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崩壊(その十二)

「……にしても」


 ファース大陸有数の貿易街、オールティアからそう然程は離れていない場所、ヴィブロ平原。そのヴィブロ平原を少し進んだ先にある、名もなき森林。


 その前で、依頼書を胡乱げに見つめながら、ロックスが信じられないように静かに呟く。


「この森でデッドリーベアを複数確認、な。いやはや、未だに現実感がねえというかなんというか。まあここ最近魔物モンスターの食い荒らされた死骸や、ただ単に殺された死骸が多数確認されてるみてえだし。あながち全くの誤報デマって訳はないんだろうが……」


 それでも、ロックスの懐疑的懸念は晴れない。そもそも、ヴィブロ平原はもちろんのこと、この何の変哲もない、それこそ名前も付けられていないただの森に。《S》冒険者ランカーでも手を焼き、一筋縄とはいかない大物の魔物モンスター、デッドリーベアが近づくはずがないのである。


 ここら一帯に、デッドリーベアを満足させられるような獲物えさなど生息していない。精々魔物と化した狼が関の山だ。


 それにもし、仮にこの情報が正しかったとして。それはそれでかなり、否非常にまずい事態であり、見過ごす訳にはいかない問題である。一匹ですら危ういというのに、それが複数体となれば。ヴィブロ平原一帯の生態系を根本から軒並み崩壊させかねない。


 そして何よりも遅かれ早かれ、魔物モンスター以外の被害が────犠牲者が出てしまうかもしれない。


 ──人死が出ちまったら、寝覚が悪い。


 故に誤報であろうがなかろうが、確かめないという選択はロックスにとってあり得なかった。


「……さて。んじゃまあ、先に進むとしますかね」


 と、呟いてから。ロックスは隣を見やり。


「なあ、?」


 そしてその名で呼びかけるのだった。


「……」


 目的としては、場の空気を和ませたかった。この固く重苦しい雰囲気を、ロックスは払拭したいと思っていた。それ故、冗談半分揶揄半分に、敢えて彼はその呼び方を使ったのである。


 ……だが、それが齎した結果はご覧の有り様で。数秒程経っても返事一つとしてなくて。すぐさま、ロックスは己が軽率な行動を悔やむことになった。


「…………あー、すまんクラハ。怒ったなら謝る。ただ俺は俺なりにだな、ちょっとでも場の空気を軽くしたかったというか……お前の緊張を解したかったというか」


 居た堪れない気分に陥り、なんとも歯切れの悪い言葉を続けるロックス。そんな彼に、ようやっとクラハがその口を開かせた。


「結構です。こんな僕に気を遣う必要なんてありませんから」


「…………お、おう。そうか。……そうか」


「はい。では行きましょう、ロックスさん」


「……ああ。そうだな」


 そうして一歩を踏み出し、森林の中へ進み入るロックス。少し遅れて、クラハも彼の後を追うようにその場から歩き出す。


 クラハの歩みを背中越しに感じながら、ロックスは苦々しい心境の最中で弱気に吐露する。


 ──俺は空気の一つも変えられねえのか……。


 だが、よくよく考えてみれば。それは土台無理な話で、希うだけ無駄で徒労に終わる、儚い願いだった。


 何故ならば。それはたった一人の人間の手で拭えるような、そんな狭く浅い昏闇くらやみではなかったのだから。




















「……さっきは悪かったな、クラハ」


 唐突に。老若男女、様々な人間が大勢に行き交うオールティアの街道のど真ん中で。唐突に立ち止まったロックスはクラハにそう言う。……ただし、その背中を彼に向けたまま。


 何もクラハだけに非があるとは思わない。思わないが、それでも。他の誰でもないクラハが、他の誰でもないラグナに対して取ったあの言動は許せない。赦してはいけない。


 故にそれは、ロックスができる最大限の譲歩というやつで。そしてそれが果たしてクラハがどう捉え、どう思うのか────情けなくも、そこはかとない不安をロックスは抱く。まあだからといって、今さら彼の方に振り返ろうなどとは決して考えないが。


 脈絡なしの、突然の謝罪────事情を知らない他者からすればそう映る他ないロックスの行動を前に。


「……」


 ロックスと同じように、その場で立ち止まった。が、それからクラハは微塵も微動だにはしない。それを背中越しにひしひしと感じ取りながら、ロックスは言葉を続ける。


 微塵も微動だにしないクラハだったが、それでもロックスはめげることなく、言葉を続ける。


「そんじゃまあ、さっさと行くとしようぜ」


「……」


 依然クラハは無言のまま。それが一体何を意味するのか、力及ばずロックスにはわからない。わからなかったが、それでも彼はその場からまた歩き出した。


 そうして、また同じようにクラハも歩き出す。傍目からすればなんとも言えない、実に奇妙な一連のやり取り。だが日夜を問わず忙しないオールティアの街道において、そのような些末事はあっという間に周囲の喧騒に呑まれて消えてしまい、誰も彼もが気にも留めようとはしない。


 そして数秒と経たない内にそんなことは最初からなかったかのように扱われる────


「…………ロックスさん」


 長かった。それはあまりにも長い沈黙だった。その沈黙を経て、ようやっと。今ここで、遂にクラハが。ずっと閉ざしていたその口を、静かに開かせた。


「!……おう、何だクラハ?」


 実を言えば、ロックスとしては半ば諦めていた。今のクラハから返事を聞くことは至難で、そして困難であると認めていた。だがそれでも、やはり完全には諦め切れず、こうして悪足掻きを続けていた次第。


 その末に、ようやく手にし掴み取ったこの絶好の機会チャンス。それを水泡と帰させる訳には絶対にいかない。なんとしてでも、どうにかしてでも活かさなければならないだろう。


 故にロックスはあくまでも冷静に、平然とした態度での対応を心がける。


 ……だが、それも──────────






「あなたは人を刺したこと、ありますか」






 ──────────という、全く予想だにし得ない。斜め上などという範疇には決して収められないクラハの質問によって、容易く呆気なく崩されてしまうのであった。


「……は……?」


 お前は人を刺したことはあるのか────そんなことを突然訊ねられて、平気で答えられる人間など果たして、一体何人いるのだろうか。殆どの場合は面食らい、動揺し、きっと言葉を喉に詰まらせるに違いない。


 そしてロックスもまた、その殆どに含まれていた。


「い、いや……まあ仕事柄、刃傷沙汰の一つや二つあったが……」


 けれどそこは先達たるロックス=ガンヴィル。伊達に人生の経験を積んでおらず、多少の動揺こそあったものの、並大抵の者であれば言い淀んでしまうことを、彼は答えるのだった。


 そんなロックスの答えを聞いたクラハは、まるで今日の調子についてでも訊ねるかのような、そんな気楽さで淡々と平然に、再度彼に問いかける。


「人を殺したことは、ありますか」


 一瞬、ロックスは自分の耳を疑わずにはいられなかった。だがそれも当然だろう。それ程までに、クラハのその問いかけは非常識に過ぎていたのだから。


 しかし、それでもロックスの反応は迅速なものだった。


「クラハ、お前何があった。……本当にどうかしちまったってのか?」


 逼迫ひっぱくする危機感に突き動かされるようにして、ロックスは振り返ってクラハにそう言う。その声音は固く、少しばかり険しいものであったが、彼の精神状態を案じての言葉であるということは、確かだった。


 真剣な、だが微かに不安が滲む表情のロックスに。対するクラハは若干の沈黙を挟んでから、また静かに。別に大したことないかのように、彼に言う。


「僕は人を刺しました。刺して、殺しました」


 オールティアの喧騒が遠去かる。人々の声がくぐもって、まるで水中の中にでもいるような錯覚をロックスは抱く。


 特段今日は寒くはない。だというのに、氷柱つららでも突き刺されたかのような悪寒がロックスの背筋を駆け抜け、しかし直後に冷や汗が伝う。


 それらのことを吟味して────今、自分は戦慄しているのだと。唐突に殺傷の告白を、依然毛程も変わりはしないその無表情のままにしたクラハに対して、自分は慄いていることをロックスは自覚する。


 何も言えないでいるロックスに、それをさして気にする様子もなく、クラハが続ける。


「燃え盛る炎のように鮮やかで綺麗な、赤髪の女の子でした。咲き誇る一輪の花のように可憐な、一人の女の子でした」


 先程の沈黙がまるで嘘のようだった。頑なに噤んでいたその口から、まるで何かに憑かれたかのようにクラハは言葉を垂れ流す。


「その女の子は僕に挨拶してくれるんです。僕に笑顔を向けてくれて、僕に寄り添ってくれて。髪と同じ赤色の瞳に、僕のことを映してくれて」


 その言葉だけを聞いたならば、聞くこちら側がむず痒くなるような、或いは苛立ちを覚えてしまうような。そんなただの馬鹿らしい惚気話。


 しかし、それを言うクラハの顔は何処までも無表情で。その目は何処までも昏くて。とてもではないが、彼が浮かれて惚気て話しているようには全く見えない。


 話の内容とその様子の剥離が齎す不気味さは尋常ではなく、それをこうして目の前にして、それでロックスのように慄くなと言うのが土台無理な話だろう。


 呆然とし固まるロックスを他所に、クラハは淡々と続ける。


「楽しそうに、親しげに接してくれる女の子」


 依然として淡々と。











「その子を僕は殺しました」











 淡々と、そう言った。


「ナイフで。気がつくといつも手に持っているそのナイフで。その刃の鋭い切先を、胸元に突き刺して、突き立てて、突き沈めて。すると女の子はその小さな口から髪と同じくらいに真っ赤な血を吐いて。口の端に伝わせて。そうして、ゆっくりと眠るように死んでいくんです」


 ロックスが言葉を失い絶句していることに気づいていないように、クラハは言葉を続ける。無表情のままに、彼はその口から狂気を垂れ流す。


「刃が埋まった胸元から流れるその血は温かくて。でもその華奢で小さな身体はだんだん冷たくなっていって。温かいのと冷たいのが、僕の手に、僕の腕に感じて。感じて、それを感じながら……僕はいつも、何度も、毎回、幾度。繰り返し、繰り返し、繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して、ずっと繰り返し続けて、殺し続けて」


 クラハの狂気は止まらない。止め処なく溢れ出し、際限なく吐き出されていっていく。


「最初は抵抗がありました。あったんです。身体に躊躇いはなくとも、頭の中ではこんなことをしてはいけない。してはならないと、最初はそう思ってました。……ですが、ふと気づきました。ある時から、それが段々と、次第に薄れていっていることに、僕は気づいたんです」


 そうして、クラハの狂気は過激化エスカレートする。


「殺意が僕の頭の中で広がって、染み込んでいって。殺意が僕の手をどんどん軽くしていって。あの燃え盛る炎みたいに鮮やかで真っ赤な血が、見たくなって。見たくて、どうしようもなくなって。そして気がついた時には、濡れているんです。ナイフの刃も、僕の手も。あの燃え盛る炎みたいな髪と、同じくらい真っ赤で鮮やかな血で」


 とてもではないが、素面などでは決して語れない内容を。しかしクラハは無表情を一切崩すことなく、平然とした態度で淡々と宣い続ける。それがより一層、さらに彼の身の毛がよだつ狂気を際立たせる。


 そして誰の目から見ても、もはや明白だろう。


「声が囁くんです。囁いてくるんです。殺せ、殺せって。女の子を殺してしまえって。それが頭の中で聞こえて響いて、寝ても覚めてもいつも何度も幾度も、何回何十回何百回……そうして、気がついた時には、もう、また」


 過激化するクラハの狂気はそのまま加速し、暴走し、その末に弾けて爆ぜるだろうことは。


 無論、そんな誰にだってわかること、ロックスがわからないはずもない。


「クラハ」


 故にだからこそ、手の施しようがない程に、手遅れになってしまうその前に。ロックスはクラハの言葉を無理矢理遮るように、口を開いた。


 その声音によってか、はたまた呼びかけられたからか。まるで壊れた蛇口のように狂った言葉を吐き出し続けていたクラハが、ようやっとそこで止まった────かに、思えた。


 真剣に、真摯にこちらに向き合うロックスを。数秒黙って見つめていたクラハが、不意に再び口を開いた。


「ロックスさん。僕はあと何回見ればいいんです?あと何十回刺せばいいんです?あと何百回殺せばいいんです?あと何回、何十回、何百回……僕は、あの子を……僕は、僕は」


 ……その問いかけに答えられる者など、皆無だろう。答えられたとして、それが合っているのか、正しいのか。答えた当人ですら、それはわからないだろう。わからないはずだ。


 故に、その時ロックスがクラハに答えたのは────


「行くぞ」


 ────という、その一言だけだった。


「…………」


 気がつけば、クラハとロックスの二人の周囲には不自然な空間ができており。街道を往来する無数の人々が、彼らを避けていることは明白で。


 そして二人から距離を取るその者たち皆が、奇異な視線な視線をこぞってこちらに、無遠慮にも向けていることも。


 クラハの狂言は先程のロックスの謝罪とは訳が違う。オールティアの街道の喧騒を以てしても、それを丸ごと呑み込んで掻き消すことはできず。またクラハが放つ、その常軌を逸した雰囲気も相まって、否応にも散在していた人々の意識を集めさせた。


 故に、別にロックスはもういい加減付き合っていられないと、そうして突き放すかのようにそう言った訳ではなく。むしろその逆、クラハを慮っての一言だということは、わざわざ考えずともわかる。


「……そうですね」


 だからこそ、クラハは素直に彼の言葉を聞き入れた。……もっとも、その顔に浮かべている無表情には微塵も変化がなく。瞳に宿る危うげな昏闇は晴れも薄れもせず、そのままであったが。


















 ──……あの時、俺はどんな言葉をかけてやればよかったんだ。


 と、静謐の雰囲気で満ちているこの森林の中を歩き進みながら。誰に対して言うでもなく、心の中で独りごちるロックス。その後ろを黙って付いて歩いているクラハには見えない彼の顔は、重々しく険しい。


 それもそうだ。無理もない。当然だろう。何せあんなこと────あんなクラハの、あんな言葉を聞いてしまえば。誰だってこうもなる。ロックスであっても、そしてメルネだったとしても。


 恐らく、これは正解のない問題。正しい選択肢など、初めから用意されていない、理不尽極まる難題。それと相対するロックスは、それでも考えていた。


 ──…………。


 が、やはりというべきか答えなど浮かぶはずもなく。やがて諦めるようにロックスは心の中で、草臥くたびれながら呟く。


 ……それに、あの時クラハが言っていた、燃え盛る炎のような赤髪の女の子。


 意外……という訳でもないのだが、クラハには異性の知り合いがあまりいない。というより、そういう浮いた話をロックスはクラハからはもちろんのこと、メルネや他の者たちからも聞いたことがない。


 それこそ最近、世界最強と謳われ畏怖される『炎鬼神』から一転。花も恥じらう、将来が大変有望な美少女と化したラグナくらいである。とはいえ、その内にラグナを数えることはできないが。


 そのラグナと、クラハが言う赤髪の少女────否が応でも、重なる。頭の中で重ねてしまう。


 ──……だから、だったのか……?


 重ねて、ロックスは腑に落ちた。


 クラハがラグナに対して取った考えられないようなあの言動。信じられないようなあの態度。ひとえにそれは、ただラグナを


 途轍とてつもなく遠回しで、とんでもなく回りくどく。周囲からは誤解しかされない不器用なやり方ではあったが。




『僕は人を刺しました。刺して、殺しました』


『僕はいつも、何度も、毎回、幾度。繰り返し、繰り返し、繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して、ずっと繰り返し続けて、殺し続けて』


『殺せ、殺せって。女の子を殺してしまえって』


『僕は、あの子を……僕は、僕は』




 恐らくきっと、その狂気から守ろうとして。守りたくて、だから────そう、ロックスは思いたかった。


 しかし、いくら考えたとしてもそれはロックスの憶測にしかならない。そうであってほしいという、自分の願望でしかない。本人に直接確かめるのが一番手っ取り早く間違いないのだろうが、生憎そうするだけの度胸を。ロックスは情けなくも、今持つことができないでいた。


 ──……ジョニィの兄貴なら、どんな言葉をかけてやったんだろうな……。


 そうして現実から目を背けるように、思考が逸れるのも自然の流れで。


「ぐッ……こいつ、は……!」


 だがその時、不意にロックスの思考が無理矢理に断ち切られた。唐突に鼻腔を通り抜けた、腐った血と臓物の悍ましい臭気によって。


「おいクラハ。警戒、怠るなよ」


 長年培ってきた冒険者ランカーの勘が警鐘を鳴らす。大抵、こういった場合には。この後すぐにでも、それはもうろくでもないことが待っている。


 気を引き締め、ロックスは先を進む。進む度、漂ってくるその臭気は強まっていく。それと同時に、彼の胸の内で悪い予感が膨らんでいく。


 そうしてある程度奥まで進んで────それが見事的中してしまったことを、ロックスは痛感させられた。


「……おいおい」


 目の前では惨状が広がっていた。ただの惨状ではない、最悪の惨状が。


 数は四。そのいずれも実に残酷で惨たらしい有り様で。ただの一般人が見たのなら、間違いなくその場で胃の内容物を戻してしまっていたことだろう。多少なりとも経験を積んでいるロックスですら、堪ったものではないのだから。


 だがしかし、。もしこれがであったのなら、目も当てられない大惨事となっていたのだから。


 それは魔物モンスターの死骸。肩から切り裂かれ、その断面から内臓が溢れ出しているもの。首から上がなくなっているもの。手足を乱雑に千切り取られているもの。原型を留めない程に破壊されたもの。計四つの、死骸である。


 けれど、だからといって安易に胸を撫で下ろすことはできない。何故ならば、これはこれでには違いないからだ。


 もしこの死骸たちがただの取るに足りない魔物だったのならまだ良かった。が、この惨殺された死骸全てが────だった。


 真偽が定かではなかった情報が、これで正しいと証明された訳である。……そしてこちらが把握しているよりも、この事態は深刻化しているということも。


 冒険者として、伊達に経験を積んでいないロックスが、毅然とした声でクラハに言う。


「クラハ。一旦ここは退く。あのデッドリーベアがこうもあっさり殺られちまってる……正直言って二人じゃちと荷が重い。最低限Aランクを四、五人集めてまた……クラハ?おい、聞いてんのか」


 だが、クラハはというとロックスのことを見ておらず。デッドリーベアの死骸を超えた先、森の奥の方へ視線を向けていて。その様子を見せられ、ロックスは薄ら寒い予感を覚える。


 ──こいつ、まさか……。


 ロックスがそう思ったのも、束の間のことだった。




 ダッ──不意に、クラハが地面を蹴りつけ。その場から駆け出した。




「クラハッ!!」


 ロックスの制止も聞かず、疾風はやてのように駆けながら、さらに奥へ独り先行するクラハ。その背中を慌てて追いかけようとロックスもまたその場から駆け出すが、数秒遅れて彼は気づかされる。


 ──追いつけん……!


 出遅れた、というのもあった。しかしそれを差し引いてでも、クラハの足力はロックスの想定を超えており。今さらながら、クラハが齢二十歳という若さで最高の《S》ランクにまで昇り詰めた冒険者ランカーであることを、ロックスは思い知らされる。


 そうして、ロックスは────


「……クソが!」


 ────クラハの背中を、見失った。

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