「そういや、ルークは独学でどんなことをやっているの?」
「え、基本的には筋トレとランニング、素振りですかね?体術は本読んだりして型を真似してみたりはしてますけど……」
エイネシアは、それを聞くと特に何かを言うわけでもなく、そうなんだぁと一言だけ呟いた。その反応にルークは抱いていた疑問をエイネシアに投げかける。
「だって、エイネシアさんは僕を弟子にしてからこれといって修行らしい修行してくれてないじゃないですか。僕は早く強くなりたいのに、教えてもらえないなら独学でやるしかないじゃないですか」
静かに紅茶を飲みながら、ルークの言い分を聞くとエイネシアは口を開いた。
「具体的に言ってないだけで別に修行させてないわけじゃないよ。ただ、僕がルークにさせたい修行は今の体だと恐らく耐え切れない。だから、まずは体をしっかり作るように家事とかをやってもらってたんだ」
その言葉はルークには理解が出来なかった。ルークからすればただの家事。体を作ることと家事をすることは全く別のことで繋がりはしない。エイネシアの言っていることがわからない為、ルークは再び疑問を投げかける。
「あの、家事と体を作ることとどう関わってくるんですか?僕にはよくわからないんですが」
紅茶を一口飲み、ふーっと息を軽く吐くと口角を少し上げエイネシアは小さく笑った。そして、紅茶が入っているコップを少し持ち上げるとルークに問いかけた。
「ルーク、さぁ僕は今なにをしている?」
「コップを持ち上げてます」
「そう、コップを持ち上げている。武術や剣術も全てこれと同じってことにまずは気づかないと駄目だ」
エイネシアのその言葉を聞いても全く意味のわからないルークの頭には、疑問しか浮かばない。その様子を見て、エイネシアは少し、ふふっと笑うと言葉を繋げた。
「いいかいルーク。このコップは云わば武器だ。武器を扱うのに必要なのは、武器本体と使う知識。それを扱うための力だ。僕の行動に当てはめるなら、武器はコップ、知識は持ち上げる等の行動、力は持ち上げた腕力だ。ここまではわかるかな?」
ここまでの話は理解できているようでルークは、縦に頷いた。
「よし。ここからがわかってほしいところだ。武器と知識に関しては正直なくてもどうにかなる。だけど、大元となる力に関しては武器の有無に関係なく絶対的に必要だ。ましてや、魔力による補助が叶わない君の場合は特にね。だからといって、筋トレで得られる筋力は実践じゃ使い物にならない、ただの見せ掛けだ。見た目が大きければ力が強いなんて考えは古臭い考えだよ。今君に必要なのは実戦で使える筋力。それを養うための日常生活さ。君は気づいてたかい?この家にあるもの全てが僕の魔法で日に日に重くなっていってたことを」
その言葉にルークは目を丸くして驚いた。ただの日常生活と思って過ごしてきてたルークは、エイネシアの考えの上で上手く動かされ、また自主的にやってなくても、ちゃんと修行をつけてもらえてたという事実があったからだ。
だが、日に日に重くなっていってたというエイネシアの言葉にルークは疑問をぬぐえないでいると、考えを見透かすようにエイネシアはニヤッと笑うと、紅茶を一気に飲み干し空になったコップを床に落とした。すると、次の瞬間、大きな音と共にコップは床の木材をへし折りめり込んだ。ルークはそれをみて、直感的にエイネシアの言葉の意味を理解する。本当に家にあるもの全てが重くなっているのだと。
「これでちょっとは信じたかな?ちなみにこれが本来の重さだよ」
エイネシアは手を水平に振り切り、家全体にかけてあった魔法を解除すると、先ほど床に落としたコップを拾いルークに差し出した。そのコップを受け取るとルークは思わず言葉を失う。
「どうだい?重さを感じないだろ?今まで何キロもあったコップが今じゃたかが数グラム。感覚としては天と地だよね。筋トレで得られる筋力と実際に生活や戦闘で身に付ける筋力とじゃ、柔軟性や質も違うんだよ。筋トレが悪いと言ってるわけじゃない、ただ実戦で使うには柔軟性のある自然と身に付けた筋力がベースにある方が色々と融通が効きやすいんだ」
コップを持った感じ、エイネシアの言うように重さがほとんど感じられない。しばらくは感覚が狂ってるから、違和感を感じるだろうが本来の感覚に戻すのにはそう苦労はしないだろう。エイネシアは、んーっと少しの時間何かを考えると口を開いた。
「よし、決めた!もうステップアップしても大丈夫だと思うから明日からは実戦的経験を積んでいこうか!」
その言葉にルークは、一瞬嬉しい気持ちが心を満たしたが、実戦的経験という言葉から、すぐに気持ちは疑問へと切り替わった。