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八話


「はぁ、はぁ……っ」


全身が汗でぐっしょりだった。呼吸も荒い。心臓がうるさいくらいに鳴ってる。


あの“夢”——いや、“記憶”。


どうして、あんなにも鮮明に蘇ったんだろう。


……違う。


忘れていたんじゃない。

思い出さないように、ずっと……心の奥に蓋をしていただけだったんだ。




でも——




あれは本当に霊なのか?


姿も声も、これまで出会ってきた霊とはまるで違ってた。

何重にも重なった低い声。血の涙。意思疎通なんて、できる気がしなかった。


——迦夜……。


美琴は、あれと祓おうとしてるのか?


……無理だ。


あんなのを祓える未来なんて、まるで想像できなかった。


美琴が「一人では祓えない」って言ってたけど……それも当然だって、夢が教えてきた。


僕も——戦えるようにならなきゃいけない。




──




次の日の朝。


目覚ましが鳴る前に、僕は目を覚ました。


夢の中の迦夜が、頭から離れない。


その異質な姿。狂気の笑い声。そして、母さんを襲った“あの光景”。


「………。」


もう、守られてばかりじゃいられない。


布団を跳ね飛ばして立ち上がると、制服に着替えながら心を決めた。




《僕も、強くなる》




幽界の力——“霊眼術”を使っても、前みたいにぐったりすることは減ってきた。


霊の記憶に触れたら流石に消耗するけど、術を発動するだけなら、美琴が言ってた10分はもう普通に超えられるようになっている。


だけど、それじゃ足りない。


“見る”だけじゃ、美琴を守る力にはならない。




僕は学校に行く前、誰もいない林へと足を運んだ。


そのまま荷物を木の根元に置き、深く息を吸い込む。




「……幽界の加護を此処に集めよ。我が祈りにて我を守り給え——」




小さく詠唱し、イメージを重ねていく。


青い霊気が膜となって張り巡らされる様子を、頭の中でしっかり描いて——




「幽護ノ帳(ゆうごのとばり)!!」




パァンッ!


目の前に、青く光る半透明の結界が展開された。


(よし……ちゃんと出せた。)




実はずっと、こっそり練習してたんだ。


日常の中で、美琴の詠唱を耳にしては脳内で再生して覚えて——

廃工場の時点で、実はもう結界の術はだいたい体に染みついてた。




でも、僕は支えたい。


ただの足手まといじゃなくて、美琴と“並んで”戦えるようになりたい。




だから——




「星燦の礫!!」




ビッ!


青白い光の弾が、手のひらから飛び出した。


放った光弾が、展開した結界へと一直線にぶつかる。


バンッ!!


結界が僅かに押された。


(……ちゃんと威力は上がってる)




もう一度、力を込めて構える。


手にした勾玉が赤く輝き始め、僕の霊気を包み込むように共鳴する。


赤と青が混ざり合い、空気がピリピリと震える。




「星燦の礫!!」




ドンッ!!!


今度はさっきよりも大きな音を立てて、結界が押される。


そして表面は大きく波打っていた。


手のひらがジンと熱い。


でも、心の中は冷静だった。


(……よし。前よりも、確実に力はついてる)




授業のチャイムが鳴るギリギリまで、僕は一人で特訓を続けた。




全部は——




美琴を、支える為に。



──数日後の夜、美琴から一通のメールが届いていた。


《悠斗君、次の休みの日、琴乃姉さんに会いに行きます。一緒に来ますよね??》


次の休みの日……今は水曜日。だから、三日後の土曜日だ。


《わかった。もちろん一緒に行くよ。》


そう返信すると、すぐに返事が届いた。


《ありがとうございます!楽しみにしてます!おやすみなさい!》


その文字を見た瞬間、不思議と胸があたたかくなった。


たった数行のやり取りなのに、心がふっと軽くなる。

気づけば、僕は自然と微笑んでいた。


――あぁ。

僕は、美琴のことが……好きなんだ。


はっきりと、そう自覚した。


いつからだっただろう?


廃病院。

風鳴トンネル。

温泉郷――

できれば思い出したくない、廃工場。


明確に「恋」だと気づいたのは、たぶん……廃工場だ。


無茶をした僕に、彼女は真剣な顔で怒ってくれた。


「無茶しすぎです!!」


そう言いながらも、血に濡れた僕を、何のためらいもなく抱き締めてくれた。


恐怖の中で、あの温もりは確かに僕を救った。

あの瞬間――心が決まった気がした。


たぶん、本当はもっと前から。

初めて出会った時、桜翁のもとで彼女を見たときから、僕の心は動いていたんだ。


あの儚くて、どこか寂しげな少女。

でも、その目はまっすぐで、綺麗で。

今でも、あの瞬間の光景が脳裏に焼き付いている。


日常の中で、美琴と話しているだけで、心が温かくなる。

ふとした瞬間の笑顔や横顔に、胸が高鳴る。


……そのすべてが、心地いい。


そうか。

僕は、美琴のことが本当に、好きなんだ。


彼女が“姉”と慕う人に会うなら、ちゃんと挨拶しなきゃ。

失礼のないように、今のうちに練習でもしておこうかな。


鏡に向かって「初めまして、悠斗です」なんて、こっそり呟いてみたりして。


「……ははは。」


我ながら、ちょっとらしくないかもしれない。

でも、そんな自分すら――今は、少し楽しいと思える。


《うん。僕も楽しみにしてる。おやすみ》


そう返したメールの文字を見つめながら、僕は心の奥で、ひとつの決意を固める。


彼女のことが、こんなにも大切なんだ。


だからこそ――


僕は、必ず彼女を守れるようになる。

そう、心の底から、強く誓った。






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