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第13話 カラスの提案

女は鈴木香織、24歳。

身長149cmと小柄な体型。

引っ込み思案な性格がわざわいして、友達と呼べる人間は一人もいない。

そんな香織が天使アクィバルと出会ったのは九日前だった。


いつも通り残業終わりで遅く帰宅した香織の前に突然アクィバルは現れた。

アクィバルは自分は天使だと話すと、代理戦争の話など一切せずに香織と契約を済ませた。


あとになって真相を知った香織は呆然自失となり、その夜は一睡も出来なかった。

自分の頭の上に天使の輪があることが知られないように、その次の日から香織は仕事を休み、そして家に引きこもるようになった。


だがしかし、香織はたまたま窓に近寄った際に、窓の外に天使の輪を頭に乗せた男を目撃する。

その男は時折り電車でみかける背の高い男だった。


そう。

その男とはカラスだったのだ。


香織はその瞬間、何か運命めいたものを感じ、意を決したように顔を上げるとカラスのあとを追った。

生まれて初めての尾行だったが、ことのほか上手くいき、香織はカラスの住むアパートの場所を突き止めることが出来たのだった。



◆ ◆ ◆



「それで鈴木さん、あなたは俺にどうしてほしいんですか?」


公園のベンチに腰掛けたカラスは少し離れて座る香織に顔を向ける。

目と目が合い一瞬びくっとなるも、香織は自分を落ち着かせるように胸に手をやってから口を開いた。


「あ、あの、わたしはもう願い事なんてどうでもいいんです。ただとにかく、この代理戦争が無事に終わってくれればそれで……」

「でも七人の天使と契約した人間たちが殺し合って、最後の一人にならないと、この争いは終わらないですよね?」

「は、はい……だからわたしどうしたらいいか……」

力なく言うとうつむいてしまう。


「おいあんた、アクィバルとかいったっけ?」

発音しにくい名前だなと思いつつカラスは斜め前に立つアクィバルに視線をぶつける。


『ああ、そうだぜ』

「鈴木さんとの契約をなかったことにしてやれよ」

『それは出来ないな。契約できる人間は一人だけなんだ、だからその女との契約を解除したら、おれは神候補の座から自動的に降りることになっちまうんだよ。悪ぃな』

長い髪をいじりつつ返すアクィバル。

言葉とは裏腹にまったく悪びれるそぶりはない。


「それは本当なのか? リュカエル」

『本当じゃ。そういう決まりにして代理戦争を始めたからのう』

「そうか」


考え込むカラス。

と次の瞬間、

「だったらアクィバル、俺に賭けてみないか?」

カラスはおもむろに口にする。


『賭ける? どういうことだ?』

アクィバルは面倒くさそうに訊き返した。


「あんたがどういうつもりで鈴木さんを選んだのかわからないけど、こんなこと言ったら鈴木さんには申し訳ないが、鈴木さんは普通にやってもまず生き残れないぞ。非力そうな女性だし、性格も穏やかそうだし、本人にやる気がないんだからな、当然といえば当然だ。そして何よりも一番大きな理由は、選ばれた七人の中にこの俺がいるからだ」

『何が言いたい?』


カラスは香織に目を向け、

「その気になれば俺は鈴木さんを二秒で殺せる」

それから、

「だから鈴木さんがこの代理戦争を勝ち残れる可能性はゼロだ。だったらいっそ鈴木さんは諦めて、俺に乗り換えてみろって言ってるんだよ」

ベンチから立ち上がるとアクィバルと対峙する。


「俺なら絶対に最後まで勝ち残ってみせる。それでリュカエルが神になったら、あんたは神の右腕にでもしてもらえばいいだろ。このまま鈴木さんに賭けるよりよっぽどいいと思うぞ」

『……』

アクィバルは何も答えない。

真贋を見極めるかのごとく、ただカラスの目をじっと見据えるだけ。


「なあリュカエル、それくらいならいいだろ別に」

『わらわはよいぞ。アクィバルは天使の中では割と面白い奴じゃからのう。退屈せんで済みそうじゃ』

「ってわけだ。どうだ? アクィバル。鈴木さんとの契約は無しにして俺の案に乗ってみないか?」

そう言ってアクィバルに向き直るカラス。


『お前、大した自信だな』

「それなりに修羅場はくぐり抜けてるからな」


その言葉を聞いたアクィバルは視線を斜め上に向け、考える素振りを見せる。

実のところ、アクィバルは神の座にそれほど興味がない。

ではなぜ代理戦争に参加しているのか。

それはただ単に<退屈しないで済みそうだ>という理由からだった。


アクィバルは香織を一瞥してからカラスに視線を戻す。

そしてニヤリと口元を緩ませたかと思うと、

『……わかった。そうしてやってもいい』

小さくつぶやいた。


『だが、そこまで言ったからには絶対に勝ち残れよ。もし負けたらその時は、おれがお前をどんな手を使ってでも地獄に落としてやる。それでもいいか?』

「ああ、構わないさ」

自信あり気にそう返すカラスの胸に、アクィバルはこぶしをドンと打ちつけるのだった。

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