その暴力は振るうその腕で、軌道上に並び立つ全てを薙ぎ倒し。踏みつけるその足は、下にあるもの全てを微塵に粉砕せしめた。
その暴力は怒っていた。己が内を焦土に焼き尽くさんまでの、壮絶で凄絶な、激烈極まるその怒りに突き動かされ、大いに荒れ狂っていた。
怒りに身を任せ、怒りのままに。周囲に在る全てを、悉く。そして
慈悲も、躊躇も。遠慮も、容赦も。妥協も、譲歩も。なく、なく、なく。ただただ、怒り狂い、荒れ狂い、暴れ狂い。
そうして通り過ぎたその後には、何も残らなかった。
一体何がそこまでそうさせるのだろう。その怒りだけで、どうしてそこまでできるのだろうか。何がそこまで癪に障るのだろうか。
それは、誰も知らない。誰にもわからない。誰にも理解できない────否、理解されない。
故に暴力は怒りのままに、ただ突き進むだけ。怒りに身を委ね、任せて、眼前に在る全てを暴力で以て。捩じ伏せ、叩き伏せ、そして破壊し尽くすだけ。
人々は後に、この暴力────否、暴力の化身たるこの
泰山が如き大巨体。大樹よりも太く強靭で頑強な手足。烈火を宿す真紅の剛毛皮。それら全てを兼ね備えた恐ろしき
謂わば
同種を遥か悠々に越す体躯。少しばかり振るうだけでも埒外な破壊力と殺傷力を誇る手足。ありとあらゆる攻撃を受け防ぐ毛皮。
特異個体だという点を踏まえても、『滅戮の暴威』は常軌を逸している。それが今、その目に映るもの全てを手当たり次第に破壊しながら、独り森林の中を進んでいた。
一体どこを目的地と定めているのか。何処を目指して向かっているのか────それら全てが 一切不明。
そうして、悉く尽くを破壊する暴嵐と化している『滅戮の暴威』の眼前に。四体の哀れな餌食が、不運にも現れてしまった。
「グオ……」
「オオオォ……ン」
餌食────デッドリーベアたちは眼前に聳え立つ、圧倒的なまでに格上の存在を目の当たりにし、竦んだような鳴き声を情けなく漏らす。
そんな彼らを、『滅戮の暴威』は見下ろしていた。赤黒く淀んだその両の
その眼差しが如実にこう語っている────不愉快、であると。
「ゴアアアアッ!!」
絶えず放たれていた膨大で莫大な
最初の犠牲が決まった瞬間であった。残る三体のデッドリーベアの視界から、突如として真紅の泰山が消え去る。
ボバッ────直後、真っ先に逃げ出した一体の頭部が爆ぜた。
断末魔の雄叫びを上げることも許されず。周囲の木々に薄桃色の肉片や鮮血を飛び散らせたその後に、頭部を失ったデッドリーベアの身体が崩れるように前のめりに倒れ臥す。その様を、すぐ側に立っていた『滅戮の暴威』はつまらなそうに見届けた。
三体のデッドリーベアたちには見えなかった。逃げ出した一体のすぐ側にまで移動したのも、その頭部を破壊する為に振るわれた腕も。何もかもが、目で捉えることは叶わなかった。
仲間────という意識があったのかは定かではないが、目の前で同類が、それもこうまでも容易く呆気なく斃された光景をまざまざと見せられ。残りの三体たちは半ば狂乱するかのように野太い鳴き声を上げる。
「グオオオッ!?」
「ゴガァ!」
「ボアアア!!」
そう、三体のデッドリーベアは即座に悟ったのである。野生の本能とも言うべきもので、自分たちが眼前の圧倒的、絶対的強者から逃げ仰ることはできない────否、
故に彼らデッドリーベアがその時取った行動は、数の利を活かした抵抗であった。
どんな戦いであれ、数が物を言う────しかし、時に度を越した強さは、ただ強いというだけでその常識をひっくり返してしまう。
その場合、生き延びる方法は一つだけ。そう、それは逃げること。恥も外聞もかなぐり捨てて、何が何でも逃げること。生きる為に、死なない為に。
しかしデッドリーベアたちはその唯一の方法が取れない。取れないからこそ、そうして抵抗するという選択肢を取った。
獣が選べるのは、戦うか逃げるか。故にそれは当然であるが────しかし、彼らは間違えた。
間違えた彼らに待っているのは、純粋な力による、単純な蹂躙であった。
実に退屈極まりない殺戮を終えた『
今や物言わぬ骸と化した四つの同胞。……否、『滅戮の暴威』にとっては同胞などではない。己に劣る、ただの紛い物。
それを見下ろし、『滅戮の暴威』は怖気立つ唸り声を低く漏らす。大抵のものであれば噛み千切れる牙を剥き出しにして、そのドス黒い目を血走らせる。
何故に一体、どうしてこんなにも
その疑問が『滅戮の暴威』の脳内に満ちていく。そしてまた、沸々と怒りが煮え滾ってくる。
転がる死骸の一つに目をやり、『滅戮の暴威』は歩み寄る。そうしてやり場の見つからない怒りを、それにぶつけた。
ただひたすらに、滅茶苦茶に暴力を振り下ろす。その度に死骸は折れ、砕け、そして破壊されていく。
死骸が肉塊と化すのに、そう時間はかからなかった。そのことが、さらに『滅戮の暴威』を苛立たせる。
そうして『滅戮の暴威』は今し方作り出した肉塊に興味を失せさせ、再び森の奥へと顔を向け、駆け出す。
地面を蹴り抉り、木々を薙ぎ倒し。何処かを目指して、我武者羅に駆けていく──────────その最中で、ふと気づいた。
『滅戮の暴威』がその場で足を止める。止めて、背後を振り返る。
「…………」
人間が一人、そこに立っていた。