「ア……アア……!」
大男のあごが耳もとまで裂け、声なき叫びがこだまする。おれはとっさに判断を下した。やつは危険だ。もう
「リサ、足を狙え!」
太もものホルスターから、リサが慣れた手つきで
おれも右手に持っていたハンドキャノンで、大男の手を撃つ。ドカン! 丸太のような二の腕が、パンッと派手な血しぶきを上げて破裂し、やつの拳銃が床に転がった。
同時に、リサのマシンピストルが火を噴く。アイス・ブルーの瞳から、
パラララ! バースト
いや、それだけじゃない。銃創から黒い泥が噴き出したかと思うと、シュウシュウと煙を立てて傷を再生していく。欠損した腕にも、すでにいびつな切り株ができかかっている。
リサが悪態をつく。「くそっ、ゾンビかよ!」
「へっ、そうこなくっちゃな。ゾンビ
そう言うと、おれは左腕のサイバーアームを突き出した。上腕部がくの字に折れ、
「なあ、あんた。
「えっ?」とヒロコ。
「これが花火だ」
嵐のような三連射。大男の胴体が真っ二つに千切れ飛び、血と臓物のシャワーが壁という壁にぶちまけられた。
「うぎゃーっ!」
素っ頓狂な悲鳴を上げるヒロコを無視して、ゆっくりと大男に近づく。
やつの上半身がぴくぴく痙攣し、切断面で黒いヘドロが沸き立つ。残ったほうの腕が、銃を求めてのた打ちまわり、ラミネートの床に赤い
だが、もう傷口は再生しなかった。30秒待ってから、おれは言った。
「終わったか?」
リサのサイバーアイが赤く光り、生命反応を探った。「ああ、終わったよ」
おれはSWATシューズのつま先で、床の上の拳銃をひっくり返した。
やっぱり、あの
「ったく、余計な手間をかけさせやがって」
リサがマウンテン・パーカーの袖を引っ張り、尻尾についた血糊を拭き取った。
「にしても、なんだったんだこいつ。野良のサイバーサイコか?」
「さあな――」
おれは部屋中に飛び散った肉片のモザイクアートをながめ、鼻を鳴らした。「少なくとも、
だが、あの化け物じみた再生能力。ありゃ妙だ。重度のサイバーサイコでもないかぎり、説明がつかない。
ハイドラに
おれはてっきり、例のブラック・パッチの正体は、ヤバい違法ドラッグなんじゃないかと考えていた。どこかの秘密研究所で合成されたブツが、裏ルートで出回るなんてのはよくある話だ。
だが、それにしたって効き目が強すぎる。ただのドラッグに、なくした腕をもう一度生やすなんて芸当は不可能だ。
あの回復力は、
なにか知ってる可能性があるとしたら、同僚のヒロコか。
ヒロコは部屋のすみでうずくまり、レインボーの液体をゲーゲー吐いていた。お子さまには刺激が強すぎたらしい。
渋々ハンカチを貸してやると、おれのシェニール織の高級布でゲロをぬぐい、器用に鼻もかんだ。
「気分は落ち着いたか?」
パイプ椅子を取ってきて、背もたれを前にしてすわる。「ちょいとお話を聞きたいんだがね」
「ヒロコ、あんたには二つの選択肢がある」
おれはクロームの指を二本立ててみせた。「おれに知ってることを全部話すか、それとも、知ってることを洗いざらい全部話すかだ」
「それって、わたしに選択権ありませんよね!?」
「ちっちっちっ、この二つには大きな違いがあるぜ」
スーツの内ポケットから、
「こいつは通称、〝
塗装があちこち剥げ、
「ひいっ! そんなの絶対イヤ! なんでも喜んで話しますぅ!」
「いい子だ。まずは簡単な質問から始めよう――」
⌘
楽しい尋問の結果、わかったことがいくつかある。
あのでかぶつの名は
やつの
前職は
「最近、
おれがそう水を向けると、ヒロコはこんなことを言った。
「うーん。ナノマシンなら、この前の健康診断のときに注射したような……」
とはいえ、ほとんどの企業が
「そりゃ結構。その後、体調はなんともないか?」
「
おれが恵んでやったチョコバーを頬張りながら、ヒロコはそう答えた。なんとも緊張感のないやつだ。
さて、お次はどうするか。とりあえずブツは確保したものの、おれは依然として、この〝呪い事件〟の全体像をつかんでいない。これではマダムは満足しないだろう。
おれにはまだ、ニッキーという手札がある。彼女は
ニッキーは人間の数千倍もの嗅覚で、危険なプログラムの
ちょうどここには、ホットな死体が一つある。脳髄の奥に何ギガバイトもの秘密を溜め込んでいそうな、あの
おれがマイクの番号をダイヤルしようとしたとき、背後でリサの声がした。
「なあ、おっさん」
受付カウンターの上で足をぶらぶらさせながら、リサがあくび混じりにつぶやく。「なんかヘンだぜ、これ」
手に持っているのは、例のブラック・パッチだ。一つはジップロックに入れ、もう一つをポーカーチップのように指ではさんでいる。
「おい、そんなもん手でさわるな。ばっちいだろ」
リサはおれを無視して、ブラック・パッチを軽く振ってみせた。すると、おれのサイバー
「なにか入ってるのか?」
「へへん、そのとおり」
リサがぺたんこの胸を得意げに反らせた。「ふつうのパッチなら、こんな音は絶対しないだろ? 中身はせいぜい、薬液のパックと
天井の殺菌灯の光を浴びて、アイス・ブルーの瞳が妖しくきらめく。
「あたしの見たところ、こいつは
おれはブラック・パッチをひったくると、自分でもいじくってみた。企業のロゴが印字されていない、黒い無地のパッチ。それ以外の点では、ごくありふれたブツに見える。
だが、物事はつねに見かけどおりとは限らない。おれが
「よし、調べてみるだけの価値はありそうだな」
事務机の上にカッターナイフがあった。そいつを拾い上げ、ブラック・パッチの包み紙を切り裂く。
おれとリサはパッチをのぞき込み、同時に声を上げた。
「「なんだこりゃ」」
包み紙から飛び出したのは、どことなく毒虫を思わせる小さな
だが次の瞬間、チップはどろどろの油だまりに変わり、ジュッと音を立てて蒸発した。文字どおり、その場から
リサの言うとおりだ。こいつは賭けてもいいが、ドラッグなんかじゃない。
生身の脳にこびりついた記憶が、キャンプ・ペンドルトンの起床ラッパの音色とともに
情報部の連中が、これとよく似たチップを使っていた。特殊なポリマーでできた、隠密作戦用のナノデバイス。敵に発見されると、高分子の鎖がズタズタに切断され、ものの数秒で
くそ。この件にも、やつらが関わってるってのか?
とっくに失われたはずの左腕が、ずきりとうずく。そのとき、頭蓋のなかの