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二十四話 支える覚悟

「悠斗…君…?」


微かに震える声が耳に届く。

ゆっくりとまぶたを開けると、そこには美琴の疲れた瞳があった。


「美琴…!」


思わず彼女の手を握りしめる。


美琴の瞳がゆっくりと焦点を結び、僕を見つめた。

頬にはまだ汗が滲み、顔色も悪い。

それでも、目を覚ましてくれたことが、心の底から嬉しかった。


松田さんが黙って部屋を出ていく。

あの人なりの気遣いなんだろう。


「ここは…?」


「松田さんの家だよ。」


「そう…ですか……。」


美琴の表情はまだぼんやりとしていた。

それでも、彼女の声が聞こえたことに安堵する。


僕は――あの時、本当に美琴に強制成仏をさせるべきだったのか?

彼女がこんなに苦しむくらいなら、あの場で止めるべきだったんじゃないか?

何度もその考えがよぎった。


けれど、松田さんの言葉が、僕の迷いを振り払ってくれた。


『自分の選択を信じな。どこかで必ずいいことが起こるさ。』


僕は、美琴の意思を信じた。

そして、彼女を支えると決めた。


だから、もう何も問い詰めるつもりはない。

代償のことも――。


ただ、彼女が迷った時だけは、ちゃんと止めよう。


「目が覚めて、本当に良かった…。」


握る手の力が、自然と少し強くなる。

僕の言葉に、美琴は驚いたように目を見開いた。


「悠斗君…なにも…聞かないんですね…?」


「うん……さっきまで迷ってたけどね。

でも、僕はこれからも君を信じて支えるよ。」


静かな決意を込めて伝える。

それを聞いた美琴は、一瞬きょとんとしたあと、ふわりと微笑んだ。


「悠斗君…ありがとうございます…。」


その笑顔は、どこか儚く、でも、どこまでも優しかった。


──


時間が流れ、空はすっかり暗くなっていた。

詩織さんの時と同じくらいの時間――廃工場での戦いから、ようやく一日が終わる。


「また、お世話になってしまいました。」


美琴が申し訳なさそうに、松田さんに頭を下げる。


「いいんだよ。あんたたちは、それくらいのことを私たちにしてくれた。

これでもまだ足りないくらいさ。」


松田さんが、いつものように豪快に笑う。


「本当に…前に進めたんですね。」


美琴が穏やかな表情で呟く。


「美琴ちゃん、悠斗。本当にあんたたちのおかげだよ。

私が力になれることがあったら、また頼っておいで。」


松田さんの温かい言葉が、胸に染みる。

この縁を、僕は心から大切にしたいと思った。


「お邪魔しました。今度、何かお持ちしますね。」


僕は笑顔でそう告げる。


──


再び、桜翁の元へと僕たちは向かった。

あの時とは、もう状況が違う。


廃工場での戦いを乗り越え、美琴との時間も半年が経とうとしていた。


「そういえば…温泉郷のこと、話せませんでしたね…。」


美琴が、少し残念そうに呟く。


「あぁ、そうだね。今度、何か持って挨拶に行こう。

その時、温泉郷での色々なことを話せばいい。」


「そうですね…。陽菜さんのこととか、話したいなぁ。」


「はは、いいね。松田さん、きっと驚くよ。」


そんな何気ない会話をしながら、僕たちの一日は終わっていく。


冷たい風が頬をかすめる。

冬の気配が、すぐそこまで来ていた。


――でも、この時の僕たちはまだ知らない。

 これから訪れる冬が、今までとは違う寒さを運んでくることを――。


**廃工場に蠢く編 完**


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