病室を出た僕たちは、放課後に美琴が言っていたことを思い出した。
「そういえば美琴……放課後、故郷へ行って調べてきたって言ってなかった?」
「あっ……」
美琴が小さく声を漏らす。
そういえば、僕がわりと強引に手を引っ張って商店街へ行ったせいで、その話はそのままになってしまっていた。
「私まで少し忘れてしまっていました……悠斗君のこと、言えませんね。」
美琴が恥ずかしそうに顔を赤く染めつつも、くすっと微笑む。
「はは、今日はいろいろあったからね。」
本当に、いろいろなことがあった。
母さんと美琴に接点があったこと。
美琴に母さんの面影を感じていた理由――それは単なる偶然じゃなくて、美琴自身が母さんの影響を受けていたからだった。
最初はただの思い込みだと思っていた。
けれど、今は……僕たちが出会ったのは、必然だったんじゃないか。
そんな気がしてならない。
「私も、悠斗君の家系にどこから『古の巫女』の血が入ったのか気になっていたので、調べていたんですけど……ひとつだけ、違和感のあるところを見つけたんです。」
美琴の表情が引き締まる。
「違和感?」
僕が尋ねると、美琴は少し間を置いてから、慎重に言葉を選ぶように続けた。
「
斎ノ宮……沙月?
その名前を聞いた瞬間、胸の奥で、なにかがざわついた。
「彼女は、琴音様の妹で……蛇琴村では、**“怨霊を封印した巫女”**とされているんですが、その封印の際に亡くなったみたいなんです。」
怨霊を封印……か。
言葉の響きが重たく、胸に引っかかる。
「しかし、そこがおかしくて……」
美琴の声が、わずかに強張る。
「封印をした記録と、名前以外の情報がほとんどないって、おかしい気がするんですよね……斎ノ宮 琴音様の妹だったのなら、尚更(なおさら)……」
と、美琴は言う。
確かに、彼女の言う通りだ。
琴音の妹なら、もっと詳しい記録が残っていてもおかしくない。
少なくとも、巫女としての経歴や、どういった儀式を施したのか――その手掛かりくらいはあってもいいはずなのに。
「……そうだね。でも、どんな人の妹でも、姉に比べたら平凡……なんてこともあるし。」
琴音様の存在があまりにも大きすぎて、妹の記録がかすんでしまった――ただ、それだけの話かもしれない。
実際、「○○の妹」として名前だけ残る人間なんて、歴史の中では珍しくない。
「それもそうですけど……いえ……確かに悠斗君の言う通り、かもしれませんね。」
そう言って、納得したように頷く美琴。
けれど、その目にはまだ僅かな疑念が残っているようにも見えた。
「また、私は私で、他に何か手掛かりがないか調査してみます。」
「ありがとう。」
⸻
ふと、美琴が思い出したように言葉を継ぐ。
「そういえば……今度、私が姉のように慕っている人の所へ行こうと思っているんです。」
「美琴が姉のように?」
意外な言葉に、思わず興味が湧く。
「はい。その人は
だった……?
違和感を覚えながら、美琴の横顔を伺う。
琴乃さんの話をするときの美琴は、どこか嬉しそうだった。
けれど、**「すごいベテランの古の巫女のひとりだった」**と言った瞬間、わずかに表情が陰る。
「先輩も、今度…会ってみますか?」
美琴が提案する。
僕は考える。
でも、
「そうだね……美琴が家族みたいに思っている人なら、挨拶もしたいし。今度行くとき、僕も行くよ。」
とそう言うと、美琴の表情がぱっと明るくなった。
「では、予定が決まったら教えますね!」
「うん。」
琴乃――それは、まだ見ぬ存在。
美琴の「姉」とも呼べる人。
そして、古の巫女として生きた人物。
その出会いは、今後訪れる。
こうして、僕たちの長い一日は幕を下ろした。
⸻
そして――夜。
僕は夢を見る。
それは、母さんが霊との向き合い方を教えてくれた日の帰り道。
つまり……母さんが何かに襲われた、あの日の記憶。
しかも、それは――
僕が忘れていたはずの記憶も、含まれていた。