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第2話 レッツメイクホカホカゴハン

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。夢いっぱいの十四歳。見習い調術師です。今日も今日とて、朝早くから張り切って魔道具を作りまくりです。


「いつまで続くんだこのパン祭りは?」

「年中無休フェスティバルです」

 祭典は長ければ長いほど良いと考えます。そう答えれば、ジーン先生は苦い顔になります。

「そろそろパン以外のものを食いたい」

「朝はパン、昼もパン、夜もパンパパンです」

「リズミカルに言うな」

「嫌なら先生は無理して食べなくて良いんですよ」

「これが一人で消費しきれる量か?」

 ジーン先生が食べているのはマッスルベーグル。攻撃力と防御力をアップさせる効果があります。食べると突然ムキムキになるので、びっくりします。

「なるほど、はい、そうですね。パン以外、ですか……」

 簡単に小娘を捻り潰せそうな筋肉量への畏怖に免じてではありませんが、少し考えてみることにします。


 さて、素材採取に出かけて行ったジーン先生を見送り、参考書を読み漁ってみますが、これがなかなかサッパリ。こういう時は素直に──

「人に聞きましょう、賢い人に」

 そんなわけで、やって参りました、王宮冒険者ギルド。突撃王宮のお昼ご飯どき。ここにジーン先生の元相棒の調術師である頼れる超絶イケメ……いえお兄さんがいらっしゃるのです。

「どうか皆様の知恵をお貸しください」

「なるほどでヤンスね」

「パンは皆様でお召し上がりください」

 フェアリー粉蒸しパンを手土産に訪ねると、出迎えてくださったのは、ブライグランド王国第一王子のライアン様。冒険好きが高じて冒険者ギルドを設立なさった、親しみやすさナンバーワンの庶民派王子様です。仕事に趣味を持ち込むなんて、自由なお方ですよね。あ、この人は目当ての人ではありません。

 今更ですが、冒険者とは、主に魔物の討伐や素材採取を中心に人々からの依頼をこなす職業を指します。世界中を旅して素材を集めたり、凶悪な巨大ドラゴンを倒したり、前人未到の地下迷宮の謎を解き明かしたりと、浪漫の溢れるお仕事をしていらっしゃいます。

 ブライグランド王国、子供のなりたい職業ランキング、五年連続堂々第一位。

「かくかくしかじかというわけでして、ええと……」

「なるほどつまり、ついにエミリア氏とジーン氏も冒険者になると決めたということでヤンスね!」

「違います」

 違います。ライアン様は隙あらば冒険者に勧誘してきます。

「そう言わず。昔アマリ氏とジーン氏と小生とで組んだ時の臨時お試しパーティはそれはもう愉快痛快で楽しかったでヤンスよ」

 アマリ氏。目当ての人物の名前が出てきたので思わず目を見開きます。

「そのアマリさんにお会い出来ればと」

 王宮冒険者ギルド冒険者周辺環境管理部魔道具管理係アマリ・サンチェス氏。冒険者ギルド職員、すなわち冒険者の監督や依頼の仲介を行う役人です。アマリさんこそ本日の目当ての人物その人です。

 元天才調術師。いかんせん魔道具に詳しい人など希少なものですから、もはや魔道具なんでも相談係と化している可哀想で可愛いアマリさん。ジーン先生の元相棒の安心と信頼の眼鏡イケメンです。

「専門家にご助言をいただきたくて。ついでにうちの調術所に引き抜けないかという下心もありまして」

「ちょ、わあ、淡々と」

 あ、しまった本音が。

 これでは逆勧誘を警戒し接触を妨害されても文句は言えません。と、思い至ったところで──

「引き抜かれないよ」

 救いの声が。

 アマリさん、ご本人がご登場です。

「こ、こんにちは、アマリさん!」

「こんにちは、エマ。今日も元気だね」

 ゆらりと手を振られます。

 穏やかで人懐っこい笑顔が素敵です。少し皺のついた襟付きのシャツに王宮魔道士のローブを羽織るお姿が素敵です。少し跳ねた琥珀色の髪にぴったりの蒼玉の瞳が素敵です。照れ笑いとちょっぴりの困惑を誤魔化すように眼鏡を直す仕草が素敵です。

 なんと素敵なお兄さんだと思いませんか。

 まあ女性なんですが。

 温和で聡明な白王子は乙女の浪漫なのです。

 そんなわけで、何を隠しましょう、アマリさんは私の憧れの調術師、憧れの魔女。

 そう、──推しなのです。


***


 アマリさんは、受付ではなんだからと応接室に通してくれて、お茶まで淹れてくださいました。素敵すぎる。

「さて、なんの御用かな?」

「うちで働きましょうよ」

「さっき断った」

 本題をいったん脇に置いてアタックします。当たれる時に当たって砕けるです。

「そう言わず。ジーン先生も内心大喜びしますから」

「ジーンくんが居るから行きたくない……」

 突然アマリさんの目が死にました。おすすめポイントのつもりがマイナスポイントとなってしまったようです。好感度低いなあの人。

「あ、ごめんごめん。彼とはちょっと一悶着あってね」

 何があったかは敢えて聞きません。師匠のあの性格ですから、何かデリカシーに欠けることでもしたのだろうとは容易に想像出来ますが。

 咳払いをしてにこりと笑えば、いつものアマリさんに戻ります。儚げな少年のような透き通るような固い雰囲気を纏いながら、意外に人当たりが良く天然で人懐っこい笑顔。それでいて時折集中して周りが見えなくなってしまうのだからもう、おっとり眼鏡イケメン浪漫の塊です。


 まあ中性的な服装を好むだけで女性なんですが。


「でも、そうだな。たまにの日雇いなら良いよ。冒険者みたいにね」

 洒落た提案をされます。素敵。袖から伸びる細い手首も魅惑的です。素敵。

「依頼の詳細をどうぞ、可愛いお客様」

 素敵。初めこそ男性と勘違いしていたため衝撃を受けましたが、今ではそれがまた良いという境地に至りました。

「はい! 何かと口実をつけて会いに来ました!」

「真面目にね、可愛い見習いさん」

 握手のために伸ばされた手でぐりぐりと頭を撫でられます。子供扱いされて甘やかされている。このために来たと言っても過言ではありません。


 さてさて、アマリさんを連れ、ブレストフォード西調術所に戻ります。

「かくかくしかじかもっちり食パンです」

「各々がどこまでも自由だね、君たち」

 バキャ

 道中、先払いの報酬として渡したオリハルコンパンに齧り付き、即座に試食を断念したアマリさんは、ふむと口元に手を当てました。その仕草も様になります。か細い指の一本一本がお美しい。

「それじゃあ、エン麦とワイトライスに共通して含まれているエレメントを挙げてみよう」

 あ、調術所に辿り着きましたので、そろそろ真面目にやります。

「ええと、固きエレメント、水のエレメント、空のエレメント、塞ぐエレメント、炎のエレメント……」

 エレメントとは、物質を構成する最小の単位です。素材に含まれる様々なエレメントを取り出し、組み合わせ、新たに調和をとり魔道具を生み出す。それが調術です。

「うんうん。良いね。それぞれのエレメントをイメージして。それから?」

 アマリさんがワイトライスを調術鍋に入れました。

 ワイトライスの奥にあるエレメントたちは、他のどのような新しいエレメントとの結びつきを求めているでしょうか。どんな魔道具に生まれ変わりたがっているでしょうか。材料の声に耳を傾けてこそ、一流の調術師です。

「それから、塞ぐエレメント、炎のエレメント」

「大正解。よく勉強しているね。それじゃあ、完成した魔道具にはどんな効果を持たせたい?」

「そうですね、魔法効果アップの力を持たせたいです」

「なるほど。ワイトライスを使うとどんな効果が期待できるかな」

「水属性の魔法の効果アップが期待できます」

「うん、良いね。あとはイメージの問題だ。完成品を想像して」

 黄金卵を追加します。状態異常からの回復効果が期待できます。体力回復効果のあるミルクケンタウロミルクも追加。

「それじゃあ、調合だね」

「はい!」

 ぐるりぐるりと調術鍋をかき混ぜます。

「キルンイ デケイ ラシン ジャン ヤスパハ スンウッソ ダイカ!」

 さあ、どんな魔道具との出会いが待っているのでしょうか。

「水魔法攻撃威力アップ! ご飯派のあなたも今日からパン派に! ワイトライス粉パン!」


 ……あれ?


 ほぼほぼ上手くいっていたのですが、唯一、完成魔道具のイメージが暴走していたようです。

「……なんかごめんね?」

 謝られました。

 アマリさんは何も悪くありません。いや本当に。パンという食物が魅力的すぎるのが悪い。

「やっぱりうちで働きましょうよ。今度は私の相棒になりましょう?」

「この結果に対する感想それ?」

「どうして調術師辞めちゃったんですか?」

「大人は色々あるんだよ」

 出来上がったライス粉抹茶アンパンを頬張ります。ふわりと香る上品な抹茶の味に、舌触りの良い餡子がよく合います。そしてパン生地の不思議な素朴さがそれをとてもよく引き立てています。

「ぜひ弊社の常勤職員に! 給金アップ! 有給爆増! アットホームな職場! レッツ転職!」

「誘い文句が怪しすぎるよ……」

 最後の一口をごくりと飲み込んだその時、うーんと考え込んでいたアマリさんの様子がふっと変わります。

「そうだな……。じゃあ、報酬に、賢者の石をくれたら良いよ」

「え」

 油断をしていたところに、とんでもない提案がなされました。

「賢者の……石……?」

 それは、調術鍋に入れたすべての素材を望む物に変えられるという、伝説の触媒。すべての調術師がその調術を目指し、未だに誰にも成し遂げられていない、伝説の魔道具です。そんなものがここにあるわけもなく、けれど──

「最近の君の成長ぶりには目を見張るものがある。だから、ね」

 アマリさんの目は真剣そのものでした。

 ぽんと頭に置かれた手のひらに、いつもと違う重みがあります。

「もし君が私よりも先に賢者の石を作ることができたら……、良いよ、君の後輩になろう」

 恐ろしく、けれど、間違いなく、温かく、熱い、期待。その重みを、しかと受け止めました。

「……分かりました」

 真っ直ぐにアマリさんの目を見ます。

「私、いつか必ず作ってみせますから。賢者の石──もとい賢者のパンを」

「もとい賢者のパンを!?」

 穏やかな私の調術師ライフに、新たな風が吹き始める予感です。

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