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プロローグ-Chapter6

 アダマントが回頭を中断し、小型のスラスターを使ってその場に留まった。

 数値を見ていたアカリにもその理由は分かっている。アダマントがアカリへ報告する。

「境界が消失しました」

「……見解はある?」

「Ladyの魔法の話を鵜呑みにしてしまうような、突飛なものなら」

「聞かせて」

「この空間は、四姉妹の真姫の引き合いという情報によってのみ空間が形成されている。ゆえに、この空間の動的振る舞いは全て、ある方向への前進に限定されている。」

「ナツ、アダマントの見解をどう見る?」

「うん。このNumerical Blackは、私たち真姫集結のための空間。こんな景色で、こんな旅になることは想定できてなかったけど、間違ってないと思う」

 また周囲は完全に数値を否定する黒に変わってしまった。いや、どうやら姉妹が再会するという方向性だけは残っているらしい。

「とにかく前進しか出来ることはない……。アダマント、同様の警戒態勢を維持しつつ亜高速航行による前進を提案するわ」

「承知しました。通常航行を開始。加速準備完了後亜光速航行に移ります。」

 アカリが視界に展開していたインターフェースを全て閉じ、目を瞑る。

 Activate Dive Sphere。

 モニターに文字が入力されると、アカリ自身と装甲、周辺の壁が青い脈を光らせた。

 目を開くとアカリは、球体の中にいた。

 球体には、戦闘機装甲の全方位の視界が映っている。

 アカリの脳内に直接送信される映像を球形の仮想空間に映し出す。アカリはこの球形仮想空間の中で、視界だけで居ることも出来るし、体と身体感覚を生成して、この空間を操縦席のように使う事もできた。

 そして今アカリは制服を着た状態で、この球形の真ん中に仁王立ちしている。

 周辺の景色は、戦闘機装甲が射出されるカタパルトに挟まれた状態で、窮屈そうな暗闇と鉄に覆われていた。

 アカリは腕を組んで、目をつぶり、情報の整理を始めた。


 春の名を冠する真姫。四姉妹の末の彼女は、長女の夏姫に強く関心がある。

 宇宙創生計画、春夏秋冬の真姫への協力要請に、春は強い反発を示したという。

 計画への参加に強制力は無かった。そんな中で夏が参加を受け入れた事に、強烈な衝撃を受けているように見えた。

 夏の参加は春にとって、参加を余儀なくされる事だったようだ。

 尊敬、依存、執着。

 姉妹の再会は十の二十乗から十の二十五乗年ぶりになる。春の私への感情がどのように落ち着き、どのように歪むのか、彼女の演算がどんな選択を取るのか、あまりの広い余地に想定が難しい、と夏姫は語った。

「どんな戦闘になるのか想定はあるの?」

「戦闘する環境も想定できないからね」

「武装は?」

「どの次元でも、情報子が最高到達点になってる。Numerical Blackに侵入できる時点で、その宇宙の人類技術は飽和・停滞してる。大した武装の差は無いと思うよ」

「臨機応変ってわけ。一番最悪な戦況ね」

「私たちはずっとそうしてきたでしょ」

「今回ばかりはやめてほしかったわ」


 突如、アカリの周囲にインターフェースが数十立ち上がっていく。それぞれの浮遊画面が、別画面と重なっている事を察知して上下または横へズレる。ソレが幾度も起こり、アカリの体270度周辺は、青い光の集合体になった。

 それらはアカリが変化が起こった際は自動で立ち上がるように設定していた画面達。アカリは目を開いてその一つ一つを確認していく。

「壁が迫ってきています。」

「そうとしか形容できないわね。光速を大きく超えたスピード。情報子反応。迫ってきているのは恐らく空間膨張ね」

「衝突まで20秒」

「航行停止。衝突に合わせて射出。」

「了解しました」

「ナツ」

「全然わからん! アカリの指示についていくよ」

 アカリの戦闘機装甲の背後で、ガキンガキンと何かが連結する音が鳴る。

 カタパルトの密閉空間の中で、巨大な機構が作動する重低音が等間隔の三箇所から鳴る。

 まるで山脈級の亀のような生物が足踏みをしているような鳴動に、カタパルト内でも大きく振動を感じる。

 するとそのうちに振動が消え、重低音は超巨大生物の呼吸のようなヒュウウゥという音と、鈴のような音が混じった唸りに変化する。

 その変化と同時に、カタパルト内と装甲が青い光脈を出現させ、ドクドクとエネルギーを循環させる。

 アカリの体内からも同様の呼吸音が響き始めた。必要なエネルギーが充填され、情報子炉が点火する。アカリの体内に格納された情報子炉は点火後、全く無限で瞬間的に膨大な量のエネルギーを生成する。

 カタパルトの奥の闇から、また誘導レーザーが渡され、戦闘機が射出される道を作る。

「カウント開始します。3……」

 戦闘機装甲に装備されたメインとサブを合わせた20を超えるスラスターにエネルギーが供給され、メインエンジンが点火する。

 臨界まで達したエンジンは白を超えるような眩さでブースターを光らせる。光速の99.9%を実現する威力を、ブースターの先に伸びるノズルが逃がす。

「2……」

 ブースターの周囲に情報子光の円環が現れ、可変ノズルの役割を担う。情報子の輪に押さえつけられるように、眩い光が青く変化し、ブースターの出力が安定する。

「1……射出」

 情報子の脈動と鉄塊に覆われていた球体映像が、突如として加速し背後へ消えていく。

 アカリは腕を組んだ仁王立ちのまま前方を睨むように見据えている。カタパルト内の薄闇が捉えることなどできないスピードで背後へ吹っ飛んでいく。形の変化しない誘導レーザーだけが、球体の下に潜り込む形を崩さない。

 開いているハッチの先に、カタパルト内の暗闇よりも全くの暗黒があった。

 ハッチの四角形を認識する間もなくそれは目の前に来ていた。

 アダマント先頭から45度上方に射出される。

 装甲前方のスラスターを点火し、メインエンジンの推進力を落としながら左方向へ折れ、アダマントの先頭より少し前方の左上に着く。

 球体内で、アカリがアダマントの方向を見る。射出される時、アカリはアダマントを視覚的に認識出来ることを想定していなかった。

 しかしアダマントは、その船体のほとんどを暗黒に隠しながら、下部に薄闇を受けていた。

 アカリは左下、光の発信源へ目を向けた。

「あれは、まさか……恒星?」

「恒星、とは言い難いでしょう。恐らく、とてつもなく強大な情報子エネルギーの塊です。」

「空間膨張の原因、だものね」

「恐らくこの空間は30億〜40億光年の直径を持っています。宇宙創生と同質の威力が、分散せず一箇所に留まっている。この空間に侵入後、あの情報子塊から10のマイナス7乗程の重力波を約15億光年先から感知し続けていますが、あれがどんな性質なのか、全く想定の出来ない数値です。」

「ナツ、アダマントがお手上げって感じよ。あれは、この空間はなんなの?」

 ナツが、アカリの背後から仮想空間に現れる。ふわふわと浮きながら、アカリの両肩に肘を乗せた。

「あれは、第五の爆発を起こす爆弾。起爆の鍵は、私たち四姉妹」

「……なるほど」

 あれが、10の10乗の115乗光年の旅の終着点。

 もしかしたら、帰れるかも知れない。

 誰かに私たちの旅を伝える事ができるのかも知れない。

 夏姫さえ環境を想定できないなら、そんな可能性もあるのではないかと、アカリはどこかで考えていた。

 あれが、第五の爆発を発動する装置。第五の爆発とは、あるいはもっと超常的な現象ではないかと思っていたが、やはりその名前の通りなのだ。

 アカリは、自分もアダマントも帰れない事を悟る。

 いつも通り、ナツとの会話を思考入力で伝達していたアカリは、アダマントへ声をかける。

「アダマント、私をフライトデッキに格納後、第五の爆弾にワープ航行で接近。爆弾への距離が100万〜300万光年の地点で停止、あなたからワープ加速をもらって、そこからは自分で行くわ」

「承知しました。ワープ航行計算を開始します。フライトデッキDのハッチを開放しました。」

 アカリがグルリと上下を反転させながら、アダマント下部へ移動していく。

「……いや、待って」

 ナツがアカリの肩を掴みながらそう言った。今までにない程、声色に緊迫感が混ざっている。

「停止は1億光年地点にして」

「アダマントの加速を受けても、爆弾まで相当な距離が残るけど」

「踏み込みすぎてる。私の姉妹に粉微塵にされちゃうかも」

「了解。アダマント」

「承知しました。そのように書き換えます」

 アカリは自分の両肩に置かれたナツの手を見た。全く感触は感じないが、小刻みな震えを、アカリは見た。

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