こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い調術師です。
無事に、本当になんとか無事に、探索地から帰宅しました。
「ジーン先生! ただいま帰りました! 聞いてくださいよもう!」
可愛く元気よく帰りの挨拶をしますが、何やらジーン先生はご不在です。
珍しく机の上に資料と素材が散乱しており、慌てて作業を中断したらしい痕跡が残っています。よくよく見ると、『守りの草原へ行く 入れ違えば待機するように』と書き置きがありました。
「どする? 待機する?」
「そうですね……」
黄昏にしんと静まり返る部屋がなんとなく恐ろしく、採取した素材を整理していると、ジャスくんが手伝ってくれました。結構良い人。
「いやぁ、にしてもパンってマジすげえな? マジヤバくね?」
「まあ頂き物の生命の水のおかげですがね。……次は自ら生命のパンを作ってみたいですね!」
そのうえ出来るだけ途絶えないように会話をして気を紛らわせるようにしてくれています。良い人かも。
「俺、故郷では結構良いとこのボンボンだったんよ。ぶっちゃけ領主の息子」
そうして話題が尽きたのかそうでもないのか、ぽつりと身の上を語りだしました。
「へえ……」
本当はかなり興味を惹かれて聞いているのですが、魔道具を作りながら話半分な相槌をしてあげるとぞくぞくとしたご様子で喜ぶので、そうしてあげます。
「魔力たっぷり持った血筋だったんだけど、親父がそれを鼻にかけた差別主義者的な」
「はあ」
さほど聞いていないフリをして、採取した目当ての花実竜の鱗を調術鍋に入れます。
「ほら、魔力ってわりと遺伝すんじゃん? 魔力の少ない血筋の平民は無駄に増えるべきじゃないって、結婚を制限したり、重税を取り立てて困窮させたり」
「え、酷い!」
つい真面目に返事をしてしまいます。いや別に良いんでしょうけど。なんとなく気まずくて、調術鍋に妖精の花粉、蜜砂糖を加えてかき混ぜます。
「家が大嫌いになったら、ついでに魔法も大嫌いになった的な」
「それは……」
もう一つ空の調術鍋を用意し、眠りの種、癒しの香木、解呪草を加えてかき混ぜます。暫く寝かせると、安眠の香りという香水の魔道具が出来上がります。
「家が家だから周りにも嫌われて、毎日つまんねえなって思ってた時、剣を教えてくれたのが騎士団長でさ」
先ほどの鍋に安眠の香りを加え、ぐるぐるとかき混ぜます。
「身分隠して、騎士団混ざって魔物討伐の遠征行ってさ、楽しかったな。そのうち魔法なし縛りでも戦えるって分かって」
そこからさらに青ポーションを加えて、数分寝かせます。
「で、親と喧嘩してずっと魔法なしで戦ってたら、本当は魔力を奪われた罪人の血筋の子なんじゃねえかって、謎の疑惑かけられてさ、ついに追放されちった」
「酷い話……」
そうして杖を取り出し──この杖が魔力なしで調合の出来る優れものなのです──呪文を唱えると、魔物罠の香水が出来上がりました。
「ははっ。ね、追放ってさ……もう……なんていうかさ」
「はい……」
完成して、瓶に注ぎ、手が止まります。
弱々しく両手で顔を覆い震えるジャスくんに息を呑みます。
「もう……堪らんよな!」
次の瞬間、くわっと顔を上げたジャスくんの瞳孔がかっ開きます。真面目に聞いて損したと思わせてくれる、恍惚の表情でした。
「そうでしたドMでした」
「それはそれとして見返したいからこの国で魔法なしで最強になりたかった的な。それで魔道具の存在を知って目をつけて」
「それはそれとして」
つい復唱します。よく分からないような分かるような感性です。
ところで、そこまで聞いてピンと来ると、ジャスくんが先回りしました。
「ごめーん。その野望のためエマっちに近づいた。エマっちのこと色仕掛けで落として利用できんかなって思ってた」
「ジャスくんて一回崩れるとかなり素直な人ですね」
軽い口調ですが、膝をつかれ、べこんと地面に頭を擦り付けるように謝られました。掴みどころがないと思ってましたが、結構分かりやすい人なのかもしれません。その件はまあ許しましょう。
「好みのタイプじゃなかったからまるで問題ありませんでしたよ。真面目で優しく少し陰気な人が好みなので」
「ド直球グッド! 分かりやすく正反対堪んねえ!」
フラれて胸を押さえて喜ぶ姿はやはり理解の範疇を大きく逸脱しますが。
「そうですかね? 今の話を聞くに結構根は当てはまっ……根は陰気では?」
「堪んねえ……」
ようやく本当にお友達になった気がします。
「普通に依頼してくれれば普通に協力しますよ。ご利用ありがとうございます。どうぞご贔屓に。お友達価格でおまけもしますよ」
魔導具の力で人を助けてこその調術師。助けたいと思わせてくれる人がそばに居るのは良いモチベーションとなりますしね。
「エマっち……!」
伏せた頭をポンと叩くと、ジャスくんは顔を上げ珍しく目を細めて素朴に笑ってみせました。
あらそうすると結構食パンが似合いそうな好青年で可愛いじゃないですか。
さて、出来上がった香水をさっそく紅玉魔石デニッシュに振りかけます。
「爆裂! 炸裂! 紅玉魔石デニッシュ改!」
「おお!」
無事に目標を達成しました。実験が楽しみです。
「そしてここからがお楽しみ。先ほど考案したばかりの、花実竜の素材から作るパン、ナナバブレッドです」
「おおー!」
花実竜の背に生えていたナナバの実を使用したレシピです。ご紹介しましょう。
ナナバの実をボウルに入れ、泡立て器で軽く潰し、黄金卵を割り入れ、白糖を混ぜ合わせます。
さらにケンタウロミルク、合成油を混ぜて、エン麦粉と膨らみの素をふるい入れます。
混ぜた生地を型に流し込み、しっかりと予熱したオーブンに入れて、半刻ほどこんがりと焼けば出来上がり。
「完成です。しっとり自然な甘み、ナナバブレッド」
焼き立てを手渡すと、ジャスくんが唖然とし、そして叫びました。
「普通にオーブンでパン作っとるーー!!」
「は? 何をそんなに驚くんです? パンをオーブンで作るのは普通のことでしょう?」
「理不尽堪らん!!」
甘くて美味しいパンを食べると、ようやくいつもの空気が戻ってきました。
と、そこで、ふと人の気配を感じて玄関の扉を開けると、そこにジーン先生が居ました。
「……いつからそこに居たんですか?」
「故郷ではのあたりから」
「一部始終じゃん?」
非常に気まずそうなお顔はしていらっしゃいます。
「二人で話してるところに三人目として入っていくタイミングが掴めなかった」
「安定して陰キャがすぎます」
いつも通りのブレストフォード西調術所です。