天暦732年4月初頭。沢山の人と行商人が行き交い、いたるところで商いが開かれ賑わいを見せるのは六大国の一つ、アストレア王国、首都ヘンデル。
ここに設立されている王立アストレア学園では、現在入試の試験が行われていた。
「ハァ…ハァ…ハァ……。次から次へと流石に堪えるわ、これ」
「はぁ…はぁ…、だね……。私もちょっとしんどい……」
木々が生い茂った森の中、辺りは静まり返り小さな陽射しが木々の隙間から差し込む大木に腰掛ける男女の二人組の姿がそこにあった。
一人は、癖っ毛のある赤髪で薄い青の瞳。少し気だるげな目つきに整った顔立ちで身長も高く長剣を持った少年。もう一人は、サラッとした茶髪のロングヘアーと瞳。出るとこ出て引き締まった小柄な体格に優しそうな目をした少女。
「ルークってやつ、自分がリーダーやるって言っておきながら速攻で居なくなったけど、どこ行ったんだ?まさか逃げたりしてないよな?」
「ふぅ、流石にそれは無いと思うけど……。たぶん私達の中だと彼が一番強そうな雰囲気漂わせてたし」
「そうか?俺にはそうは見えなかったけどなぁ。他のやつは今にも戦いたくて疼いてるって感じで闘志が溢れ出てたけど、あいつからは何も感じなかったし」
「だからだよ。普通は多少なりとも殺気立ったり、不安や焦りだったり何かしらの感情が溢れ出るものなのに、彼からは何も感じなかった。怖いぐらいに…ね」
「ふーん。そんなリーダー様は一体どこで何してるんだろうな」
――遡ること数時間前。
アストレア王国、首都ヘンデル正門前。
「ここに来るのも2年ぶりか。たった2年でここまで……、流石は我が王国ってとこか」
闇を思わせるような黒い髪、深い青色の瞳。身長が高く腰には柄頭に王冠のマークが入った長剣を携えた少年とフードを被り背中に獅子のマークが入った黒いマントで姿を覆った人の姿がそこにあった。
「ルーク様、私はこれで……」
「ああ、ありがとう」
ルークと呼ばれた少年を残し、もう一人はその場を後にした。
「さて、いくか。入試受かるかなぁ」
ルークは正門を抜け街に入る。街は大きな壁に囲われており、更に中央には城壁に囲われた城がある。街の四方にはそれぞれ門があり、正門とされる門は南門で、西門側にはアストレア学園、東側には冒険者が多く集い活動しているアストレアギルド本部が存在している。
ギルドの周辺には、商店や宿屋など商業施設が密集しており、正門周辺は行商人などによる露店市場が展開され、賑わいを見せていた。
学園周辺は様々な訓練施設や学習棟が立ち並んでおり、城同様に敷地は壁に覆われており関係者以外の立ち入りが禁じられている。北門は厳重に管理され衛兵が多く常駐しており、その周辺には騎士団の施設や貴族が多く住んでいるそうだ。
ルークが学園に向かって歩いていると背中に大剣を携えたガタイのいい大男とぶつかった。
「いってぇッ!お前どこみて歩いてんだ!詫びいれろや!!」
「おい、ガキ。気味の悪い髪色しやがって、兄貴は今機嫌がわりぃんだ。その腰の剣で許してやるから置いてけよ」
大剣を持った大男と、大男と一緒に歩いていた短剣を身に着けた細身の男がルークに絡んできた。ルークは冷静に二人の身なりをみると、小さくため息をつく。
この世界では黒髪は不吉の象徴とされ、忌み嫌われ蔑称として呪われた者などと呼び、蔑まれることが多い。
「はぁ…、今のは明らかにお前の方がぶつかってきたんだろ。こんなガキ相手に絡んでないで仕事しろ」
そう言い残しルークが立ち去ろうとする。
「てめぇ!呪われた分際で調子乗ってんじゃねーぞッ!!」
大男はルークのその態度に怒り、ルークに向かって大剣を抜き大きく振りかぶる。しかし、ほんの一瞬のことだった。別になにかをしたわけではない、だが次の瞬間その大男と細身の男は意識を失いその場に倒れこんだ。
「お前らみたいなゴロツキは腐るほどスラムにいた。まぁ少なくともあいつらは、絡む相手ぐらいは考えてたがな」
横目で倒れた男たちをみて、そう呟くとルークは何事もなかったかのように立ち去る。その後、一連の流れを見ていた一般市民からの通報で倒れた二人は衛兵に連行されていった。
「流石に治安は以前と比べて悪くなってるか……?まぁ、そこまでの余裕はまだないか。お?あれかな」
しばらく歩くと、いくつもの大きな建物が防壁の上に見えている場所にたどり着いた。志願者と思われる少年少女たちが入り口で列を作り、次々と教員と思われる男性と会話した後、中へと入っていく。その様子を見てルークもその列に並び、順番を待つ。
教員は手に持った志願者リストと思われる資料を見ながら志願者をチェックして、中へと案内しているようだ。
王立アストレア学園、ここは世界的に見ても屈指の先進校。国内から毎年とんでもない入学希望者が集まるが、いちいち全員は見ていられない。だから、2つの篩にかけられる。
まず一つ目は、Aランク以上の者2人からの推薦もしくは5名以上の大人からの推薦うち1名はアストレア学園の卒業生であること。
そして2つ目、事前に筆記試験があり、カンニングや助言を受けたり出来なくする特殊な紙で作られたテストが送られてきて、答案が終わると紙は燃えて無くなり評価が学園側に伝わる。そのテストで一定水準の成績を収めたもの。
その2つの条件をクリアすると、改めて受験資格があるかの通知が届くというわけだ。
皆が案内されていく様子を見ているとルークの番がやってきた。
「本年度の入試志願者でいいかな?名前と出身を言ってくれ」
「名前はルーク。出身はエルーラ」
「ほう、エルーラか。天剣の魔女がいた町だな、それは楽しみだ。この道をまっすぐ進んで大きな闘技ホールがあるから中に入って両サイドにある階段から上がって観客席についてくれ」
ルークは、軽くお辞儀をすると言われた通り闘技ホールへと向かう。防壁の中は一つの街のようになっておりそこら中に志願者を歓迎する垂れ幕や装飾が施されている。
志願者と思われる人がたくさん歩いている中、制服をきた在学生も普通に歩いているのが見えた。
(流石は名門……、全員並みの冒険者と遜色ないぐらい強いな……)
すれ違う生徒の立ち姿、動きや挙動、身に着けてる装備を見ながらルークはレベルの高さに関心を深めつつ足を進める。少し歩いた頃、大きく開けた場所に出て、そこには半球状の建物があり次々と志願者たちが入っていく。
ルークもその後を追うように中に入り階段を上った先の扉を開けて中へと入る。そこには、中央の闘技場を囲うように沢山の席が段差をつけながら設置されており、既に沢山の人が席についていた。数でいえば既に1000人は超えているだろう。
「へぇ、屋内闘技場か」
適当に空いてる席を見つけ、ルークも席に着く。
それから程なくして、照明が消え闘技場の中央だけが照らされ一人の老人が姿を見せる。次の瞬間、闘技場全体に強い寒気が走り、観客席に座っていた志願者がバタバタと気を失った。