一瞬即発の空気になりはしたが、既のところで呼び出しを受け、急遽『
一応は目的であった
道中会話らしい会話も全くないままに、二人は執務室の扉の前に到着した。
「やあ。待っていたよ、二人とも」
扉を開くと、そこには執務机の椅子に座る、物腰柔らかな一人の男性────『
「お待たせして申し訳ありませんGM。お久しぶりです」
「うん。久しぶりだね、ロックス。僕が留守にしていたこの一週間、調子はどうだったかな?」
「……ええ。悪くは……あー、はい。まあぼちぼちといったところですか、ね」
「なるほど。どうやら、君にも苦労をさせてしまったようだ。……ごめんね」
という、何処か社交辞令じみた会話を広げるロックスとグィン。その間、メルネは神妙な面持ちで押し黙っており。そしてそれはクラハもまた同様だった。
「……さて」
と、そこでグィンはクラハに視線を移した。
「ウインドア君も久しぶりだね」
「はい。お久しぶりです」
あくまでもその口調や声音自体は穏やかなグィン。しかしそんな彼が相手であっても、クラハは依然として冷淡としたままであり。その態度は以前の彼からはとてもではないが考えられないものだった。
だがそれを然程気にする様子もなく、グィンはクラハに言葉を続ける。
「単刀直入に訊くけど、今こうして僕の前に呼び出された理由……ある程度は察してくれているのかな」
グィンの問いかけに対し、クラハは少しの沈黙を挟んでから平然と答える。
「自分が思っている通りなのであれば、はい」
「……そっか」
会話────と呼ぶには少し疑問を抱かずにはいられないが。ともかく、それをロックスとメルネの二人は押し黙り、静観に徹している。そんな最中、少しの沈黙を挟んでから、再びグィンは口を開き言った。
「それじゃあ残念ながら……僕の言葉を忘れてしまった訳ではないんだね。ウインドア君」
その言葉に対しては、クラハが何かを言うことはなく。しかしそれが予めわかっていたかのように、グィンは憤りもしなければ動じることもなく、あくまでも平然とした態度で続ける。
「『ラグナ=アルティ=ブレイズを一から鍛え直し、そして『炎鬼神』としての強さを取り戻せ』……あの時、僕は君に対してそう言った。何も決して考えなしに、無根拠に言った訳じゃあないんだよ。君ならば、他の誰でもないクラハ=ウインドアになら、それができると思って。成せるはずだとわかっていて、僕はあの時ああ言ったんだ。……そう、そのはずだった」
「……」
目を伏せ、しみじみとそう溢すグィンだったが。クラハといえば、相も変わらずの無言ぶりで。そんな態度を目の当たりにしたロックスは、堪らず握り締めた拳を静かに震わせる。
──クラハ、お前ってぇ奴ぁ……ッ。
しかし決してその怒りを表に出そうとはせず、ロックスはグッと抑え込む。今、怒りを露わにすべき人間は自分などではないのだから。
「大まかな話はメルネから聞かせてもらったよ。まさか、よりにもよって他の誰でもない君が、あろうことかラグナに対してそういった態度や言動を取るなんて。一
依然として黙り込んだままのクラハにグィンはそう言って、そして最後に訊ねた。
「僕は見誤ってしまったのかな?」
と、まるで何処か他人事のように。グィンにそう訊ねられるクラハであったが、彼が答えることはない。
こちらとの会話にまともに取り合おうとする気概を見せないクラハに対し、そこで初めてグィンは困ったように眉を顰める。そして遂にここで、彼は核心を突くのだった。
「それとも……君にとってのラグナ=アルティ=ブレイズとは、所詮その程度のことだった。そういうことなのかい?」
今の今まで、頑なに黙り込んでいたクラハだったが。その瞬間、彼の瞳孔が大きく開かれる。
そして難攻不落に思われていたその沈黙が、ようやく崩れ去る。
「……ラグナ、ですか」
と、不安定に震える声で。まるで吐き捨てるかのように、クラハが言う。直後、矢継ぎ早に彼は続けた。
「ラグナ、ラグナラグナラグナって……はは。いや、本当に……は、ははは」
「……ウインドア君?」
顔を俯かせ、突如として肩を小刻みに揺らしながら不気味に笑い、ぶつぶつと独り言のように言葉を呟き始めたクラハ。そんな彼の急変した様子には、流石のグィンも動揺を隠せなかった。
クラハの触れてはいけない何かに、無遠慮かつ不躾に触れてしまった────そう、グィンが思ったのも束の間のことだった。
「ねえ、グィンさん。ロックスさん、メルネさん……『
明らかに破綻した言葉を出鱈目に紡いだクラハは、独り納得して、勝手に失望と落胆のため息を吐く。それから固まる他にないでいる執務室の三人を置き去りにしたまま、突如として俯かせていたその顔を勢いよく振り上げた。
「そんな訳ないでしょうがああああああッッッ!?」
そして計り知れぬ狂気が牙を剥き、身の毛も
「ふざけるなっ、ふざけるな!もういないんだいないんだよぉ!!違う、違う違う違う違うあの子は違う!違うっ、違うッ!!先輩じゃないラグナ先輩なんかじゃないただの!ただの無力で非力で小っぽけな!どこにだっているただの一人の女の子だあ!女の子で、女の子なんだぁ!!だから、だからだからだからあぁぁぁ……っ!!!」
もはや支離滅裂。癇癪を起こし、ただひたすらに駄々を捏ねる子供。
さらにクラハはその場で喚き続ける。
「どうして、なんで、どうしてどうしてどうしてなんでなんでなんで!皆さんはあの子がラグナ先輩に見えるんですっ?あの子がラグナ先輩だって思えるんですっ?あり得ない、そんな訳がないッ!あんな!あんな、あんな何の取り柄もない!ただの女の子が!ラグナ先輩な訳ないでしょうにぃ!?ああ、ああああああ……!」
「わかった。もういい。もういいよ、ウインドア君」
最初こそ不覚にも呆気に取られてしまい、硬直していたグィンだったが。ハッと我に返り、慌ててクラハにそう言う。しかし、彼の言葉など、今のクラハに届くはずもない。
「ラグナ先輩じゃあないのなら!ラグナ先輩なんかじゃあないあの子なんて!
「いい加減にしろクラハ=ウインドアッ!!」
遂に堪らず、声を荒げてしまうグィン。だが、もはやそれで止められるクラハではなかったのだ。
「第一目障りなんだよ。目障りで、煩わしくてぇ……不愉快でッ!一体どの面下げてッ!どんな顔でッ!誰の許可を得て誰の許しを得て誰の誰の誰のッ!!ラグナ先輩を騙って装って模してッ!!!違う、お前じゃない、絶対、今さらァ!!散々、散々散々散々散々そうしようとしなかったくせに……なのに僕の為?僕の為僕の為僕の僕の僕の……!」
もうクラハの言葉は意味不明で。意味不明の狂気を、ただその場に垂れ流すだけで。そんな彼を目の当たりにしているグィンは、とうとう言葉を失う。
ロックスもこれにはどうすればいいのかわからず、その場から動けそうになかった。
が、ただ一人────メルネだけは違った。グィンとロックスが気づく時には、彼女は既に行動を起こしていたのだ。
「あの子なんて!あの女の子は!!もう、ラグナ=アルティ=ブレイズじゃあ
パァンッ──依然として叫び続けるクラハの前に立ち。メルネは大きく手を振り被り、そして躊躇なくその頬を打った。
……」
頬を打たれたクラハが、一瞬にして止まる。遅れて、彼の頬を張ったメルネの瞳から、幾つもの涙が零れ落ち。
「……最低」
続けて、彼女はあらん限りの軽蔑を込めてそう言うのだった。