こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い調術師です。
爆裂パンこと紅玉魔石デニッシュの威力を試すべく、師匠であるジーン先生とともに『迷いの森』へとやって来ました。
実験台にさせていただくのは討伐依頼の出ているウツボモリオオカミ。背に蔓状の植物を背負った魔物です。
「行きますよ! せいっ!」
襲いかかって来たウツボモリオカミに紅玉魔石デニッシュを投げつけます。
「…………」
グルル?
美しい放物線を描いたパンが地面に落ちます。華麗なる無視でした。
「そんな……! パンを食べないなんて……!」
「野生のカンだな」
ウツボモリオカミはパンには目もくれずに、鋭い目つきで私たちをじっと眺めています。
「パンを食べないなんて、生物として間違ってませんか!?」
「お前は
強敵を前にして膝をつき嘆きます。なお、アントイーターはアント属のみを食べる魔物です。砂漠などに生息。
「味付けを探求せねばなりませんね」
「お前がやりたいようにやれば良いと思う」
なんて言っていたら、ウツボモリオオカミの咆哮で伸びた蔓に足を取られます。
「きゃっ……!」
ぐるぐると体に蔓が巻かれ、引っ張られて宙に浮きます。眼前にウツボモリオオカミの背の捕食袋が。
「エミリア!」
即座にジーン先生の剣が蔓を切ります。そして私をキャッチし剣を構え直します。
「
風魔法を纏った剣でウツボモリオオカミを斬りつけ、見事に討伐。
「ジーン先生、そういえばお強いんでしたね……」
「自衛くらいは可能だ」
剣を鞘に収める姿はなかなか洒落たクロワッサンの如く様になっていて、普段のジーン先生とは違う趣があります。
「俺にとっては一人で魔物を倒すことよりも、よく知らない人間と力を合わせることの方が困難だ」
「人見知り高性能ぼっち?」
ちょっぴり格好良いと思った途端、即座に残念に戻ります。
「そういえば護衛付けてませんよね今日?」
「……怒られ慣れてる」
「慣れないでください」
新作魔道具の実験も失敗に終わったことですし、大人しく木の実などの素材のみを集めて早く帰りましょう。あ、あんな所にダイ麦が。
「アマリさんがうちの常勤職員になってくれない理由、それなんじゃないですか?」
「そんな単純な話じゃないだろ。あいつにはあいつで、貴族として、王宮職員としての立場がある。ただ……」
採取を行っていると、再びウツボモリオオカミの群れが。今度は素直に紅玉魔石を投げると、炎が燃え盛り大きくダメージを与えました。パンを焼きたくなる良い燃えっぷり。
「一回大怪我してから物凄く怒ってる」
四匹中三匹が横たわり、残った一匹のウツボモリオオカミが噛みつきの構えをとります。
ジーン先生、蹴りで自らの右足を囮にして噛み付かせ、そこに斬り込みとどめの疾風斬り。
「罪を重ねないでください」
「義足だし良いだろ」
剣から鎌鼬が放たれ、最後のウツボモリオオカミがそこにどさりと倒れました。
「義足なの!? 初耳なんですけど!?」
よくよく見ると、いや、よくよく見ても、繋ぎ目ひとつ分からない普通に生体の足にしか見えません。
「天才的な出来だろ? 調術で作られた義足だ。魔力で神経ごと繋いでいて、血も通っているし生体となんら変わりのない機能と感覚がある」
「じゃあ痛いのでは」
「痛いが」
この人は結構底知れぬ馬鹿なのかもしれません。エン麦を荒らす虫にさえもう少し生存本能というものがあります。
「じゃあダメでしょうが! 何涼しい顔してるんですか!」
「これぐらいの咬傷、赤ポーションを使えば治る」
「自分の扱い雑すぎません!?」
ともあれ討伐完了です。狼の牙などの素材ゲット。
本題をうっかり忘れ、ジーン先生のその独特の感覚にだいぶ引くお出かけとなりました。
「神が与えたもうた我が身をもう少し大切にしましょうよ」
「自分の体を好きに使うくらい良いだろ」
やはり天才というのは色々とおかしな人しか居ないのでしょうか。
まあ、それはさておき。まずは絶対に魔物が食べてくれる美味しい爆裂パン、紅玉魔石デニッシュ改を目指しましょう。