みなさん、こんばんわ。
今日の『小野さんの異界グルメ』は、遠州鉄道の新浜松駅から出発して、きさらぎ駅を目指します。
遠州鉄道鉄道線、通称『赤電』は、静岡県 浜松市にある私鉄で、新浜松駅と西鹿島駅を繋いでいます。
上下各5本、12分間隔で運転を行っていて、近隣に住んでいる方々にとっては、生命線と言ってよい路線です。
公式マスコットキャラクターは、そう、みなさんご存じのアカデンジャーですね! わたしもこの通り、トートバッグとタオルを持っています!
「いや、知りませんよ。……そんなグッズ」
小野さんはもう少し黙っていてください。
路線距離は17.8km、これを32分で走ります。都市部を運行し、沿線は住宅や商店が比較的多く、トンネルはありません。
なのですが、かの『きさらぎ駅』には、なぜかトンネルがある? とのことで、その謎も踏まえて、一緒に明らかにしていきましょう。
「それでは夕月さん。そろそろ出発しましょうか」
はい、今日もよろしくお願いいたしますね、小野さん。
それでは、本日もわたくし、カメラ兼リポーターの
出発する新浜松駅周辺はかなり栄えていて、お買い物の中心地でもあります。
遠州鉄道は電車だけでなく、スーパーから百貨店まで運営されていて、まさしく地域みなさまの支えですね~。
「夕月さん、僕、もうお腹すいたのですが、駅弁とか買っても? 美味しそうなの、けっこうありますけど」
ダメです、きさらぎ駅で食べてください。
「ええっ? ……食べられるもの、あるのかなあ」
それより小野さん、この辺りについて話してもらってもいいです? 歩きながらでいいので。
「そうですねえ、遠州鉄道は太平洋戦争の時だったかなあ。軍需産業の輸送のために創立されたはずですねえ、あの頃はこんな景色じゃなかったんですけど……ああ、浜松大空襲があったんですよ。そういえば街が壊滅的被害に遭っても、休止してなかったですね。……人間ってすごいなあ」
えっ、大空襲があったのに動いてたのですか?
「そうですよ、地域の人々の足を守る命綱ですからねえ。止まったら、本当に生活に直結してしまいますから」
当時の方々の献身には、頭が下がる想いですね。
「夕月さんも地域の
さすがに当時を知ってる方には勝てないと思うのですが……が、がんばります。
切符を買い、ホームに来た電車を眺めると。ほらっ、その異名『赤電』の通り真っ赤な車体をしています。
きゃー、かわいい! アカデンジャーも、車体に合わせて真っ赤なボディスーツなんですよ!
「はいはい、よかったですね。……あれ、そういえば昔は
おっ、さすが小野さん。いい前フリですね!
そうなんです、1961年に交通事故防止のために車体を赤く塗り替えたんですよ~! とはいえ、ラッピングの車体とか、他の色のもあるのですが。
「ずいぶん知識の偏りがひどいですね。この番組、本当に大丈夫ですか?」
さて、早速、電車に乗り込みます。ワクワクしますね。
おお、車内貫通路型で解放感がありますね。車内もクリーム色で明るい気がしてよいですね。
「ずいぶんと色彩にこだわりますねえ……」
運転は各駅停車。5分足らずで到着してばかり、ちょっと忙しない印象です。
~(アナウンスが流れる)次は遠州病院です~
さて、小野さん。これから『きさらぎ駅』に向かうわけですが……きさらぎ駅ってなんですかね?
概要は聞いたものの、2ちゃん、ねる……とかもよくわからなくて。SNSみたいなものですか?
「誰ですか、この人を起用した人。まあ、そのようなものです。当時、異界に紛れ込んでしまった人の実体験が、そこで実況されていたのですね。そこから、きさらぎ駅は異界駅の代名詞となりました」
なるほどー、実況かー(よくわかってない)
あー、小野さん、見てみて~。浜松城が見えますよ! すごーい!
電車は高架の上を走り、どんどん進んでいきますね。
「……真剣に話を聞いて欲しいですが、高架は良い目の付け所ですね。かつては存在しなかった、この高架。これも大事な点です」
あー、昔は高架がなかったのですね。
「ええ。高架は鉄道を地上高く架け渡す『橋』を意味します。『橋』の概念は境界線を繋ぐ存在ですから」
……うん?
「前にもお話したでしょう、夕月さん。いいですか、あの世とこの世を繋ぐ象徴です。例えば、井戸や川……そして橋」
おおー、異界に繋がるためのキーワードですね! 思い出しました。他にもありますよね、川の合流地点とか。
「その通り。この線路の先、
天竜川ですか、さすがにわたしも知っていますよ。
「ええ。天竜川は、実は延宝3年の治水工事までは、たびたび荒れ狂う獰猛な竜だったのです。
えっと、頑張って工事して、天竜川と小さい川を切断したってことですね?
小野さん、その話題って長くなります?
「ああ、失敬。きさらぎ駅の話でしたね、ちょっと先の駅の名前を見て下さい」
(路線図を指さされて)ええ、はい……。『さぎの宮駅』ですか。
あっ、きさらぎ駅と名前が似てる!
「かつて
いつのまにか小野さんは鈴を手に持つと、しゃらん、しゃららんと鳴らしました。途端に雑音の全てがかき消え……乗客のみなさんが眠ったように静まります。
――瞬間、トンネルをくぐったかのように暗くなりました。
「
ぱあっと景色が変わり、窓の外は木々や田畑が流れて
小野さん、なんだかおかしくないですか?
「ええ、夕月さん。僕たちは既に通常とはズレた次元にいます」
電車はゆっくりと速度を落とし、やがて停止しました。車内は静まりかえり、先ほどまで眠っていたように見えた乗客たちの姿もありません。
「着きましたね」
小野はそっと立ち上がりました。
え? ここが……きさらぎ駅、ですか?
わたしも恐る恐る窓の外を見ます。そこには古びた木造の小さな駅舎がありました。駅名標には、歪んだ文字で『きさらぎ』と書かれています。
前後の駅は、『やみ駅』と『かたす駅』のようです。
「降りましょう、夕月さん」
小野さんに促され、カメラをしっかりと構え、電車を降りました。
ホームに足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気が肌を刺します。
さっきまで見えていた住宅街や商店はどこへやら、すっかり田舎の景色です。
でも、あれれ? きさらぎ駅は寂れた無人駅と聞いていたのですが、駅舎には気配がありますし、ホームに自販機もありますね。
「ほら、駅員さんがいますよ。切符を出して」
え、だからここって無人駅なんじゃ?
「最近は、利用客が増えてるので有人になりましたね。前より、少しは栄えているらしいですよ」
利用客が多い? はあ、栄えている?
改札にいたのは、どこにでもいるような、ごく普通の駅員のおじさんでした。疲れた表情で、何かの書類に目を通しています。
「すみません、切符をお願いします」
「え? ……ああ、間違えて来た方ではないようですね。ご案内は不要で?」
駅員さんから返って来たのは、乾いた声。古臭い改札鋏で、切符を切りながら話しかけてきます。
「ええ、大丈夫です。そうだ。この辺、美味しい名物とかあります?」
尋ねられた駅員さんは、ぽかんと不思議そうな顔をしましたが、やがて頷きました。
「一応、駅弁もあるので売店に寄ってみてはどうです?」
「ええ、そうします」
売店。
改札を抜けると駅の端に、小さなプレハブのような建物が。看板には手書きで『きさらぎ名物』と書かれていますが、その下の文字は掠れて読めません。
そこに嬉しそうに駆け寄る小野さん。
よほど、お腹が空かれているのだと思います。わたしも正直、小さくお腹が鳴っているのを誤魔化していたのでした。
売店の窓からは、温かそうなオレンジ色の光が漏れていました。
「すみません、名物をお願いします」
小野さんはメニューの名前がわからないまま、躊躇わずに注文されました。
店内からは明かりが漏れているのに、店員さんの顔が見えません。
「これですよ、名物の『迷い人汁』です」
「へえ、面白い名前ですね」
わたしはぎょっとしてしまいましたが、平然と小野さんは料金を払って、割り箸と共に受け取ります。
よそわれた汁からは、ほんのりと甘い味噌の匂いが漂ってきます。
かき混ぜると得体のしれない肉と、キノコや見慣れぬ野菜が入っていました。
「これは美味しいですね。夕月さん、僕がカメラを持ちましょうか」
迷いましたが、小野さんがおっしゃるので、一口、汁をズズッと啜りました。コクがあるのに臭みがない、脂が溶け出している甘みを感じます。
肉は少々、硬すぎる気もしますが、食べられなくもないです。噛むと野性味のある味わいがします。
野菜は妙に青臭かったですが、キノコは肉厚で大変ジューシー、名物しいたけの『どんこ』を使っていると言われました。
しかし、臭みはないのですが、これはなんのお肉なのでしょう?
「『迷い人』ですよ、滋養強壮に効きますからね」
……深く聞かないことにしましょう。
どこからか祭囃子と太鼓の音が聞こえてきました。楽しそうでよいところですね。
駅弁もあったのですが、「これはお土産にします」と小野さんは帰りに買ってかえるつもりのようです。
「思いの外、当たりのようでよかったです。最初は企画を通した馬鹿を、裁判にかけてやろうかと思いましたが」
はて、何の罪で裁判にかけるおつもりでしょうか。
祭囃子に耳を傾けながら、民家の見当たらない田んぼのあぜ道を歩きました。途中、片足のない老人に道を聞くと、本日のお宿を教えてくださいました。
道を聞いてから目を凝らすと、古びた木造建築のお宿がそこに現れます。
いえ、お宿というより、古民家という風情ですね。大きな梁に土間、木のぬくもりを感じつつ、囲炉裏を味わう暖かな雰囲気です。
伝統のざざんざ織の浴衣に身を包み、ゆったりと過ごすことができそうでした。
例によって、宿の方のお顔はよく見えませんが、些細なことでしょうね。
なんでも、最近は間違ってこられた方が宿泊できるよう、配慮で宿に改装されたそうです。
お食事は、駿河漆器で提供されました。お椀を開けてみると、ぶらっと湯気が。蒸らしてあったのは、タレが塗られた
「これはいたれり尽くせりだ」
上機嫌で小野さんが笑うと、宿の仲居さんの
「小野様に喜んでいただけて何よりです。……寿命が縮まる想いでした」
「はは、ご冗談が上手ですね」
上品なお漬物、舞茸の味噌汁、蒲焼き丼。アユの塩焼き。それに謎の佃煮がありました。
これはなんでしょう? 食べてみると、香ばしく小エビのような風味。若干、泥臭い気もしますが。
「ふふ、夕月さん、そういうの平気なんですね」
小野さんが優雅にほくそ笑みました。
え、わたしは今、何を食べているのですか!?
蒲焼き丼は、ほとんどウナギの味わいでした。タレが甘じょっぱくて、ふんわりとした米粒によく絡みます。これはおいしいっ!
え、というか、これウナギですよね?
「おや、気になりますか?」と仲居さんが、大きな壺を持ってきました。暗くてよく見えませんが、なにかがうねうね動いていて、囁き声が聞こえます。
……なんでしょうか、思わず壺に耳を傾けます。
「やめて」「やめて」「やめて」
――聞こえたのは子供の声。
ぞわっとしました。わたしは首を振って覗くのを止めると「カメラに映すと支障がありそうですので」と急いで断りました。
ゆっくりと時間は流れていき、何もないと言う贅沢を味わっているようでした。
星空の見える湯船で暖まってから、布団に入ると……夜通し流れる祭囃子の音が、どんどん遠ざかっていきます。
それに、耳を傾けているうちに自然と瞼が重たくなったのでした。
また、きさらぎ駅の魅力を紹介できると良いですね。
お送りしましたのは、案内人 小野 篁氏とカメラ兼リポーターの夕月 舞でした~♪