深夜三時過ぎの繁華街。
人気のない路地裏に二人の男が対峙していた。
一方は衆議院議員の金田大二郎。
見るからに高級そうなスーツを身に纏った金田は、コンクリートの塀を背にして怯えた様子で正面の男に顔を向けていた。
もう片方の男は金田を殺すよう依頼された殺し屋だった。
黒いコートについたフードを目深に被っているため、金田からは目元がほとんど見えない。
殺し屋の通り名はカラス。
日頃から暗い色の服を好んで着ているため、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。
年齢は29歳だが、見た目はそれよりずっと若く、高校生と言っても通用する風貌をしている。
そんなカラスは金田の額にピストルの照準を合わせていて、いつでも撃てるよう引き金に指をかけていた。
「ま、待てっ、馬鹿な真似はやめろっ! きみが誰かは知らんがまずはその銃を下ろすんだっ!」
カラスを刺激しないように金田は努めて冷静に諭そうとする。
「わたしを殺したらきみは殺人犯になるんだぞっ。一生を棒に振ることになる、わかっているのかっ」
「……」
「は、話をしようじゃないか、なっ? こ、こいつらにしたことは見逃してやってもいいっ。幸いこいつらは気絶しているだけだ、きみはまだ殺人を犯してはいないっ」
金田は足元に転がるボディガードたちを見て「この役立たずどもめっ!」と内心罵倒しつつ言った。
「わたしは顔が広いっ。きみに何か要望があれば、可能な限り聞くことが出来るぞっ」
「……」
「金かっ? 金に困っているのかっ? それとも、わたしに恨みでもあるのかっ? そ、そんなはずはないよなっ、わたしは二十年以上も国民のために身を粉にして働いてきたのだからなっ、だろっ?」
「……」
カラスは無言のまま眉一つ動かさない。
「くっ……」
金田には命を狙われる心当たりがあった。
それは最近、ある週刊誌にすっぱ抜かれた政党助成金の着服疑惑だ。
「あ、あれかっ……週刊誌の件かっ? だ、だとしたらあれは誤解だぞっ! あんなのは全部でたらめだっ! わたしがそんなことをするはずないだろっ! だ、大体証拠も何もないじゃないかっ!」
金田はそう訴えるが、その実、金田は政党助成金をたしかに着服していた。
しかもその額は一億円にのぼる。
「い、いいかげん、なんとか言ったらどうなんだ、えぇっ!」
いつまで経っても何も発さないカラスに対して、金田は我慢の限界に達しようとしていた。
「き、貴様、わたしが下手に出てるのをいいことに、この金田大二郎をなめやがって……! 許さんぞ、絶対に許さんからなっ!」
金田の口調は自然と荒くなっていく。
とその時だった。
今の今まで黙っていたカラスがようやく口を開いた。
「……言いたいことはそれだけか」
「ば、馬鹿にするなっ、この若造がぁっ!」
感情を爆発させた金田は、六十歳という年齢に似合わず俊敏な動きでもって、地面に落ちていた警棒を拾い上げると、それを振るってカラスの持つピストルを弾き飛ばした。
「どうだっ、銃がなければ貴様なんぞっ、返り討ちにしてやるわぁっ!」
それは本心から出た言葉だった。
元自衛官という特殊な経歴を持つ金田にはその自信があった。
「ぅおらぁっ!」
「このガキっ!」
「死にさらせぇっ!」
金田の野太い声が路地裏に響き渡る。
だが威勢のいい声とは裏腹に、金田の打撃はカラスにはかすりもしていなかった。
「はぁ、はぁ……く、くそったれがっ……!」
肩で息をしながら金田は悪態をつく。
「い、一体何者なんだ貴様はっ! わ、わたしになんの恨みがあるんだっ……!」
「個人的な恨みはない。運が悪かったと思って諦めてくれ」
「ふ、ふざける――がはっ……!?」
激昂した金田はカラスめがけて警棒を思いきり振り下ろした。
しかしそれとほぼ同時に、カラスは掌底で金田のあごを打ち抜いていた。
膝から崩れ落ちるようにして倒れる金田。
カラスは足元にあったピストルを取ると、金田の後頭部に向け発砲した。
塀を挟んで反対側には通行人もちらほらいたが、サイレンサーがついていたことで銃声は限りなく小さかったため、それに気付いた者は誰一人としていなかった。
カラスは金田の死体を写真に収めると、死体にガソリンをまいてから火をつけた。
そして燃えさかる炎を背にその場を立ち去った。
すべてを焼失させること、それがカラスの後始末のやり方だった。