「おお、おはよ!動けるようになったね!まぁ適当に腰かけてよ」
外から、あの時の女性が入ってくるとそういいキッチンの方へと向かった。その女性以外いる雰囲気がないあたり、恐らく一人で暮らしているのだろう。
少年は、言われた通り椅子に腰掛け辺りを見渡す。しばらくすると女性は、木の皮で作られた小さな籠へ均等に切られたバケットをいれ、もう片方の手には温められたミルクの入ったコップを2つ持ち、机の上に並べると少年の前の椅子に腰掛けた。
「まぁ軽く食べながら話をしようか、僕もうお腹がぺこぺこでさ」
そう笑いながら、女性はバケットを1つ籠から取り、一口食べると会話を続けた。
「えっと、まずは自己紹介しよっか。僕はエイネシア・フランベル、19歳。一応これでも、とあるギルドで団長してます。君は?」
「僕は……、ルーク。9歳です。貧困街で暮らしていました……」
ルークの言葉にエイネシアは、目を丸くした。貧困街、通称スラム街と呼ばれるその場所では、犯罪者や職を失くしたり虐げられた人たちが多く住み着いているため、ルークのような子供が住むには適していないのだ。そんなところに住んでいたと聞き、エイネシアは耳を疑った。
「貧困街かぁ……。あ、ところでルークはどうしてあの森の中にいたんだい?記憶では確かあの森は立ち入り禁止区域になっていたはずだけど」
「僕は、この髪と魔力がないせいで、親にも捨てられずっと周りから”呪われた子”として虐げられてきました。今は死んじゃっていないけどここまで育ててくれたおじいちゃんのためにも、僕は強くなって誰かの力になりたい……、呪われた子じゃないってことを証明したくて、魔物を倒して強くなれば認めてもらえると思って森に入りました……」
そう話すルークの目は、どこか虚ろな目をしていた。エイネシアはそのルークの目からどのような生活をしてどうのように生きてきたのかを感じ取る。それはとても冷たく悲しいものだ。おじいさんに育ててもらったことがあるとはいえ、親の愛情もまともに受け取れず、親というものを知らずに孤独に生きてきた。そんなルークを思うとエイネシアは心が痛くなった。
ルークが強くなりたい、誰かの力になりたいと思った結果、その体に無数の怪我をした。下手をすれば命が亡くなっていてもおかしくなかった。ルークの行動は無謀なことだったことには違いはない。しかし、ルークの気持ちを考えればそんな理不尽はとても辛いものだ。少しの間、二人は沈黙をした。その沈黙を破ったのは、ルークだった。
「あの、あまり覚えてないんですけど、僕を助けて治療してくれたのはエイネシアさんですか?」
「え、うん。そうだよ?」
その言葉にルークは、森の中で光に包まれたあと光の中で見た人影はエイネシアだということを確信した。
「どうして助けてくれたんですか?今まで僕を助けようとしてくれた人なんて、おじいちゃん以外いませんでした……。僕が気味悪くないんですか……?」
ルークのその言葉にエイネシアは少し上を向き、んーっと考えた。
「人を助けるのに理由なんているのかな?確かに黒髪は不吉の象徴とも言われてるし、魔力がなくて呪われた子なんて呼ばれてるのかもしれない。でも、僕からすればそれら全てはどうでもいい事だし、僕がルークを助けない理由にはならないかな?」
一通り考えたあとに発しられたエイネシアのその言葉にルークは思わず言葉をなくした。確かに人を助けるのに理由はいらないのかもしれない。しかし、今までの生きてきた環境や状況からしてルークにとっては、エイネシアのその言葉はとても温かいものだった。
ルークは、自然と流れ出た涙を拭うと小さく“ありがとう“と呟いた。何事もなかったようにエイネシアは一口ミルクを飲むと、なにかを思いついたように手を合わせる。
「ルーク、君は強くなりたいんだよね?!君さえよければ僕の弟子にならないかい?」
「え?!」
エイネシアの提案にルークは驚き思わず、コップを持ち上げたまま固まる。ルークにとっては願ってもいないことだが、エイネシアがルークを弟子に取る理由が全くない。なんなら、エイネシアはギルドの団長を務めるほどの実力。エイネシアの弟子になりたい人は、たくさんいるはずなのに、わざわざエイネシアがルークを弟子に誘う理由はないはずなのだ。
ギルドを立ち上げる場合、一定以上の条件を満たし、なおかつそれを書面で国に申請し、受理された場合のみ、運営することを許される。また許可を受けずに運営しているギルドは、闇ギルドと呼ばれ、摘発対象とされている。
ギルドを立ち上げる際に必要とされる一定の条件はおおまかに全部で5つある。
一、ギルドに在籍するメンバーが10名以上であること。
二、ギルドを運営する際、ギルドマスター1名、サブマスター1名がいること。
三、ギルドマスターは国よりAランク以上の認定をされていること。なお、ギルドメンバーが100名以上在籍する場合、ギルドマスターはSランク以上の認定をされていること。
四、ギルドを運営するにあたり、依頼達成報酬の一割を国に収めること。
五、国からの依頼があった場合、速やかにそれを遂行すること。
これらの条件を遵守することが最低条件である。また、項目の中に含まれているランクは、定期的に国で行われている試験を受けることで振り分けられる。ランクには、E、D、C、B、A、S、SS、SSSと順番にあり、SSSが最高ランクとなる。このランク付けは魔物にも振り分けられており、同じようにSSSランクに近づくにつれ、危険度が上がっていく。
このことから、エイネシアは少なくとも、ランクAに達していることになる。ルークたちがいるこの国アストレアでは、現在Aランク以上の者は1000人に満たない。アストレアでは、現在人口が約2億人いる。その中で1000人に満たない程度の人しかAランク以上につけていないことから、エイネシアの凄さが伺える。だから、そんなエイネシアの弟子になりたいと思う人がいてもおかしくないのだ。ギルドに参加するものは、そこのギルドマスターの弟子になりたくて入ったものも少なくないと聞く。
「ほんとに僕を弟子にしてくれるんです…か……?」
嬉しさのあまり、まだ手の振るえが収まらないルークはコップを机に置き、膝の上でグッと握り拳をつくり、エイネシアに強い視線を向ける。
「うん、もちろん!そろそろ本気で弟子取ろうと思ってたし、ルークは昔の僕を見ているようでほっとけないしね!」
そういうとエイネシアは、二カッと笑ってみせる。その微笑とエイネシアの気遣いにルークは救われた気がした。ルークは、自分を弟子にしてくれたエイネシアに感謝すると共に、必ず強くなると心の中で誓う。
エイネシアとの出会い、それはルークの人生を大きく変えた出来事であった。