町の片隅に、古びた団子屋があった。年季の入った木の看板には、少し消えかかった文字で「ふじい団子」と書かれている。この店を営むのは藤井健一。もう何十年も、毎朝欠かさず団子を焼き続けてきた。
彼には、一つの約束があった。
子どものころ、親友の信也と一緒にこの団子屋で過ごした日々。二人は、焼きたての団子を頬張りながら、何度も笑い合った。
「なあ、健一。この団子の味、ずっと変わらないでいてくれよ。」
「当たり前だろ。俺が作るからな。」
だが、高校を卒業すると、信也は家の事情で遠くの町へ引っ越してしまった。
「いつか、またここで団子を食おうな。」
信也はそう言い残して去っていった。しかし、その「いつか」は訪れなかった。
それから何十年もの間、健一は変わらぬ味の団子を作り続けた。だが、時代が流れるにつれ、団子屋の客は減っていき、店は静かになった。
そんなある日、一人の若い女性が店を訪れた。どこか懐かしい顔つきの彼女は、ゆっくりとメニューを見渡し、言った。
「三本ください。」
健一は団子を焼きながら、ふと彼女の顔を見た。どこか、信也に似ている。
「……もしかして、信也の娘さんか?」
彼女は驚いたように目を丸くし、やがて小さく微笑んだ。
「はい。父から、この団子の話をよく聞かされていました。」
団子を手に取ると、彼女はそっと一口かじった。次の瞬間、目を見開き、そっと呟いた。
「この味……父が言っていた通り。」
健一の胸が、熱くなった。信也はもうこの世にはいない。それでも、彼の言葉と記憶は、こうして次の世代に受け継がれている。
「よかったら、また来なさい。お前のお父さんの分までな。」
彼女は涙ぐみながら、こくりと頷いた。
それから、店の前には少しずつ新しい客が増え始めた。町の人々が、懐かしさと共に団子の味を求めるようになったのだ。
そして、今日もまた、健一は団子を焼く。
遠い昔の約束を、静かに守り続けながら。