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<3・騒動>

 どんなクラスであっても、様々な個性を持つ生徒がいるのは当たり前のことであるが。

 夏俊のいる柏木高校一年二組は、とにかく喧しい奴が多いことでも有名であったりする。そのうちの一人が、夏俊ともつるむことの多い刈谷大毅もまさにその一人だと言っていい。


「高校生活において最も大事な事はぁぁぁ!とにかく、モテを追求することであーる!」

「あーる!」

「異議なーし!」


 今日も今日とて、休み時間には友人達と謎の唱和を行っている彼。とにかくかわいい女子に目がなく、柏木高校にはモテるために死ぬ気で勉強して入ったのだ!ということを堂々と公言する筋金入りの女好きである。美人であれば多少性格が微妙でも問題ないと判断し、初日にはあの聖也にも声をかけたようだった。まああまりのギャップぶりに、さすがの彼もアレは諦めるしかないと判断したらしいが。

 なんせ、あの大毅がドン引くレベルでの男好きで女好きである。しかも本人は「言っておくが俺はバリタチだから、男相手でも抱くぞ?」という救いようのない発言をあっさりかましてくれたからどうにもならない。「顔とスタイルだけならめっちゃ好みなのにどちくしょう!」と昨日は大袈裟に机に突っ伏して泣いていた彼だが、一日も過ぎればころっと立ち直ったらしかった。

 まあ、聖也が教室に入ってくると、明らかにびびった様子でざざざざざ!と隅っこに隠れていくわけだが。


「お、おい夏俊!」


 友人数名とともに、聖也から隠れるようにして夏俊の後ろに入った大毅。夏俊より遥かに体がデカい彼であるし、友人ズ(別名、モテたい同盟)もみんな揃いも揃ってデカいのでまったく意味がない。お前らみっともないぞ、と呆れる夏俊に、大毅は恐る恐ると言った様子で声をかけてきた。


「きょ、今日の聖也サンは、どんなかんじでしょ?やっぱり暴走してらっしゃる?」

「……何故俺に訊く?」

「お前聖也サンの保護者だろなんとかしろよ!もっと大人しくしてくれるよーに頼んで!」

「そんなもんに就職した覚えはねー!!」


 お前らなあ、と頭痛を覚える夏俊。確かに、うっかり昨日はまるで世話係よろしく、遅い時間まで校内案内を敢行してしまったが。あれは、あくまで親切心で助けてやっただけのこと。たった一日の付き合いで、親しくなったというわけでもない(若干なつかれたかもしれないが)。何故校内案内をしただけで、保護者呼ばわりされなければならないのか。


「そもそも図体デカい男どもが、なんで揃いも揃ってビビってんだよ。お前らが大好きな美少女転校生だろ、もっと喜べよ」


 ほれ、と夏俊が指差す先。聖也が女の子達と楽しそうに話している光景が見える。少し声が低いこととしゃべり方が男っぽいことを覗けば、大和撫子もかくやの美少女が少女達と楽しくお喋りしている光景にしか見えない。まさにラノベ的展開だ。本来拒否するどころではないはずなのに、何故こいつらは悲鳴を上げているのだろう?


「確かに性格はアレだしアレだしアレだし、人間的な問題もアレだしアレだしアレだけど。顔とスタイルだけ見ればそこらのアイドルなんざ目じゃないレベルだろ。なんで猛獣みたいな扱いなんだよオマエ」

「な、夏俊!オマエ知らないのか!昨日奴が打ち立てた数々の伝説を!」

「んあ?」


 聞くに、どうやら夏俊がギブアップして先に帰ったあとも、彼女はあちこちの部活動を夜になるまで見学して回っていたらしい。夏俊はその一部を己の目で見、さらに豊富な友人ネットワークから多くの情報を入手してドン引きしたのだというのだ。つまり。


「か、彼女はきっと人造マシーンとか!伝説のハンターとか!そういう存在に違いないっ!でなければあんなに強いもんか!」


 いわく。

 しれっとナンパしてきた空手部員を手刀一発でノックダウンさせ。

 同じくナンパしてきた柔道部員を投げ飛ばし。

 レスリング部の副主将を一発KOした後、しまいにはボディービルディング部の主将を腕相撲で瞬殺したというのだ。


「……盛ってるよな?」

「盛ってない!レスリング部とボディービルディング部は実際俺がこの目で見たんだよこんちくしょう!」


 あれ、女子ってなんだっけ。むしろ人間ってなんだっけ。俺は段々と混乱してくる。しかもそれに追い討ちをかけるように、後ろから聖也と女子達のズレにズレた会話が聞こえてくるからどうしようもない。


「なぁ神田さんに前嶋さん。今日の放課後俺とデートしね?カラオケデートなんてどう?」

「やだー聖也クンってばヘンタイ☆」

「そうか!?いやーそれほどでもー」

「誉めてないでーす♪」


 一日で変態って笑顔で女子に言われる美少女ってなんだろう。しかも本人はまったく懲りてる様子がないところか、罵られて若干喜んでいるようにも見える。台詞さえ聞こえてこなければ普通の可愛い女の子のお喋りに見えるのに、一体どうしてこうなった?


「奴は女子どころか、伝説のゴリラの子孫とかそのへんに違いないんだ……!」


 わなわなと両手を震わせながら言う大毅。さっきは人造マシーンとか言ってなかったっけお前、と心の中でつっこむ夏俊。


「俺は感じた!お前は感じなかったのか、奴のオーラを!!」

「なんのだよ」

「あれは生まれついての支配者だっ!奴に気を許したら最後、俺達男もみんな掘られる……男の尊厳を奪われるに違いない!究極の攻めとして生まれついた人間を恐れずしてなんという……!モテたい同盟最大の危機だ!」

「ごめんツッコミどころ多すぎて何から突っ込めばいいのか本気でわかんない」


 究極の攻めってなんやねん、と俺は呆れ果てる。というか、そんなBL用語をどこから拾ってきたのだろう。あるいはなんかの『やらないか』的なゲイ漫画でも読んでしまったのだろうか、大毅の奴は。しかも大毅の後ろで、彼の友人ズがうんうん頷いているから尚更である。

 そして、次の瞬間。


「わーい飛んでけー!」

「ふげぶっ!」


 美少女は、女子数人からタックルを食らって宙を舞っていた。どうやら辛抱ならなくなった少女達の派手な反撃を食らったらしい。何がキモいって、その飛んでいる顔が満足そうな笑顔なのがキモいのだ。美少女ってなんだっけ、と何度目になるかもわからぬ疑問を口にしてしまうくらいには。


「カイ、カンッ……!」


 そんなことを言いながら床に沈む聖也。


「お前そのネタ今の若いやつらわかんねーよ……」


 思わず呟いてしまう夏俊の後ろで、何故だかモテたい同盟の連中は歓声を上げているのだった。


「さ、さすがは究極の攻め……!嫌われても吹っ飛ばされてもまったくダメージを受けないどころか、喜びに変えるとは!なんとも恐ろしい!!」

「そこっ!?」


 どうしよう、このクラス圧倒的にツッコミが足らなすぎる。

 俺は何度目になるかもわからぬため息をつく羽目になったのだった。




 ***




 一年二組は、騒がしいし喧しいのがテンプレートである。勿論物静かな生徒もいるにはいるが、大毅をはじめ派手好きお祭り騒ぎ好きな人間が多いからというのが最大の理由である。

 だが、今日は普段に比べると随分クラスが静かであった気がするのだ。大毅はあの調子だし、聖也というお調子者の転校生もやってきたにも関わらず、である。

 理由は単純明快。クラスでも屈指のお祭り女子、澤江未花子さわえみかこが、今日は朝からほとんどずっとだんまりしていたからである。そもそも聖也と喋っていた女子達は、いつもなら未花子の隣で喋り倒している者達であったのだ。

 未花子は一日中、授業があってもなくても関係なくとこかぼんやりと窓の外を見ている。男勝りで明るく、女子の中でも人一倍親しみやすかった彼女が、今日はどことなく近寄りがたい空気なのだ。

 夏俊としても、女子の中ではよく話す相手である。心配になって放課後は声をかけてみることにした。


「どうしたよ澤江。今日随分おとなしいじゃん、何かあったのか?」

「……蕪木」


 未花子はすぐに反応したものの、いつになく頼りない様子で視線をさ迷わせた。悩みがあるけど、話していいかどうか迷っている――まるでそんな顔ではないか。


「どうしたんだよ?」


 夏俊はもう一度、さっきより少しだけ優しい声で繰り返した。未花子がここまで落ち込んでいるなど初めてである。付き合いもそこまで長いわけではないが、それでもよほどのことがあったのだと察するには充分だった。


「……その」

「うん」

「……バス事故なんてさ。そんな頻繁に、起きるものだっけ。交通事故とか、土砂崩れに巻き込まれる、とか」

「え?」


 何の話だ、と思わず思考が止まる。バス事故?彼女の親しい誰かが巻き込まれでもしたのだろうか。


「あたしの、従兄弟がさ。昨日から修学旅行のはずだだったんだよ。なのに、行方不明なんだって。泊まり先の旅館に着いてないんだって」


 いつも男子よりも大きな声で喋り、元気一杯に騒ぎ回る未花子が。泣きそうな顔で、告げたのである。恐らく彼女の友人達はそれを知ってしまって、かける言葉が見つからなかったのだろう。

 行方不明だということしか、わからない。ただ確かなことは一つだけだと未花子は言った。


「いなくなったのは、餅木高校の一年一組の生徒と先生だけ。……みんな消えちゃったらしいの……バスと、運転手さんと、ガイドさんごと」



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