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三話

学校が終わり、教室を出た瞬間——。


「悠斗君!」


背後から、美琴の明るい声が響き渡った。


振り返ると、彼女がこちらへ駆け寄ってくる。ポニーテールが弾むように揺れ、冬の冷たい風にさらされてなお、活き活きとした動きを見せていた。


「おお? どうしたの? そんなに慌てて」


僕は少し驚きながら尋ねた。彼女の勢いに、つい笑みがこぼれそうになる。


「実は今日、午後から学校に来たんですけど……私、故郷に戻って色々調べてきたんです!」


美琴が興奮した様子でまくし立てる。その瞳は期待と好奇心に輝いていた。


「そういえば……風鳴トンネルの時に言ってたね」


彼女は以前、僕の霊眼のルーツを探るため故郷へ戻ると話していた。あの時、確かにそんな約束があった。


だけど——。


ここ最近は、廃工場の出来事が落ち着いたとはいえ、その直後は慌ただしく過ぎ去り、僕自身、学校での傷の言い訳に追われていた。先生やクラスメイトには適当な理由を並べてごまかした。


「ちょっと転んで……」「実家の手伝いをしてて……」


それでも完全に隠しきれず、先生に職員室へ呼び出されそうになったこともあった。


(……まぁ、バレなかったから良かったけど)


そんな風に日常を繕うことに気を取られ、美琴が言っていた「調査」のことなど、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。


「悠斗君! 自分の力の源ですよ!? 気にならないんですか!?」


美琴が頬を膨らませて、ちょっと怒ったように言う。彼女のその表情が、妙に愛らしい。


確かに、知っておくべきことなのかもしれない。でも、あの時はそれどころじゃなかった。何より——僕にとって大事なのは、美琴を支えることだった。


それでも、心の奥底でずっと引っかかっている疑問がある。


——どうして美琴が呪われなきゃいけなかったのか。

——どうして僕は呪われていないのか。

——母さんは……呪いの影響を受けているのか。


その答えを見つけるためには、美琴と母さんを引き合わせる必要があった。


ふと思いつき、僕は彼女の方を見た。


「美琴、今日、母さんが入院してる病院へ行こう」


「えっ?」


美琴が目を丸くして立ち止まる。


「今から帰れば、ちょうど暗くなるくらいには病院に着くだろう」


「ちょ、ちょっと待ってください! 急にどうしたんですか!?」


驚く彼女の手を引いて、僕は歩き出した。少し強引だったかもしれないけど、迷っている時間はない。


「ほら、行くよ」


──


病院へ向かう途中、僕たちは商店街に立ち寄った。


白い息を吐きながら、桜織の冬の街を歩く。クリスマスが近いせいか、通りはイルミネーションで彩られていた。店の軒先には色とりどりのライトが揺れ、木々の枝には電飾が巻き付いて、まるで星屑が降り注いだような光景だ。


「すっごい綺麗ですね……!」


美琴が目を輝かせて呟く。その無垢な喜びが、冷えた空気を温かく変えた。


僕はこの景色には慣れていたはずなのに、彼女の反応を見ていると、なんだか新鮮な気持ちが湧いてくる。


「美琴、花屋に寄ろう」


「お母様に?」


「うん、いつも持って行ってるから」


商店街の一角にある小さな花屋へ足を踏み入れると、懐かしい花の香りが鼻をくすぐった。


「いらっしゃいませ~」


店主のおばあさんが、皺の刻まれた顔に温かい笑みを浮かべて迎えてくれる。


「おや、悠斗君じゃないの。今日もお母さんのお見舞い?」


「あ、はい。いつものカーネーションをください」


「はいはい、ちょっと待ってねぇ」


おばあさんは慣れた手つきでカーネーションを包み始めた。


「へぇ、悠斗君って、お母様にいつもお花を持って行ってるんですね」


美琴が感心したように言う。少し照れくさくなって、僕はそっぽを向いた。


店主のおばあさんが、美琴をちらっと見て、にっこり笑う。


「そちらの可愛いお嬢さんは、悠斗君の彼女さんかい?」


「えっ!? ち、ちがっ……」


「ち、ちがいますっ!!」


僕と美琴が同時に声を上げた。顔が熱くなるのが分かる。


「おやおや、仲が良さそうだからてっきりねぇ」


おばあさんがくすくす笑いながら、花束を渡してくれる。


「ほい、おまけで一輪足しといたよ。良い夜を過ごしなさいな」


そう言って、ウインクしてきた。


(……違うってば。)


美琴の横顔をちらっと見ると、彼女は顔を赤くして目を逸らしていた。


「ありがとうございました!」


美琴が慌ててお礼を言い、僕たちはそそくさと店を出た。


「次、ご飯食べようか」


「……そ、そうですね!」


──


立ち寄ったのは、商店街の片隅にあるラーメン屋だった。


この寒い季節に食べる温かいラーメンは、身体の芯まで染み渡るような美味しさがある。注文したのは、桜織の名物「桜咲け咲けラーメン」。ほのかに桜の香りが漂うスープに、桜の花びらを模したなるとが浮かんでいる。名前は少し気恥ずかしいけど、味は折り紙付きだ。


「美味しい?」


「はい!! とっても!!」


美琴が目を輝かせながら箸を動かす。その美味しそうな表情を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。


(……このまま、ずっとこんな時間が続けばいいのに)


そんな淡い願いが胸をよぎり、僕も箸を進めた。


食べ終わると、美琴が財布を取り出そうとする。


「ダメ」


「えっ?」


「美琴には絶対に出させない。僕が出す」


「え、でも……」


「いらないってば」


そう言ってさっとお金を払うと、美琴が頬を膨らませた。


「悠斗君……ずるいです……」


「なんで」


「私だって、たまには……!」


「それはまた今度ね」


僕がそう返すと、彼女はむすっとしつつも、どこか嬉しそうに微笑んだ。


「ごちそうさまでした!」


──


病院に着いた時——。


なぜか、心の奥で緊張が広がっていた。


(呪いのこと……聞かされるんじゃないか……?)


手のひらがじっとりと汗ばむ。ドアノブに手をかけ、ゆっくりと病室の扉を開けた。


——何が待ち受けているのか、知る由もないまま。




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