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六話

病室を出た僕たちは、放課後に美琴が言っていたことを思い出した。


「そういえば美琴……放課後、故郷へ行って調べてきたって言ってなかった?」


「あっ……」


美琴が小さく声を漏らす。

そういえば、僕がわりと強引に手を引っ張って商店街へ行ったせいで、その話はそのままになってしまっていた。


「私まで少し忘れてしまっていました……悠斗君のこと、言えませんね。」


美琴が恥ずかしそうに顔を赤く染めつつも、くすっと微笑む。


「はは、今日はいろいろあったからね。」


本当に、いろいろなことがあった。


母さんと美琴に接点があったこと。

美琴に母さんの面影を感じていた理由――それは単なる偶然じゃなくて、美琴自身が母さんの影響を受けていたからだった。


最初はただの思い込みだと思っていた。

けれど、今は……僕たちが出会ったのは、必然だったんじゃないか。

そんな気がしてならない。


「私も、悠斗君の家系にどこから『古の巫女』の血が入ったのか気になっていたので、調べていたんですけど……ひとつだけ、違和感のあるところを見つけたんです。」


美琴の表情が引き締まる。


「違和感?」


僕が尋ねると、美琴は少し間を置いてから、慎重に言葉を選ぶように続けた。


斎ノ宮 さいのみや沙月さつき様の記録が、不自然なほどに残っていないんです。」


斎ノ宮……沙月?


その名前を聞いた瞬間、胸の奥で、なにかがざわついた。


「彼女は、琴音様の妹で……蛇琴村では、**“怨霊を封印した巫女”**とされているんですが、その封印の際に亡くなったみたいなんです。」


怨霊を封印……か。


言葉の響きが重たく、胸に引っかかる。


「しかし、そこがおかしくて……」


美琴の声が、わずかに強張る。


「封印をした記録と、名前以外の情報がほとんどないって、おかしい気がするんですよね……斎ノ宮 琴音様の妹だったのなら、尚更(なおさら)……」


と、美琴は言う。


確かに、彼女の言う通りだ。

琴音の妹なら、もっと詳しい記録が残っていてもおかしくない。

少なくとも、巫女としての経歴や、どういった儀式を施したのか――その手掛かりくらいはあってもいいはずなのに。


「……そうだね。でも、どんな人の妹でも、姉に比べたら平凡……なんてこともあるし。」


琴音様の存在があまりにも大きすぎて、妹の記録がかすんでしまった――ただ、それだけの話かもしれない。

実際、「○○の妹」として名前だけ残る人間なんて、歴史の中では珍しくない。


「それもそうですけど……いえ……確かに悠斗君の言う通り、かもしれませんね。」


そう言って、納得したように頷く美琴。

けれど、その目にはまだ僅かな疑念が残っているようにも見えた。


「また、私は私で、他に何か手掛かりがないか調査してみます。」


「ありがとう。」




ふと、美琴が思い出したように言葉を継ぐ。


「そういえば……今度、私が姉のように慕っている人の所へ行こうと思っているんです。」


「美琴が姉のように?」


意外な言葉に、思わず興味が湧く。


「はい。その人は琴乃ことのと言って、すごいベテランの古の巫女のひとりだったんですよ。」


だった……?


違和感を覚えながら、美琴の横顔を伺う。

琴乃さんの話をするときの美琴は、どこか嬉しそうだった。

けれど、**「すごいベテランの古の巫女のひとりだった」**と言った瞬間、わずかに表情が陰る。


「先輩も、今度…会ってみますか?」


美琴が提案する。


僕は考える。


でも、


「そうだね……美琴が家族みたいに思っている人なら、挨拶もしたいし。今度行くとき、僕も行くよ。」


とそう言うと、美琴の表情がぱっと明るくなった。


「では、予定が決まったら教えますね!」


「うん。」


琴乃――それは、まだ見ぬ存在。

美琴の「姉」とも呼べる人。

そして、古の巫女として生きた人物。


その出会いは、今後訪れる。


こうして、僕たちの長い一日は幕を下ろした。



そして――夜。


僕は夢を見る。


それは、母さんが霊との向き合い方を教えてくれた日の帰り道。

つまり……母さんが何かに襲われた、あの日の記憶。


しかも、それは――

僕が忘れていたはずの記憶も、含まれていた。



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