「ナツ、あなたとあなたの姉妹達は、この宇宙の創生に関わっている。そこについて、もう一度説明をお願いできるかしら」
カチャリ。
ナツのカップを置いたソーサーが鳴る。
「いいよ。時間はあるみたいだし、ゆっくりと話してあげるよ」
この宇宙創生以前の宇宙。それは現在の様相と、ほとんど同じと言っていいものだったらしい。
前宇宙の人類が、まだその星系以上の移動が不可能だった頃、その来訪者は現れた。
彼らはそれを「宇宙の意思」と名付ける。
それは前宇宙の人類に超常の技術を教え、星系の外、銀河の外への航行技術をもたらした。「宇宙の意思」が、外の惑星からの来訪者だったのか、現在のアカリたちにとっての夏姫のような存在だったのか、それは夏姫自身も分からないらしい。
アカリたちの宇宙が過ごした時間よりも、もっと膨大な時間の後、前宇宙の技術は、その宇宙の終わりを見定めた。
エントロピーの最大化、熱的死。
恒星が誕生したという報告が、一年の期間を経るごとに目に見えて減少していく。
夏姫をはじめとする四姉妹は、宇宙の意思の望みを遂行するプランの中心に据えられる。
前宇宙全ての文明、技術、エネルギーを結集し、宇宙創生の大爆発を起こす計画。そのために作られた四台の超巨大エネルギー発生装置、それらは「春夏秋冬の真姫」と名付けられた。
装置として自分がどんな姿だったのか、ナツは把握していない。
生まれた時より、ある宗派の巫女として姉妹とされる三人と共に育った。この計画に参加することを四姉妹で了承し、カプセルに入れられて意識を失ってから、もう記憶はないようだ。
「あなた達に発見された瞬間は……うーん。暗闇の中で何かがモゾモゾと動いてる……囁いてる? なんとも微妙な感覚の覚醒だったね。本当に、夢を見ているみたいな。その声が鮮明になって、応答をしているうちに、突然あなたたちに視界を与えられた。
そこからは、私は宇宙の意思とやらが与えた使命の通りに、この力を使ったよ」
「使命っていうのは?」
「前宇宙とこの宇宙の大きな違いは一つ、情報子の振る舞い。宇宙の意思、または私たちは、その差異が育まれるように創生の爆発をプログラムした。
あなたたちに情報子を発見させ、Numerical Blackへ到達させること、それが私の使命」
「数値の存在しない暗黒への到達は、なにを意味するの?」
「あの暗黒の中、10の10乗の115乗光年前進した先に、私たちは姉妹が出会う地点を作った。私たちはそこで、この宇宙を完全に終わりのないエネルギー空間にするための、五つ目の爆発を起こす。」
「……つまり、別次元の宇宙で、あと三つの探査船が、全く同じ推進力とタイミングで、たった今現在、Numerical Blackに突入しようとしているということ?」
「その認識で問題ないけど、少し違うね。あの暗黒は、時間をはじめ、あらゆる数値を持たないから。10の10乗の115乗光年という数値は、私たち姉妹が引き合うことで発生するものなの」
アカリは自分の右側空中に一枚のモニターを浮かせていて、思考入力でこれまでの情報をメモしながら、アダマントに確認させていた。
「アダマント、彼女の発言に変化はある?」
「全く無いですね。アカリから聞くLady Unrecognizedはとても人間味のある性格ですが、これらの情報を引き出す場合に限り、我々のような情報操作機構のようです。」
「……ふぅ。ねぇナツ、他に必要そうな情報はある?」
「私の可愛い三姉妹の話でもしようか」
「いや、大丈夫」
アダマントに乗船する前に、アカリはナツの三姉妹の話を聞いたことがある。それは全く年頃の女性達の話で、なんの足しにもならなかった。
アカリがカウンターへ向かって手を挙げた。マスターが気付いて、こちらへ向かってくる。マスターがアカリたちの中央について、お決まりですか? と聞いてきた。
「おかわりは?」
「もらおうかな」
「ブレンドのホット一つと、彼女がもう一杯」
「かしこまりました」
メガネの奥で、マスターの目がニッコリと細くなる。彼が席から離れると、アカリはナツの顔を真っ直ぐ見据えた。
「じゃあ、行きましょうか。あなたの姉妹に会いに、10の10乗の115乗光年の旅へ」
「きっと、アカリも私の姉妹たちを気にいるよ」
マスターがやってきて、ソーサーとカップをアカリの前に置く。ナツのカップを取って盆の上に置くと、1200ccのサーバーを手に取ってコポコポと落ち着いた所作で注いでいく。
「ごゆっくり」
ナツのおかわりをテーブルに置くと、彼はまたカウンターへエプロンを揺らしながら戻っていった。
そんなマスターを見送りながら、アカリが話す。
「アダマント、あなたも並びなさい」
アカリの左側空中に浮遊する白い手袋が現れた。アカリは手袋に水の入ったコップを手渡しながら聞いた。
「航行期間はどれぐらいになる?」
「さてどれほどでしょうか。少なくとも、人類の原点太陽系は消滅しているでしょう。」
「それは、途方もなく長そうだね。私は航行については手助けできないけど、大丈夫そうなの?」
「私はそのために作られた、情報子技術の結集、無限のワープ航行を可能にした探査船です。99%の成功率で、あなたたちを暗黒の先へお届けしましょう。」
アカリの口がキュッと愉快そうに歪む。
ナツがカップを手に取って、アカリへ声をかける。
「アカリは人間の時、どんな人だったんだろうね」
「どうでもいい」
言いながらアカリもソーサーからカップを持ち上げる。
「じゃあ、乾杯の音頭は?」
「うーん……こんな状況で気の利いたのって……難しいね」
アカリの問いに、ナツが口ごもる。浮遊する白手袋が、人差し指を動かして、コンコンと握ったコップを鳴らした。手袋自体から声が発される。
「人類史上存在しない、三様の立場を包む言葉は、私の知る限り存在しません。一人ずつ言っていくのはどうでしょうか?」
アカリとナツが目を見合わせる。ナツがニッコリと顔を明るくして、言った。
「姉妹の再会に」
「伝える希望のない観測に」
「お二人の幸せに」
三人はカップを近づけ、鈴の音を鳴らす。揺れる黒い水面を落ち着かせると、アカリはカップを口元へ持っていく。
スッと一口啜り、飲み込みながらカップを離すと、静かにため息を吐いた。