私の故郷には水の湧く泉があった。
そこからもたらされる潤いは大地を豊かにし、郷土を緑で満たしていた。
泉には竜が住み着いていた。
私達は先祖代々その竜を泉を守る守護者として敬い、恵をもたらす神として慕っていた。竜と共に、水の流れるような穏やかな時間を過ごしていたのだ。
ところがある日、世界の中心にある聖なる火が消えた。
暗黒の時代が訪れたのだ。
昼は暗闇に覆われ、夜は昼の残り火がぼんやりと照らす薄暗い世になった。
日常は崩れ去った。
聖なる火の管理者たる灰の民が、世界に光を取り戻すために大陸中を蹂躙したのだ。
水は火を打ち消す。水の神として祭られていた竜は不浄な存在として殺されてしまった。
火の管理者が通り過ぎた地には、灰色の世界が広がっていた。
彼らがどれだけ聖戦を行っても、世界に火は戻らなかった。当然だ、灰は燃えないのだから。
大地を枯らすだけなのだと、火の管理者がそれに気が付くのはいつになるのだろうか。
「どこへ行く?」
私が街道を歩いていると、どこからか声をかけられた。
辺りに光はなく、周囲に視線を向けてもなにもみつけられない。
昼は真っ暗なまま、夜の闇を照らす残り火もわずかな今の世で、自分以外の存在に話しかけられるとは思わなかった。
「……ランタンの灯りなんて見たのはいつ以来だ。よくもまあ、そんなに集めたものだ」
今やこの世界で大地を照らすのは人の魂だけ。
恨み、妬み、嫉み、僻み。
この世に未練を残して亡くなった悲しき霊魂を捕えて、私はランタンに詰めた。
話しかけてきたのは老婆だった。彼女は私の放つ光に吸い寄せられるように、音もなく現れた。彼女の腰にはランタンが下げられていたが、灯りはなかった。
「郷里の者と旅をしているのです」
「……そうかい。邪魔をして悪かったよ」
老婆はそう言って私の元を離れると、暗闇の中に消えていく。
光を失った者に待つのは種火となる未来だけ。
私はランタンの灯りを補充するためにその場に留まるべきかと思ったが、老婆には燃え上がるだけの激情が残されていないと判断して先を急いだ。
私は火を探している。
水の溢れる豊かな故郷を取り戻すために、大地に聖なる火をおろす旅をする。
命で道を照らしながら。
この世界に、再び光を取り戻すために──。