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第2話 烏丸太一

『……では続いてのニュースです。金田大二郎議員の失踪届が出されてから四日が経過しましたが、警察関係者からの情報によりますと依然としてその行方は掴めていないとのことです。また金田議員の失踪前夜に繁華街の路地裏で火災が発生しており、そのことと今回の』


テレビの電源を消すとカラスは黒いコートを羽織った。

そしてドアに鍵をかけ、部屋をあとにする。


「あ、烏丸さん。おはようっ」


アパートの外廊下に出るとカラスに話しかけてくる女がいた。

白いTシャツにジーパンというカジュアルな服装をしたその女の名は里中イリア。

カラスの隣の部屋に住む女子大生だ。

父親がアメリカ人なので顔、スタイルともに日本人離れしている。

はつらつとした性格で、大学では男子からも女子からもかなり人気がある。


「ああ、おはようございます里中さん」

「もうっ、敬語は使わないでって言ったのにっ。烏丸さんの方があたしより年上なんだからっ」

「いやぁ、つい癖で」

「まあ、烏丸さんがそれでいいならいいんだけどさ。あ、ごめんなさい、どこか出かけるところだった?」

イリアは青色の瞳でカラスを見上げる。


「うん、これからちょっと仕事なんだよ」

「家庭教師の仕事ってこんな朝早くからあるの?」

「まあね。その家庭家庭によっていろいろ事情があるからね」

「ふ~ん、そうなんだ」


カラスはアパートの住人には、自分の職業を家庭教師だと偽っていた。

なぜ家庭教師にしたかというと、外出時間や向かう場所が日によって違っても、変に思われることはないだろうと安直に考えた結果だった。

ちなみにカラスは普段は烏丸太一と名乗って生活しているが、これは本当の名前ではない。

本名はカラス自身も知らないのだ。


「じゃあ遅れるとまずいから、もう行くよ」

「うん。お仕事頑張ってね~」

「ああ、ありがとう」


カラスはイリアと別れると、最寄りの駅に向かって歩き出した。



◆ ◆ ◆



カラスの身長は185cmある。

そのため電車に乗ると周りの人間より頭一つ、二つ分飛び出た形になる。

カラスはそれをあまりよく思ってはいない。

殺し屋という職業柄、あまり目立つ容姿は避けたいと考えているのだ。


だがカラスには周囲の視線、特に女たちからの視線が多く注がれていた。

というのも、カラスはモデルのようなルックスに甘いマスクを兼ね備えているからだ。

しかしながら、カラス自身は自分がイケメンだという自覚がまるでないので、周りからの視線は自分の背が高いから集まっているのだと認識している。


今日もまた多くの視線を感じつつ、カラスがつり革に手を伸ばした時だった。

後ろから誰かがぶつかってきた。

カラスはその衝撃で一瞬だけよろめくが、細身ながら鍛え上げられた肉体を持つカラスは、瞬時に体勢を立て直した。

そして後ろを振り返る。


すると、

「す、すみませんでしたっ」

そこに自分に対して頭を下げる背の低い女の姿をみつけた。

一目見て敵意がないことを察したカラスは、笑顔を作る。


「大丈夫ですよ。気にしないでください」

「で、でも……」


女の年齢は二十代前半といったところだろうか。

肩口まで伸びた黒髪に、白いブラウス、紺色のスカートという服装をしていた。

美人ではあるが化粧っ気のない素朴な印象を受ける。

カラスはその女に対して出来る限り優しく語りかけた。


「混んでいるんですから仕方がないことですよ。本当に大丈夫ですから、お気になさらず」

「は、はい、すみません」

そう言って女はもう一度頭を下げた。



◆ ◆ ◆



カラスが住んでいるのは東京だが、割と人が少ない地域である。

なのでしばらく電車に揺られていると、まばらに座席が空いた。

カラスは座席に腰かけ、正面の窓に流れていく景色を目で追う。


そうこうしているうちに電車は目的の駅に到着した。

改札口を出てからスマホを取り出す。

地図アプリを開き、ルートを再確認したのちカラスは歩き出した。



カラスの目的地は駅から徒歩五分ほどの場所にあった。

築十年のマンションの一室。カラスはインターホンを押した。


出てきたのは、眼鏡をかけた小太りの男。

男は40歳前後くらいで、Tシャツにハーフパンツとラフな格好をしている。


「よう、カラス。直接会うのはだいぶ久しぶりだな」

「日陰さん、ご無沙汰してます」


男の名は日陰芳春。カラスの雇い主だった。

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