こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い調術師です。
大冒険を終えてジャスくんと新作パンを食べていると、気まずいタイミングでジーン先生が帰宅していたことに気がつきました。
「うん」
ジーン先生は何事もなかったかのように私たちの頭のてっぺんからつま先までを観察しました。
「意識晴明、外傷なしだな」
独特の話法でとても心配していたと告げられます。普通に心配したって言えないのかしら。
「普通に心配したって言えないんですか?」
言葉にしました。私はパンに誓って言いたいことははっきりと言う主義です。
「心配した。向かった探索地でヌシが出たと聞いて、生きた心地がしなかった」
ジーン先生は指摘すると素直に話してくれます。噛み締めるように長く大きくため息をついたジーン先生でした。
「良かった……」
と、ジャスくんも巻き込みハグをされます。感極まったようです。この人は人間が下手で人との距離感がおかしいのでさして私は驚きませんでしたが──
ジャスくんは固まっていました。そして抜け出してわざと煽るような顔で笑ってみせます。
「えと、お師匠スキンシップ過多? セクハラ?」
「執行猶予はつくか?」
「訴えんて」
ハッと気がついた様子でジーン先生が手を離します。すぐ思考が飛躍する困った人です。
「前から疑惑ってたけどお師匠ってロリ好き?」
そして記憶を消したのか、まるで自分は巻き込まれなかったかのように、口を尖らせて警戒するような目をジーン先生に向けます。
ジャスくんもぎゅっとされた時点でどう考えてもそんな下心はないでしょう。あったらショタコン。
「歳上好きだ」
「正直か? いらんこと知った」
「え、ジーン先生にそんな人間らしい感情が?」
流れで余計な情報を得てしまいましたが、とりあえず、パンとコーヒーを用意するとジーン先生も落ち着いてくれたようです。
***
「それにしても、二人だけでヌシを倒すなんて……」
ナナバブレッドを頬張り一息をついたところで、ジーン先生がそう切り出しました。
ひょっとして無茶を怒られタイムかも、と身構えていると──
「お前たちすごいな」
「まさかの称賛ですか」
「素直すぎん?」
率直に褒められました。
素晴らしい出来のパンを無理やり口に入れて食べさせた時のような、感心したような目を向けられます。
「責める理由ひとつない。探索地の選択は本来なら実力に対して適切だった。状況を聞くに助けを呼ぶにも手がなかったわけだ」
理解がお早い。変わり者ですがこういうところは非常に助かる良い先生です。
「生命の水を素早く使用したのも正しい判断だ。遅れると効果がないからな」
パンを切り分けるように淡々と話される中で気がつきます。生命の水は数分以内で時間を巻き戻し傷を治す魔道具。
「もしかしなくても実例ですか……」
ジーン先生の義足の方を見ます。どっちだっけ。何度見ても精巧な作りすぎます。
「何々? 何の話?」
「地下迷宮の帝王に噛みつかれて片足を失った」
「はあ!?」
話に入ってきたジャスくんに結構なことを淡々と告げます。やっぱりこの人ちょっと全然デリカシーがない。
「ちょいそれ、もしかしなくても迷宮境界崩壊災害の時の被害者?」
「迷宮境界崩壊災害?」
この間も耳にしたその言葉に首を傾げていると、ジーン先生が解説してくださいました。
まとめるとこうです。
二年前、危険探索地である地下迷宮ナヤタに生息する魔物が何故か近隣の草原に現れるという事件が起こりました。
そしてある日、城壁を越えて市街地に巨大なヌシの魔物が侵入しました。それが地下迷宮の帝王。
多くの被害を出すかと思われたその事件でしたが、幸いにも王宮冒険者ギルド設立直後であったブライグランド王国では、勇敢な冒険者たちが即座に立ち向かい、怪我人は数人程度であったと。うち重症が一人。イエスこの人。何してるんですか非冒険者。
原因は現在も調査中。地下迷宮の帝王は地下迷宮に潜り現在も逃走中。
それなりの対策はしつつも一般市民は平穏な日常を送るのみです。
「あの時逃さなければ……」
ジーン先生のなんとなく暗いお顔のお口の中にナナバブレッドを追加で突っ込みます。何はともあれまずは腹ごしらえですからね。