戻した。
「それと魔法使いの役割とか、僧侶の役割とかおっしゃってますが……自分の役割だけ果たしていれば生き残れるほど、戦場は甘くない」
「……」
ルリさんは言い返すことができずに目を伏せた。そういえば一緒に治癒してしまったけど、こいつ、見た目は人間だが魔族の気配がする。何でこんなところに……いやでもあの会長が気づいてないわけないし、魔鎧にすら勝てない雑魚なら、ほったらかしにしても大丈夫か……。
「その程度のことも理解していないような足手纏いと仲良くするつもりはありません。……だって、すぐ死んじゃうでしょ? 別に仲良しでもない人の死には耐えられても、仲良くなってしまった人の死に耐えられるほど、僕はまだ……強くない。だから別に、新しいパーティーメンバーとかいらないから」
「……」
二人は何も言わない。僕としても、そのほうがありがたかった。魔鎧にも勝てない弱者に、変に距離を詰められたくない。
「負傷者を放置しない、最低限のマナーは守りました。では、失礼します」
僕は二人に背を向けた。我ながら自分勝手だとは思うけど、仲良くなってしまったこの二人が死ぬところを目撃してしまったら、今度こそ僕は立ち直れないだろう。これ以上僕に関わらないでほしいし、こちらも関わらないようにするべきだ。
「待って」
「ぐえっ」
するとアヤさんが、僕のパーカーのフードを引っ張った。首が締まって苦しい。
「……離してください」
「君が言ってることも、君がすごい魔法使いだってこともわかった。でも……まだ告白もしてないのに、勝手に振らないでくれる?」
「え……?!」
ルリさんの顔が青ざめた。僕はアヤさんの手を振り解いて、フードを被り直した。
「告白? 自己紹介のことですか? 魔鎧から逃げ帰ってくるような弱者の戯言、聞いたところでパーティーに入る気にはなれないと思いますよ」
「あ、振られたって、パーティーの勧誘の、あ、そう言う……」
視界の隅で、ルリさんが百面相をしている。
「そもそも僕は、そこまで必死になって勧誘するほどの魔法使いじゃない」
「そうなんだ。でも私からしたら、みんなすごくて強い魔法使いなんだけどね……」
アヤさんが苦笑いをしながら答えた。一応、自分たちが弱いということは理解しているらしい。
「つまり、誰でも良いから付き合いたいってこと? そんな風に言われたら、普通男は靡かないと思うけど」
「それはそうかもしれないけど……じゃあ、自己紹介だけでもさせてくれないかな?」
アヤさんは、僕の目を真っ直ぐに見てそう言った。ルリさんと同じかそれ以上に綺麗な顔つきだが、その目と声からはどこか必死さが垣間見える。僕にそこまで引き留めたくなる要素は今のところなかった気がするけど……そんなにさっきの回復魔法が珍しかったのだろうか。
「ずいぶんと、自分の経歴に自信をお持ちのようですね。ですが、見た目や肩書きだけでは……僕は落ちませんよ」
「……私、これでも勇者なんだ」
彼女は自信なさげにそう告げた。これだけ敵の攻撃を真正面から受けているのだから、前衛職、勇者か戦士だろうとは思っていた。彼女が全ての攻撃を引き受けてくれるなら、確かに魔法使いの僕は戦いやすいだろう。でも、女性を盾にして戦うのって男としてどうなんだろう。
「……」
いや、彼女が言っているのは、きっとそういうことではない。
「役職じゃなくて、召喚された勇者」
彼女の顔が悲痛に歪む。世界を救う勇者の面構えには、とても見えなかった。