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再会
再会
Cr.M=かにかま
現実世界現代ドラマ
2025年04月10日
公開日
9,806字
完結済
五年ぶりに再会した友人との一幕。 ※この作品は小説投稿サイトハーメルンでも掲載中です。

再会


 その日は、三月上旬ですが雪の降る夜でした。

 空港のベンチで珈琲を飲みながら、時計を眺めて、早一時間が経過しております。

 夜も更けてきたというのに、喧騒は途絶えません。


 寒空の中飛ぶ飛行機を眺めながら、返却期限の迫った小説を読み進めます。

 正確には、暖房の効いた空港の中にいるわけですので、私自身は寒空の中にいるわけではありません。

 誰に説明するでもなく、喧騒から身を守るように自分の世界を構築します。

 道行く人々にもそれぞれの物語があるというのなら、人混みはいわば巨大な書店になるわけです。

 一ページ、一ページと時間と共に文字を刻み、リアルタイムで執筆作業が進んでいくことでしょう。


 珈琲も冷め始め、そろそろおかわりを注文しようとした矢先、時計が午後十時を指しました。

 ここの時計は一時間ごとに時報として音楽が流れる仕組みのようです。

 私の知らぬ音楽が響き渡ります。

 私の空間は前触れもなく、打ち破られました。


 「──恋する潜水艦、ピエール・マッコルラン作のフランス文学ね」


 私から本を取り上げ、タイトルと作者名を口頭で読み上げた、ムカつくほどスタイルのいい人は私の昔馴染みです。


 「どうにもこの手のものは肌に合わなかったのよね、相変わらず人を選ぶ作品が好きみたいで何より」

 「そんなことより返してください、まだ読んでる途中なんです」

 「五年ぶりに再会した友人に言う台詞かよ」


 彼女とは大学の卒業以来会ってないのです。

 頻繁にLINEはしてたけど、仕事とプライベートの都合が重なり、今日久々に会うことになりましたわ。


 「ほら、長旅で疲れた友人を労って」

 「任せてください。私のドライブテクは53万です、もちろん安全運転を心掛けますのでご安心を」

 「根拠のない数字ね」

 「それはそれとして、運転の前にトイレに行ってもよろしいでしょうか?珈琲を飲みすぎたのです」

 「本読んでる暇があったら行けたでしょ、はよ行け!」


 仕方ないでしょ、続きが気になったんだから!

 なんて、ことを口にする余裕もありません。

 結構限界まできてます、あ、ちょ、まっ、やばい、走っていける距離で助かりました。


 「ふぅ」

 「間に合って何よりだ」

 「夜影は大丈夫ですか?ここから、三時間くらい走りっぱなしになりますけど」

 「機内で済ませてきたから平気だよ、ていうか高速使おうぜ」

 「最近高いんですよ、払ってくれます?」

 「任せな」


 ニヤリと笑う夜影ちゃんは懐からブラックカードを取り出しました、なんという大富豪。


 「さすがです」

 「あたぼうよ、ウチの収入なめんなよ」

 「イケメン!高身長!高収入!高学歴!」

 「イケメンと学歴以外は合ってるかな」

 「よ、自画自賛!」

 「張っ倒すぞ?」


 こんな強個性なら、さっきの群衆に紛れてもアイデンティティを枯らすことなく、存在感を放ち続けることができてることでしょう。

 なんとなく、はぐれてもすぐに見つけれる気がします。


 「うし、行くぞ」

 「ええ」


 ダンスに誘うような、それでいてフランクな気楽さでこちらに手を差しのべてくれる。

 昔から変わらない、祈里夜影という人物は私にとって──


 「そうだ、寝る前に映画観ようぜ!気になるの買ったんだ、ヒロインが陰のある女スパイのやつ!」

 「ちなみに、何級ですか?」

 「ウルトラC級!鮫は出ない!」

 「聞いてませんよ、もう」


 ──五年ぶりに再会した友人は、とても綺麗で思わず顔を真っ赤にしてしまったことがバレたのではないかと、そんな小さな心配をしながら、下を向いてしまいました。



 ※


 電飾に飾られた歩道を抜け、喧騒から離れた空港の駐車場でお客様を助手席に誘導します。

 ふふふ、今度は私が夜影ちゃんをエスコートする番ですとも。


 「まさか、叶の助手席に乗ることになるとは思いもしなかった」

 「人生は思いがけないことの連続ですよ」


 しんしんと降る雪の勢いは少し落ち着いてくれてるのは助かりました。

 吹雪いてたら、運転がとても億劫です。

 普段雪が降らないから、スタッドレスに履き替える手間もあり、一切準備が整ってません。

 しかし、四駆のジムニーちゃんはある程度の障害ならへっちゃらなのです、むふふ。


 「……相変わらず、いい車の趣味してるよね。高かったでしょうに」

 「推し活を生活必需品に投資したようなものですよ、ローンなんて苦じゃありません。おっと、ここに都合よくブラックカードが──」

 「や め ろ」


 おや、バレてしまいました。

 残念です。


 エンジンを吹き、暖房を付けて暖気運転を開始します。

 予報では雪は雨に変わってくれるそうですが、視界が悪いことに変わりありません。


 「ドライブデートと洒落込みましょう」

 「いいね、そういうの、悪くない」


 カシュ、と助手席から何やら気持ちのいい音が響きます。

 そして、仄かに香る麦とホップの香り──


 「待てや」

 「なんだよ」

 「いや、ちょ、ま、え、いくら夜影でも、やっていいことと悪いことがあると思うんですが、いかがでしょうか!?」

 「ビール飲むことが悪いことか?ウチら既に二十歳越えてんだぞ」

 「これから運転する人間の横で飲むのが人間のやることかって、聞いてるんですよ!?夜影には人の心がないんですか、私はその麦とホップの香りと眠気の誘惑に耐えながら、運転するんで──」


 「──信頼してるよ、光月叶」


 ──きゅん。

 あ、いや、まって、そうじゃありません。


 「全く、顔と声がいいっていうのは罪ですね」

 「頼むよ、ガソリン代も出すからさ」

 「もぅ」


 なぁなぁで済ませてしまう辺り、私も甘々のメロメロちゃんですね。

 隣でビールを飲む夜影ちゃんを乗せて、夜の街へと出発します。

 高速代金とガソリン代金が手に入ったので、今の私に遠慮はありません。

 このまま気ままに突っ走ってやることにします。


 夜影ちゃんからETC連携してるブラックカードは既にセットしてるので、そのまま高速道路へと向かいます。

 この時間の高速道路は一般車の行き来が少なく、大型トラック等の長距離ドライバーさんが多いみたいです。

 私自身、そこまで高速道路は利用しないので、新たな気付きです。

 空港に向かう下りICの方が、心なしか通行車両が多いようにも感じられますね。


 「ん」

 「これは?」

 「ミントティー、さっき空港で買った。さすがにウチだけ飲むのもあれだし」

 「……このツンデレ」


 全く、夜影ちゃんはこういうところがあるんだから。

 これならサービスエリアに寄る回数も減らせそうですね。


 やはり高速はいいですね。

 速度を気にせずにガンガン走ることができるのは魅力的です。

 いつか、ドイツのアウトバーンで走ってみたいものです。


 「……ウチが知らない間に叶が走り屋みたいになってる」

 「私は元々こんな感じですよ?」

 「うっそだぁ、あんた黙々とノート板書を永遠にしてるタイプだったじゃん!」

 「擬態は必須スキルですよ」

 「年月は人を変えるねぇ」

 「失敬な、私はいつでもありのままですよ」

 「どうだか」


 ケラケラ笑いながらビールを飲む夜影ちゃんを横目に、いただきましたミントティーをちびちびと飲みます。

 あ、結構おいしいやつだ。

 あとで商品名とか控えておきましょう。


 「もうすぐ道の駅ありますけど、寄っていきます?」

 「んー、まだいいかなぁ。もう少し風を感じたい」

 「窓閉めてるんですけどね、開けます?換気しときます?」

 「それ絶対寒いやつ」


 雪はいつの間にか霙に、小雨へと変わっていきます。

 さぁ、ワイパーさん出番ですよ!


 想定していた時間よりも早く着いちゃいそうなのが高速のいいところですね。

 最初は下道の予定でしたから、それに合わせた時間に待ち合わせをしたというのに。

 夜影ちゃんはいい具合に予定と私を狂わせてくれます。


 「お、ウォークマンだ!懐かしい、流していい?」

 「いいですよ」


 デバイスの使い分けは基本です。

 今となっては電話もメールもLINEもGoogle検索も一つのデバイスでできてしまう時代。

 でも、それだとデバイスの負担が半端ないのです。

 多少かさばっちゃいますけど、最先端機器の小型化に伴えば苦でもないのです。


 私の趣味が偏ったウォークマンの中身をポチポチと弄る夜影ちゃんは子供のようにはしゃいでます。

 上手くBluetooth接続はできたでしょうか、運転中なので確認ができません。


 「よしよし、いけたいけた」


 どうやら機械音痴は解消されてるようです。

 この令和時代、デジタル化の進んだかつての空想のような世界が現実になってきてるなかで、便利な機器も扱えなければ宝の持ち腐れです。


 私のコレクションの中から良さげなものを見つけた夜影ちゃんは随分ご機嫌です。

 ビールもいつの間にやら三本目です、ちょっと羨ましいです。


 「……もうすぐ道の駅ありますけど、寄っていきます?」

 「頼むわ」


 即答でした。

 うん、知ってました。

 そりゃ、さっきと違ってそんなに飲んでる状態なんです。

 出すものも出したくなるはずです。


 あと一時間もしないうちに高速も降りて、下道を少し走れば到着なのですが、私のジムニーちゃんが悲惨な目に合う前に念には念を入れといて正解でした。

 既に匂いはビールですごいことになってるので、そこはあとから死ぬほどファぶればいいでしょう。


 「んー、深夜のシャバは寒い!」

 「お勤めご苦労様です、姐さん」

 「やめんか」


 おかしいです。

 私が大阪で鍛えたトークスキルでは、この後二、三ほどやり取りが発生するはずです。

 やはり、酔っぱらいに常識は通用しないのですね。


 「夜影はさっさと出すもん出しちゃってください、私は間食に牛丼でも食べてくるので」

 「おいまて、それは明らかに時間がイコールにならないっての」

 「お気になさらずごゆっくり」

 「ウチは亀か!」


 深夜の道の駅はテンション爆上がりですね。

 こんな時間まで開けてくださってる従業員さんには感謝の意を込めて、チップを出さねば。

 ここ、日本なので文化的に無理ですけど。


 私は、チーズ牛丼大盛、サイドに唐揚げとポテト、ドリンクにエナドリを注文してテーブルを取ります。

 備え付けのテレビからウィスキーのCMが私に向かって、ウィスキーがお好きでしょ、と問いかけてきます。

 もちろん好きですとも、これから運転しなきゃいけないのが悔やまれます。

 十分ほどして、料理が届いたのと少し遅れたタイミングで夜影ちゃんもこちらに来ました、両手にソフトクリームを持って。


 「思ったよりガッツリじゃねぇか」

 「知ってますか?運転って結構エネルギー使うんですよ、座りっぱなしですけど」

 「そりゃね、昔は乗ってたし、たまにニケツで」

 「走り屋と一緒にされては困ります」

 「さっきアウトバーンぶっとばしたいって呟いてたのはどいつだよ」


 おや、もしや声に出てしまってましたか。

 いけませんね。


 「まったく、アイスいる?」

 「ありがたく」


 食後のデザートにはちょうどよきです。

 火照った身体によく染みますね。

 残り少しの道も頑張るとしますか、寝ないように珈琲も買っておきましょう。



 ※


 「改めて、長旅お疲れ様です」

 「関税やら万博が被る手前でホントよかったよ、神様っているもんだねぇ」

 「ここに?」

 「少なくともウチの知ってる神様は高速で補導されない」


 いやぁ、あれは危なかったです。

 缶コーヒー飲んでたところポリに見つかって、隣の夜影ちゃんがガッツリビール飲んでたからアル検することになっちゃいましたし。

 カフェインならガッツリだったので、そっちと小さい方がドバドバ出ちゃうんですけどね。


 「先に使います?」

 「なんであんたとウチはタイミングが一緒って思ってるわけ?」


 おっと、違ったみたいです。

 お言葉に甘えて我が107号室のお手洗いにお篭りさせていただきましょう。


 「にしても、変わってないねぇ」

 「手続き面倒で大学の時から契約しっぱなしですからね、ここ」

 「まじでいい性格してるよな、叶」


 褒められると気分がよくなりますね。

 ようやく私もお酒解禁です、夜影ちゃんの帰国祝いに買ったあれを開けますか!


 「うぉ、それ天照じゃん!」

 「ふふふ、苦労して手に入れましたとも蕎麦焼酎!」

 「いいねいいね!」


 深夜三時で騒いでは迷惑になるのが普通ですが、何の偶然か現在隣り合わせの両部屋が空室なのです。

 そして、ここは一階。

 騒ぐも暴れるも自由なのです。

 大家さんに迷惑をかけない範疇でね。


 「いやぁ、ウチからのお土産が霞むね!」

 「……かにゴールキーパーって、それいつの作品ですか」

 「覚えてないけど、あっちでたまたま母国映画見つけてね!見てみたら面白いの、なんのなんの!」

 「何故海を越えたし」


 他にも奇妙珍奇なタイトルの作品群が夜影ちゃんのスーツケースから出てきます。

 生活用品は果たして入っているのか、心配になります。


 「ま、とりま観ながら話そうや」

 「どっちかが確実に頭に入りませんが、まぁいいでしょう」

 「ん、まって、やっぱシャワー借りていい?」

 「大丈夫です、使い方覚えてますか?」

 「大丈夫!もし心配なら、一緒に入っちゃう?」

 「うちのユニットバスの狭さご存知でしょ、入ってる間に簡単なツマミでも作っときますよ」

 「感謝感謝」


 トタトタと慌ただしい夜影ちゃんの背を見送ります。

 スーツケースから取り出した、かなり特徴ありげなシャツが気になりますが、まぁ、それは、後からでもわかることでしょう。

 私自身も部屋着にパパッと着替えを済ませて、冷蔵庫の中を探りながら、メニューを考えます。


 そういえば消費期限とか賞味期限の近い生鮮類があったな、軽く炙ってチーズでも乗せればお酒は進むでしょう。

 あ、でも炙りチーズならワインの方が合いそうですね。

 どうせ、あの様子だと朝までコースになりそうなので、チャンポン覚悟で色々作っちゃいましょう。

 夜影ちゃんは色々背負いすぎですし、誤魔化しすぎです。

 せめて、ここにいる間はその負担がないようにしたいものです。

 お、イカとササミが残ってたじゃありませんか。

 この子達で何か作りましょう。


 そういえば、夜影ちゃん意気揚々とDVD持ってきてましたけど、うちのやつで対応してるのか確認もしなきゃですね。

 こちらも時間の合間にちょいちょいとしちゃいましょう。


 「──ごちそうさんした」


 そんなこんなしてるうちに夜影ちゃんが出てきました。

 やはりというか『我こそ竹輪大明神』と書かれたTシャツのセンスは相変わらずだなと、思います。


 「お、いい匂い」

 「炙りものにチーズを合わせたものメインです」

 「さすが、よくわかってる」


 お褒めに預かり恐悦至極。

 ふふん、と得意気な私です。


 「じゃ、改めて、な」

 「そうですね」


 もちろんグラスの用意もできてます。

 氷で割った天照の準備も万端、さすが私、しごできの女です。


 「──ありがとう、今日は時間作ってくれて」

 「──ありがとうございます、遠いところ来ていただき」


 乾杯の前には感謝を──


 「「君との再会に、乾杯」」


 カラン、と心地いい音が響いた。


 「ん、これならストレートでもよかったかも」

 「まぁ25%ですからね、最初なのでこのくらいが飲みやすいでしょ」


 あまり強すぎてもいけません。

 ほどよい具合というのが一番なのです。


 「さて、叶は何か観たいやつあった?」

 「どのタイトルも癖が強すぎて、どう選べばいいか、わからないですよ」

 「じゃ、これ」

 「……なんて読むんですか、これ?」

 「わからんけど、現地の人におすすめされた」


 夜影ちゃんは一体どこにいたのでしょうか。

 言語はあまり馴染みがありません、パッケージデザインからインド映画かも、って推測はできますが、定かでもありません。


 「ちなみに、これ一回は観たりしたんですか?」

 「まだ」


 夜影ちゃんの悪い癖です。

 未知のものは誰かと共有したがるのです、自分も初見なのに。


 「とりま、観よう」

 「はいはい」


 やれやれ、いつまで経っても変わらないんですから。

 やはりというか、なんというか、言語は日本語非対応ですし、何と書いてるか全然わかりません。

 夜影ちゃんのなんとなく知識で再生はできましたが、いきなりドアップでおじさんの顔が映ってきたことに困惑の意しか出てきません。


 「ねぇ、叶」


 水着のおじさんが街中を走り始めた場面で、私の名前を呼びます。


 「人間って難しいよね」

 「理解不能ですよね」


 例えば、今目の前でたくさんのバニーガールに追いかけ回されてるおじさんとか。


 「ウチさ、あっちの生活好きだったんだよ。仕事楽しいし、新しい発見いっぱいだし、何なら、深い付き合いがないから気が楽でさ」

 「夜影の地元、村集落みたいなとこって愚痴ってましたもんね」

 「うん、自分で選んだ道だから、後悔するのもウチの勝手かなって思ってた」


 ぐい、と煽るようにグラスを傾けます。

 バニーガールに追いかけられたおじさんは何故か鮫と一緒にバニーガールに立ち向かってます。

 バニーガールを薙ぎ倒した先に、足を生やした巨大な冷蔵庫が迫ってきます。


 「──旦那、捨てちゃったよ」


 そうだったのですね。


 「喧嘩したってわけじゃなかったんだけど、考え方が合わなくてさ。ウチの身勝手で、勢いに任せてね」

 「それで、昨夜連絡をくれたんですね」

 「頼れるのが、叶しか思い付かなかったんだ。なんでなのかなぁ」

 「光栄です」


 連絡がきた時点で、夜影ちゃんが何か抱えてるのはわかってました。

 目の前の映像でシャコ貝を抱えるおじさん、どうやら彼はハンジという名前のようです。

 バニーガールに乗ったハンジはシャコ貝を抱えながら、スポーツカーを追いかけてます。

 その様子がおかしいのか、夜影ちゃんはクスッと笑ってます。


 「ていうか、ダメだ、こんな意味不明な映像流れてる中でウチの懺悔とか、どうでもよくなってきた」

 「これ観ながら話すって言ったの夜影ですからね?責任もって説明を求めますからね?」

 「わかってる、ウチの我が儘に巻き込んでごめんね」

 「そこは気にしてませんよ」


 彼女の物語の中に、私という一個人が関わっていけるのだから。

 何も知らない中で打ち切りを迎える、それ以上に悲しいことなんてありません。


 「それで、例の奴らに追われてたりはしないんですか?」

 「残念ながら青春がアミーゴした逃走劇じゃないのよね、これ」


 どうやらスリルはなさそうです。

 映画では、ハンジがナメクジを従える王に闇落ちしたかつての友人、ティポルに立ち向かってます。

 バニーガールの波を鮫でサーフィンする様は中々いかしてるのではないでしょうか。

 対するティルポはナメクジの大群です、バニーガールの群れとナメクジの群れがぶつかり合ってる間に、ハンジとティルポの一騎討ちが始まろうとしてます。


 「……今更ですが、この作品どういうコンセプトで作られたんでしょうか」

 「わかんないけど、面白いからいいじゃん」

 「おも、しろい?」


 わけがわからないの間違いではないのでしょうか。

 ググってレビューとか感想を見てみたいのですが、いかんせんタイトルがわかりません。


 「それで、しばらくこっちで寝泊まりしようと思ってね。ホテルは取ってるから大丈夫、仕事もこっちでできるように手続きもしてきた」

 「え、この状況で続けるんですか?」


 あ、すっごい早さでシャコ貝が降ってきた。


 「ま、そういうわけでしばらくは自分探しって感じかな。この映画のハンジみたいな生き方をしてみたいなぁ」

 「夜影が決めたことなら応援しますよ、困ったことがあったら連絡ください」

 「……本当に、ありがと」


 カタツムリに乗ったティルポがハンジを迎え撃つ。

 トクトクトク、と夜影ちゃんのグラスが空いていたので、そっと天照を注ぎます。


 「もう、五年経ったんだねぇ」

 「時の流れは早いものです」

 「まさか、ここまで濃密な五年になるなんて思いもしなかったわ」

 「私も、最初夜影が海外に行った矢先に結婚するって話聞いたときは驚きましたよ」


 元々モデルやってた夜影ちゃんが海外に行くってなったときは驚きませんでしたが、その後の結婚騒動には大変びっくりさせられました。


 「叶は相手いないの?」

 「……夜影が実家の母上みたいなこと言い出しましたよ」

 「きーかーせーろーよー、いなきゃもらってやるからよぉー」

 「なんで、ほんと、一々男前なの、こいつ!」


 できるものなら、もらわれたい所存です。


 「まぁ、私はいいんですよ。今の生活も悪くないですし」

 「ん、一理ありってやつだね」

 「起業も考えてますし、準備も進めないといけません」

 「めちゃくちゃ気になる話が隣と映像から!?」


 元々、私は一企業に収まる器ではありません。

 やることが一本化できないんですよ、私がやりたいことに関しては。


 いつの間にか和解したハンジとティルポ、バニーガールの群れとナメクジの大群、鮫とカタツムリが和解して肩組んで踊ってますよ、たくさんの象の背中で。


 「まぁ、私はなるようにしかならないです」

 「……ウチも、そうなのかなぁ」


 カラン、と氷の音が響きます。


 「──どこで間違えちゃったのかなぁ、ウチ、なんで、こんなに後悔してるんだろ」


 ……そういう顔の夜影ちゃんは解釈違いですね。


 「夜影」

 「なに?」

 「今から、無責任なこと言っていいですか?」

 「……よかろう」


 「後悔を回避することなんてできません、間違いなんてありません。私たちは未来を読むこともできなければ、台本に沿って生きているわけでもないんです」


 目の前で結婚式を挙げてるハンジとティルポのように、演者と生者は違います。


 「誰かが添削するわけでもないんです。我武者羅に先の何があるかなんて、わかりません」


 酒に酔ってるのか、私自身何かに縋りたいのか、私に対する自問自答なのかもしれません。

 自己嫌悪ほど、人間不思議と言葉が出てくるものです。


 「夜影ちゃんは、後悔いっぱいですか?」

 「いっぱい」

 「なら今夜はひたすら悔やみましょう、それでいいのではないでしょうか」


 後悔先に立たずという言葉もあります。

 でも、進まなければ後悔するに至りません。

 後悔しない人生なんて、無理難題にもほどがあります、たった一周のやり直しの効かない人生なのですから。


 いつの間にか、ハンジの妹を名乗る女性が登場してティルポに喧嘩売ってます、ウニを片手に握りしめながら。


 「この女優さん、ミリミリに似てる気がする」

 「他人の空似でしょうけど、たしかに、美里は女優なんて目指す人じゃないですし」

 「年月って人変わるよ、叶みたいに」

 「私は不変です」


 そうこうしてるうちに映画はエンドロールが流れ、スタッフクレジットがずらっと並びます。

 一切読めないですけど、え、ていうかここで終わりなんですか??


 「これ四十五分映画だったわ」

 「道理で体感早いと感じたわけです」

 「内容が濃かったのもあるんじゃない?」

 「ですね」


 どうやら次回作に向けた布石のようです。

 予告編流れて出しましたし。


 「ていうか、これタイトルなんなん?」

 「せめて、タイトルは知っておきましょうよ、夜影」


 やはり、勢いに任せたやつでしたか。

 Googleレンズで調べてみましょう、パッケージをカシャッとして、ストン。


 「どうやら、日本語で『ハンジ・アドベンチャー』と訳するみたいですね」

 「思ったよりそのまんまだった」

 「……そして続編は既に出ているそうですよ」

 「まじか!」


 これは、気になりすぎる!

 しかし、こんな時間に出掛けても店はやってませんし、というかアルコール摂取してるから運転ができません。


 「んー、お預けか!」

 「楽しみが増えましたね」


 有休が切れる前に観たいものです。

 いつの間にか天照もおつまみも消費しきってしまいました、ポテチを開けましょう。


 「ミリミリで思い出したんだけど、みんな元気にしてるのかなぁ」 

 「私も頻繁には連絡してませんが、たまにスプラはしますよ」

 「ウチ誘われてない!?」

 「既婚者だから遠慮されてたんじゃないですか?」

 「ぐぬぬ」


 実際、私も夜影ちゃんから連絡が来なかったらこうして会うこともなかったでしょう。

 縁とは実に不思議なものです。


 「まず、スイッチ買い直さないとなぁ」

 「もうすぐ後継機出ますよ?」

 「それはそれ、これはこれ!」


 ポテチが美味しいです。

 なんだか今日は食べてばかりな気がしますね、体重計に乗るのが少し怖いです。


 「ミリミリも声かけてくれたらよかったのになぁ、朱美もハルも白状なのよなぁ」

 「普通に連絡先知らなかった説あるのでは?」

 「LINEはしてるんだよね」

 「んん、ギルティ案件でした」


 いつの間にか大学時代の話に変わってました。

 あの頃は楽しかったです。

 私もみんなと過ごした日々はもちろん、こうして、夜影ちゃんと毎日のように会ってたことが今となってはとても尊い貴重な時間だったと実感させられます。


 「叶」

 「なんですか」

 「──ありがとう、めっちゃ楽しい」


 ──夜影ちゃんの物語が、光のような、明るい物語でありますように。

 緩んだ口元を誤魔化すかのように、唇を重ねました。

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