ニューロは神経、銀色の径。
⌘
街はネオンの光を浴びて、未来的なオフィスビルと古風な神社が並ぶ
だが、空は赤い。乾いた血のように赤い。
三年にわたる第四次企業戦争の結果、大量の汚染物質がバラまかれたせいだ。あれ以来、世界中の空が赤く染まった。死を思わせる赤い
ネオ・キョートではことさら、空がよく見える。この街に12階建て以上の高さのビルは一つもない。視界をさえぎる
だからおれの記憶のなかで、ネオ・キョートはいつも赤々と燃えている。こうして
不気味な空の赤。路上に滴り落ちる血の赤や、薔薇のように開いた傷口の赤。
そして忘れたころになって燃え上がり、全身の血を瞬く間に沸騰させる怒りと復讐の赤――
「なあ、おっさん」
ふり返ると、リサがふくれっ面でこっちを見ていた。
ド派手なメタリック・ゴールドの
「あたしの許可なしに、新しいハードウェアを入れるなって言ったよな? くそったれのサイコ野郎になりたいのか?」
ひどいきんきん声だ。とくに二日酔いの頭には。おれはサイバー
「ああ、これのことか?」
そう言って、新品のオモチャを見せてやる。いかにも興味がないってそぶりで。
でも、こいつはクールだ。右のサイバーハンドをひと振りすると、五本の指がフレンチ・ピストルに早変わりする。
「パリ出身の
銃身を回転させると、ベアリングがバターのようになめらかに動く。
「おまけに親指はダブル・バレル。つまり、装弾数は六発ある。
「
リサは吐き捨てるように言うと、細い腕から
リサは
今もライムグリーンのうろこが輝く尻尾が、ヘビのようにうねり、おれのクローム仕上げの足にからみつく。ご本人は気づいていない。リサがときどき、無意識にやる癖だった。
「なにか問題は見つかったか?」
「ない。ないけどな――」
リサはため息をつくと、顔を上げておれをきつくにらんだ。
「おっさん、はっきり言うぜ。アホなのか?」
そこでおれとの距離が近すぎることに気がつき、ぎごちなく離れる。ベッドの金具がきしみ、音を立てた。
「そっちの腕にはもう、あのくそみたいな
「どっちかと言うと、パーティーってとこだな」
リサの瞳の奥で赤いLEDがちらつく。危険な光がマルタ十字の形に焦点を結ぶ。
「おいおい、悪かったって」
おれはクロームの肩をすくめた。
「でも、こいつはきっと役に立つ。ちょっと見には、ただの
「そんな御託はどうでもいいんだよ」
リサは話をさえぎると、
「あんたの体にインストールするものは、
「わかったよ。くそ、母親の説教を思い出すぜ」
「ああ、そうさ。あたしはあんたのママなんだよ。おっぱいでも飲むか?」
リサがけらけら笑う。このガキめ。
まあ、リサがおれを本気で心配してるのはわかっている。おれの
おれはリサに叱られると、しばらくの間はおとなしくしている。趣味の
それでも三日かそこら、我慢できればいいほうだ。おれは遅かれ早かれクリニックに駆け込み、最新版のカタログをよこせと叫ぶだろう。
おれのような
テックの
だからおれは
おれが缶入りの
おれの脳の辺縁系のどこかで、マイクロチップがかすかな音を立てた。暗闇のなかを忍び寄り、デリンジャーの引き金をカチッと引くような音が。
サイバーアイがずきりと痛み、視界の端からグリーンの靄が
「おい、おっさん。聞いてんのか?」
リサの声が別人のように聞こえる。周波数が下がり、音の波形がピッツァの生地のように引き伸ばされていく。
「今夜――の――
コンバット・リンク。スピードウェアだ。
どうやら、自動的に戦闘モードへ入ったらしい。急加速していく時間のなかで、おれはそう思った。
そして、すべきことをした。サイバーアームの手のひらで、リサをベッドに突き飛ばす。きゃしゃな体にのしかかり、おれ自身の背中を
「お――い――っ!」
もう一方のサイバーハンドは、すでに予備動作に移っている。リールが巻かれ、人工
だれかが窓ガラスをぶち破って飛び込んできたのは、まさにその瞬間だった。
とっくに準備はできていた。0.5秒も前から。
五本の銃身がなめらかに回転する。おれの怒りに反応して、
バン! そして、静寂。
おれはしばらくの間、リサの上で荒い息をついていた。
サイバーアイの
襲撃者の体から、赤い
「おい、どけって。このアホっ!」
そして、赤く火照ったリサの耳もと――
リサがおれの体の下から這い出し、ストリートでもあまり上品とは言えない悪態をついた。濃密な血の臭いに気がつくと、ウルトラ・パープルの唇をゆがめる。
「ああ? なんだこいつ。どこから入ってきたんだ?」
「そこの窓からだ」
「へえ。まるで泥棒みたいだな」
「みたいだな、じゃねえ。正真正銘の泥棒さ」
この街じゃ、武装強盗はインフルエンザよりもありふれた現象だ。おれとリサは
見かけは男。年齢は40歳くらい。片手に弾の入った大型拳銃が握られている。ニュー・コルト製の結構いいやつ。
死体の青ざめた首の両側に、黒いパッチがくっついているのが見えた。皮膚のくぼみに貼りつけ、フェンタニルやアンフェタミンを皮下吸収する
パッチを剥がそうと手をのばした瞬間、死んだ男の体がぶるっと震えた。壊れたサイバーウェアが、空電かなにかをよこしたらしい。はずみで顔がこっちを向く。
両目のふちから、タールのような液体が盛り上がり、黒い涙みたいにあふれ出す。同時に鼻と口からも。
リサがあわてて死体から離れた。
「おえっ、気色
おまけにくさい。生肉が腐ったような、鼻をつく臭いだ。
あのドラッグ・パッチの
だが、こんな症状は記憶にない。人体のありとあらゆる穴から、黒い泥が噴き出すなんて。
男のジャケットを脱がせると、ケブラー繊維の高級ネクタイが目にとまった。ホログラムの文字で、〝
くそ、
厄介な相手だ。しかも、クサナギ。連中との間には因縁がある。血のつながりよりも濃い因縁が。
おれは表面上、クールを装いながら、
内蔵型の
おれが〈
おれが残酷だと思うか?
でも、それがこの街――ネオ・キョートの日常だ。