「あの、実戦的っていうのは……」
ルークが疑問を投げかけると黒い笑みで微笑むエイネシア。なにかを察したかのようにルークの頬をスーッと汗が滑り落ちる。
「ルーク、明日から僕の任務に同行し……」
「嫌ですッ!!!」
エイネシアが全部話し切る前にルークが話を切って断った。あまりの速さにエイネシアも目を点にして黙る。はぁ……っと、ため息をついた後、ルークは続けて口を開いた。
「エイネシアさんが普段受けてるクエストの難易度いくつでしたか?」
「んー、わかんないけど、Sランク以下は受けないなぁ」
相変わらずのエイネシアの能天気ぶりに、ルークも呆れ顔を浮かべて言葉をなくす。なんでルークがそんな顔しているのかすらわかっていないエイネシアは、なぜか笑顔で首を傾げる。
本来、クエストを受ける際には適正ランクというものが設定されており、条件を満たしていないものはそのクエストを受けることができなくなっている。これは、国がギルド等に所属する者をむやみに、死なせないために作った規則なのだ。
つまり、ルークが思っているのは、ギルドマスタークラスの人しか受けないようなランクのクエストにEランクのクエストすら受けたこともない自分をなんで連れていこうとするんだ!ということなのだ。
「あの、わかってるとは思うんですけど。僕Eランクのクエストも受けたことないんですよ?なのにいきなりSランク以上のクエストなんていけるわけないじゃないですか!」
エイネシアは、ようやくルークの言いたいことを理解したらしく、なるほど!と納得した。だが、しかし、理解した上でエイネシアは真剣な表情でルークの問いかけに答えた。
「ルークは、強くなりたいと言った。僕も強くすると言った。だが、君は少し”強くなる”ということを舐めているのではないのかい?」
そう言い、真剣な表情で真っ直ぐにルークを見るエイネシアの雰囲気と迫力にルークは圧倒されて、言葉が出ない。
「君が欲している強さとは、自分の為とはいえ少なからず誰かを守るための力なのだろう?その方向性で言えば、僕の求めた強さに近いと思う。だから、手伝おうとも思える。だけど、君は魔法が使えないんだ。他と同じ努力で掴める強さなんてたかが知れているということを肝に銘じなさい」
その言葉の意味と重みは、今のルークにはまだ理解は出来ない。だが、二つだけわかることがある。それは、エイネシアが本気で師匠をしてくれているということと、その師匠の言葉を大切にしなければいけないということだ。
ルークは、真剣に話すエイネシアに応えるかのよう静かに頷いた。
「よし!それでいい!」
そういうとエイネシアはいつもの笑顔で微笑んだ。
「心配はしなくていい、僕が全力でルークを守るよ。だからルークは全力で色んなことを吸収していきなさい。その経験は君の大きな糧となるはずだからさ」
エイネシアがどのくらい先まで見据えてるのかは、検討もつかない。だが、ルークはエイネシアの言葉が自分の進むべき道をはっきりと示してくれたように感じたのだった。
「六年だ。六年で君を出来るだけ鍛え上げる」
「なんで六年なんですか?」
ルークはエイネシアが提示した六年という具体的な期間に疑問を感じ、問いかけた。どの修行でもそうだが、期間と目指すべき位置を決めるのは基本中の基本だ。じゃないと、いくら修行をしてもあやふやな目標では成果が出にくい、そのため期間と目標を決めるのが基本とされている。
「ルークは9歳だろう?なら、六年後には15歳だ。六年の修行の後、君には王立アストレア学園の入学試験を受けてもらう。受かるだけの実力と知識は僕がミッチリ仕込んであげるから心配はいらないよ?」
「はいーッ?!」
満面の笑みを浮かべるエイネシアとは逆に、ルークは思わず声を裏返しながら驚いた。エイネシアのその提案にルークが驚くのも無理はない。エイネシアが口にした、王立アストレア学園は、アストレア国王が個人的に資金を出して首都ヘンデルに建てた学園で、先生も名の知れた人たちが集められておりアストレア国内では最先端の術を学ぶことが出来るのだ。
しかし、もちろん誰でも構わず入園できるわけではない。毎年入学できるのは600名のみ。毎年変わる試験で、厳正に審査し、入学する資格があると判断された者のみが入学を許される。毎年凄まじい数の入学希望者がその狭き門をくぐるために、厳しい修行と勉強を重ね、首都ヘンデルに集まるのだ。
誰もが憧れるようなその学園に、右も左もわからない子供をたった六年でエイネシアは入学させると言っているのだから、それは誰もが驚くことだろう。
ましてや、そんなこと出来るわけないと思うのも必然である。そんなことが出来るなら誰も苦労はしないし、エイネシアの言葉を借りていうなれば、六年でズブの素人を鍛えて入学させるなんてことは、舐めているとしか言えないだろう。
だが、そう言い放つエイネシアは何の迷いも心配もしていないようにルークは感じた。まるで、エイネシアはルークが入学するのは必然と確信を得ているかのように。
「大丈夫だって!僕もあそこの卒業生だしさ!」
その言葉に更にルークは驚いた。エイネシアが相当強いのはわかってはいたが、まさか王立アストレア学園の卒業生だとは思っていなかった。
王立アストレア学園を卒業したものはエリート中のエリートとして、軍や各関連組織への就職が容易とされているため、好んで安定した職につく者が多い。そのため、ギルドを運営しているエイネシアが王立アストレア学園の卒業生とは思わなかったのだ。
実際に、ギルドマスターをしている人の中に有名な学び舎を出ている者は少なく、独学や野良で活動して名を馳せていた者が多い。
「エイネシアさん、あそこの卒業生だったなんて凄いですね!卒業時のランキングって何位だったんですか??」
王立アストレア学園では、ランカー制度を取り入れており、生徒の実力等をランキングで現しているのだ。そうすることによって、卒業後に組織側がランキングの順位を参考に選別することが出来るからだ。
あくまで、一判断基準に過ぎないが、軍や防衛自治団といった戦闘が考えられる団体では、実力があり即戦力となりうる者が好まれるため、こういったランカー制度が役に立つのだ。
もちろん、このランカー制度は生徒にとってもメリットがある。単純に上位にいけばいくほど、職を選ぶ幅も広がる。そして、月初めにはランキングに応じた報酬金が配布される。つまり、クエストを受けたりして生活費や学費を稼がなくても、ランキング上位になればそれだけで学費も免除され、また生活費も賄えるというわけだ。
このランカー制度を取り入れている学校も多く、アストレア国内ではメジャーな制度ともいえる。
「ふふん、何位だと思う?」
不適な笑みを浮かべルークに問いかけるエイネシア。その様子から、よほど自信があると見たルークは、んーっと少し考えたあと口を開いた。
「80位……ぐらいですか??」
それを聞いたエイネシアは、大きな声で笑った。
「あははははッ!そうかそうか!君から見て、僕は80位ぐらいに見えるか!僕もまだまだ頑張らないとだな」
エイネシアはそう言い立ち上がるとグッと背伸びをする。
「さて、僕は先にお風呂もらうとするよ」
「あの!実際のところ、何位だったんですか??」
浴室に向かおうとするエイネシアにルークは咄嗟に問い掛ける。すると、エイネシアは微笑みながら振り返りルークの問い掛けに答えた。