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小野さんの異界グルメ きさらぎ駅 編 ~ 遠州鉄道 新浜松駅から
小野さんの異界グルメ きさらぎ駅 編 ~ 遠州鉄道 新浜松駅から
裃左右
ホラー都市伝説
2025年04月10日
公開日
4,989字
完結済
『小野さんの異界グルメ』 今回も小野さんの案内で、異界グルメを探しに行きます。 あの有名なきさらぎ駅にも、美味しいものはあるのでしょうか? 今日の旅は静岡県 浜松市。 遠州鉄道 新浜松駅から出発して、きさらぎ駅へと向かいます。一緒にひとときの旅へと赴きましょう。 ・パーソナリティ:小野 篁(おの たかむら) 氏 ・カメラ兼リポーター:夕月 舞(ゆうづき まい)さん ※オカルト小説マラソン参加:テーマ『きさらぎ駅』

きさらぎ駅 編 ~ 遠州鉄道 新浜松駅から

 みなさん、こんばんわ。

 今日の『小野さんの異界グルメ』は、遠州鉄道の新浜松駅から出発して、きさらぎ駅を目指します。


 遠州鉄道鉄道線、通称『赤電』は、静岡県 浜松市にある私鉄で、新浜松駅と西鹿島駅を繋いでいます。

 上下各5本、12分間隔で運転を行っていて、近隣に住んでいる方々にとっては、生命線と言ってよい路線です。


 公式マスコットキャラクターは、そう、みなさんご存じのアカデンジャーですね! わたしもこの通り、トートバッグとタオルを持っています!


「いや、知りませんよ。……そんなグッズ」


 小野さんはもう少し黙っていてください。


 路線距離は17.8km、これを32分で走ります。都市部を運行し、沿線は住宅や商店が比較的多く、トンネルはありません。


 なのですが、かの『きさらぎ駅』には、なぜかトンネルがある? とのことで、その謎も踏まえて、一緒に明らかにしていきましょう。


「それでは夕月さん。そろそろ出発しましょうか」


 はい、今日もよろしくお願いいたしますね、小野さん。

 それでは、本日もわたくし、カメラ兼リポーターの夕月ゆうづき 舞と、案内人 小野 たかむら氏でお送りいたします。


 出発する新浜松駅周辺はかなり栄えていて、お買い物の中心地でもあります。

 遠州鉄道は電車だけでなく、スーパーから百貨店まで運営されていて、まさしく地域みなさまの支えですね~。


「夕月さん、僕、もうお腹すいたのですが、駅弁とか買っても? 美味しそうなの、けっこうありますけど」


 ダメです、きさらぎ駅で食べてください。


「ええっ? ……食べられるもの、あるのかなあ」


 それより小野さん、この辺りについて話してもらってもいいです? 歩きながらでいいので。


「そうですねえ、遠州鉄道は太平洋戦争の時だったかなあ。軍需産業の輸送のために創立されたはずですねえ、あの頃はこんな景色じゃなかったんですけど……ああ、浜松大空襲があったんですよ。そういえば街が壊滅的被害に遭っても、休止してなかったですね。……人間ってすごいなあ」


 えっ、大空襲があったのに動いてたのですか?


「そうですよ、地域の人々の足を守る命綱ですからねえ。止まったら、本当に生活に直結してしまいますから」


 当時の方々の献身には、頭が下がる想いですね。


「夕月さんも地域のりぽーと・・・・をしに来るなら、歴史は学んでから来ましょうね」


 さすがに当時を知ってる方には勝てないと思うのですが……が、がんばります。


 切符を買い、ホームに来た電車を眺めると。ほらっ、その異名『赤電』の通り真っ赤な車体をしています。

 きゃー、かわいい! アカデンジャーも、車体に合わせて真っ赤なボディスーツなんですよ!


「はいはい、よかったですね。……あれ、そういえば昔は蓬色うすみどり枯草色クリームの2配色だった気がするのですが」


 おっ、さすが小野さん。いい前フリですね!

 そうなんです、1961年に交通事故防止のために車体を赤く塗り替えたんですよ~! とはいえ、ラッピングの車体とか、他の色のもあるのですが。


「ずいぶん知識の偏りがひどいですね。この番組、本当に大丈夫ですか?」


 さて、早速、電車に乗り込みます。ワクワクしますね。

 おお、車内貫通路型で解放感がありますね。車内もクリーム色で明るい気がしてよいですね。


「ずいぶんと色彩にこだわりますねえ……」


 運転は各駅停車。5分足らずで到着してばかり、ちょっと忙しない印象です。


 ~(アナウンスが流れる)次は遠州病院です~


 さて、小野さん。これから『きさらぎ駅』に向かうわけですが……きさらぎ駅ってなんですかね?

 概要は聞いたものの、2ちゃん、ねる……とかもよくわからなくて。SNSみたいなものですか?


「誰ですか、この人を起用した人。まあ、そのようなものです。当時、異界に紛れ込んでしまった人の実体験が、そこで実況されていたのですね。そこから、きさらぎ駅は異界駅の代名詞となりました」


 なるほどー、実況かー(よくわかってない)

 あー、小野さん、見てみて~。浜松城が見えますよ! すごーい!

 電車は高架の上を走り、どんどん進んでいきますね。


「……真剣に話を聞いて欲しいですが、高架は良い目の付け所ですね。かつては存在しなかった、この高架。これも大事な点です」


 あー、昔は高架がなかったのですね。


「ええ。高架は鉄道を地上高く架け渡す『橋』を意味します。『橋』の概念は境界線を繋ぐ存在ですから」


 ……うん?


「前にもお話したでしょう、夕月さん。いいですか、あの世とこの世を繋ぐ象徴です。例えば、井戸や川……そして橋」


 おおー、異界に繋がるためのキーワードですね! 思い出しました。他にもありますよね、川の合流地点とか。


「その通り。この線路の先、馬込川まごめがわが流れているのですが。もともとはこの東にある天竜川の乱流、小天竜川の一つに数えられていたそうです」


 天竜川ですか、さすがにわたしも知っていますよ。

 諏訪湖すわこにも繋がる、霊験あらたかな非常に長い川ですよね。


「ええ。天竜川は、実は延宝3年の治水工事までは、たびたび荒れ狂う獰猛な竜だったのです。彦助堤ひこすけていにより小天竜川を断つことによって、調伏ちょうぶくせしめたのは、江戸幕府の偉業の1つですね」


 えっと、頑張って工事して、天竜川と小さい川を切断したってことですね?

 小野さん、その話題って長くなります?


「ああ、失敬。きさらぎ駅の話でしたね、ちょっと先の駅の名前を見て下さい」


 (路線図を指さされて)ええ、はい……。『さぎの宮駅』ですか。

 あっ、きさらぎ駅と名前が似てる!


「かつて霊験あらたかな流れ魂のとおりみちに繋がっていた小川を越え、高く連なるこの線路は、もはや霊道。この道筋こそが儀式」


 いつのまにか小野さんは鈴を手に持つと、しゃらん、しゃららんと鳴らしました。途端に雑音の全てがかき消え……乗客のみなさんが眠ったように静まります。


 ――瞬間、トンネルをくぐったかのように暗くなりました。


境界トンネルをくぐる時――きさらぎ駅、そこにありなのですよ」


 ぱあっと景色が変わり、窓の外は木々や田畑が流れて長閑のどかな雰囲気です。

 小野さん、なんだかおかしくないですか?


「ええ、夕月さん。僕たちは既に通常とはズレた次元にいます」


 電車はゆっくりと速度を落とし、やがて停止しました。車内は静まりかえり、先ほどまで眠っていたように見えた乗客たちの姿もありません。


「着きましたね」


 小野はそっと立ち上がりました。


 え? ここが……きさらぎ駅、ですか?

 わたしも恐る恐る窓の外を見ます。そこには古びた木造の小さな駅舎がありました。駅名標には、歪んだ文字で『きさらぎ』と書かれています。

 前後の駅は、『やみ駅』と『かたす駅』のようです。


「降りましょう、夕月さん」


 小野さんに促され、カメラをしっかりと構え、電車を降りました。

 ホームに足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気が肌を刺します。


 さっきまで見えていた住宅街や商店はどこへやら、すっかり田舎の景色です。

 でも、あれれ? きさらぎ駅は寂れた無人駅と聞いていたのですが、駅舎には気配がありますし、ホームに自販機もありますね。


「ほら、駅員さんがいますよ。切符を出して」


 え、だからここって無人駅なんじゃ?


「最近は、利用客が増えてるので有人になりましたね。前より、少しは栄えているらしいですよ」


 利用客が多い? はあ、栄えている?

 改札にいたのは、どこにでもいるような、ごく普通の駅員のおじさんでした。疲れた表情で、何かの書類に目を通しています。


「すみません、切符をお願いします」

「え? ……ああ、間違えて来た方ではないようですね。ご案内は不要で?」


 駅員さんから返って来たのは、乾いた声。古臭い改札鋏で、切符を切りながら話しかけてきます。


「ええ、大丈夫です。そうだ。この辺、美味しい名物とかあります?」


 尋ねられた駅員さんは、ぽかんと不思議そうな顔をしましたが、やがて頷きました。


「一応、駅弁もあるので売店に寄ってみてはどうです?」

「ええ、そうします」


 売店。

 改札を抜けると駅の端に、小さなプレハブのような建物が。看板には手書きで『きさらぎ名物』と書かれていますが、その下の文字は掠れて読めません。


 そこに嬉しそうに駆け寄る小野さん。

 よほど、お腹が空かれているのだと思います。わたしも正直、小さくお腹が鳴っているのを誤魔化していたのでした。


 売店の窓からは、温かそうなオレンジ色の光が漏れていました。


「すみません、名物をお願いします」


 小野さんはメニューの名前がわからないまま、躊躇わずに注文されました。

 店内からは明かりが漏れているのに、店員さんの顔が見えません。


「これですよ、名物の『迷い人汁』です」

「へえ、面白い名前ですね」


 わたしはぎょっとしてしまいましたが、平然と小野さんは料金を払って、割り箸と共に受け取ります。

 よそわれた汁からは、ほんのりと甘い味噌の匂いが漂ってきます。

 かき混ぜると得体のしれない肉と、キノコや見慣れぬ野菜が入っていました。


「これは美味しいですね。夕月さん、僕がカメラを持ちましょうか」


 迷いましたが、小野さんがおっしゃるので、一口、汁をズズッと啜りました。コクがあるのに臭みがない、脂が溶け出している甘みを感じます。

 肉は少々、硬すぎる気もしますが、食べられなくもないです。噛むと野性味のある味わいがします。

 野菜は妙に青臭かったですが、キノコは肉厚で大変ジューシー、名物しいたけの『どんこ』を使っていると言われました。


 しかし、臭みはないのですが、これはなんのお肉なのでしょう?


「『迷い人』ですよ、滋養強壮に効きますからね」


 ……深く聞かないことにしましょう。

 どこからか祭囃子と太鼓の音が聞こえてきました。楽しそうでよいところですね。


 駅弁もあったのですが、「これはお土産にします」と小野さんは帰りに買ってかえるつもりのようです。


「思いの外、当たりのようでよかったです。最初は企画を通した馬鹿を、裁判にかけてやろうかと思いましたが」


 はて、何の罪で裁判にかけるおつもりでしょうか。


 祭囃子に耳を傾けながら、民家の見当たらない田んぼのあぜ道を歩きました。途中、片足のない老人に道を聞くと、本日のお宿を教えてくださいました。

 道を聞いてから目を凝らすと、古びた木造建築のお宿がそこに現れます。


 いえ、お宿というより、古民家という風情ですね。大きな梁に土間、木のぬくもりを感じつつ、囲炉裏を味わう暖かな雰囲気です。

 伝統のざざんざ織の浴衣に身を包み、ゆったりと過ごすことができそうでした。


 例によって、宿の方のお顔はよく見えませんが、些細なことでしょうね。

 なんでも、最近は間違ってこられた方が宿泊できるよう、配慮で宿に改装されたそうです。


 お食事は、駿河漆器で提供されました。お椀を開けてみると、ぶらっと湯気が。蒸らしてあったのは、タレが塗られたかば焼き丼。


「これはいたれり尽くせりだ」


 上機嫌で小野さんが笑うと、宿の仲居さんの存在しない頭・・・・・・から安心したような息が漏れました。


「小野様に喜んでいただけて何よりです。……寿命が縮まる想いでした」

「はは、ご冗談が上手ですね」


 上品なお漬物、舞茸の味噌汁、蒲焼き丼。アユの塩焼き。それに謎の佃煮がありました。

 これはなんでしょう? 食べてみると、香ばしく小エビのような風味。若干、泥臭い気もしますが。


「ふふ、夕月さん、そういうの平気なんですね」


 小野さんが優雅にほくそ笑みました。

 え、わたしは今、何を食べているのですか!?


 蒲焼き丼は、ほとんどウナギの味わいでした。タレが甘じょっぱくて、ふんわりとした米粒によく絡みます。これはおいしいっ!

 え、というか、これウナギですよね?


 「おや、気になりますか?」と仲居さんが、大きな壺を持ってきました。暗くてよく見えませんが、なにかがうねうね動いていて、囁き声が聞こえます。

 ……なんでしょうか、思わず壺に耳を傾けます。


「やめて」「やめて」「やめて」


 ――聞こえたのは子供の声。

 ぞわっとしました。わたしは首を振って覗くのを止めると「カメラに映すと支障がありそうですので」と急いで断りました。


 ゆっくりと時間は流れていき、何もないと言う贅沢を味わっているようでした。

 星空の見える湯船で暖まってから、布団に入ると……夜通し流れる祭囃子の音が、どんどん遠ざかっていきます。

 それに、耳を傾けているうちに自然と瞼が重たくなったのでした。


 また、きさらぎ駅の魅力を紹介できると良いですね。

 お送りしましたのは、案内人 小野 篁氏とカメラ兼リポーターの夕月 舞でした~♪

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