ある日。
強すぎる敵を前に冒険者は深手の傷を負い、戦場に倒れてしまう。
──このままでは、危ない。
小さな震えが、魂の奥底から湧き上がった。
(守りたい……もっと、傍で支えたい)
青龍は、深く、強く、祈るように願った。
(どうか……!)
蒼い光が辺り一帯を照らす。
気づけば、姿を変えていた。
指輪に宿った龍の心。形を成し、精巧で美しい一枚の盾となった。
輝く龍の鱗の中に小さな蒼い宝石がひとつ。それらは上品に煌めいて。
盾にしてはあまりにも繊細な装飾。
ただの防具ではないという思いが、無意識に現れてしまったのかもしれない。
──けれどこれで、守ることができる。
主がこちらを見て、目を見開いているのが分かった。だが、見つめ返している暇はない。
敵の剣が唸りを上げて襲いかかってくる。
冒険者は盾を目にすると、立ち上がった。
輝く盾をその手に取る。
そう、共に、敵を倒すのだ。
この盾は冒険者の手に不思議なほどに自然に馴染んだ。
まるで初めから、こうなることが決まっていたかのように。
戦いの最中だが、主の驚きが伝わってくる。思わず笑みを漏らしてしまった。
(ふふ……私は……貴方の盾ですから……)
斬撃が飛び交う戦場で金属音が耳を打つ。敵の剣は容赦なかった。盾を叩き、突いてくる。
その度に、体が軋む。
擦れて、打たれて、削られて。だが、それでも構わなかった。
(私が貴方を守りたいのだから……)
敵の攻撃は鋭く、激しいものが続いた。
盾はたくさんの傷を負う。しかし、青龍にとっては、どれもかすり傷程度に小さなものだ。
(この程度、痛くも、苦しくもない)
痛みを感じないほどに、青龍の心は高ぶっていた。
そして見事、冒険者は勝利を収める。
(お役に立てた……)
青龍はこの日、盾となり、これが初めての戦いとなった。指輪だった頃よりも、はるかに幸せを感じていた。
森を抜け、風通しの良い野原にいる。
木漏れ日の気持ちいいこの場所で、少しばかり休んでいた。
木の幹に背を預けて座る冒険者の傍らに、盾は静かに置かれている。
あたたかく柔らかな風を感じながら、盾は主を見つめていた。
ふと、手が伸びてくる。
そっと抱きかかえられ、膝の上に置かれた。
「……美しいな」
優しい響きが降ってきた。
青龍の心が、ぶわりと浮き立つ。
冷たい金属の中にいるはずなのに、とても熱く感じてしまう。
蒼い石がきらりと光った。
この気持ちを、どう処理してよいのか分からない。
(……あの……えっと)
「傷が付いてしまった……」
冒険者の手が、そっと表面に触れる。
(……っ……!)
思わず、震えた。いや、盾は動かない。心が震えたのだろう。
(……こんなにも……私は……)
主の手が、盾を優しく撫で始める。
(ぇ……ぁ、まだ、心の準備が……)
ただの手入れである。
しかし、青龍にはあまりにも心地の良いもの。
まるで肌に直接触れられているような、そんな感覚。
くすぐったさと嬉しさが混ざり合い、どうしようもなく戸惑っていた。
盾を磨くための布がどこからともなく現れて、ゆっくりと縁を滑っていく。
時折、きゅっ、きゅう……と音を立てながら。
(あ……って、そんなところまで……)
「んっ……」
声など出ないはずなのに。
“音にならない声”が、いや、“声にならない音”がこぼれてしまう。
恥ずかしさに、盾は震えた。
主の手が、鱗のひとつひとつを丁寧に撫でる。
ぞくりと背筋に何かが走った。
「っ……ん、……待っ……て……ぁっ」
冒険者の手のひらが、指が。
布越しでも伝わってくる。
何度も何度も、優しく滑り、触れてくる。堪えきれずに身を捩った。
いや、実際には動いていない。ただ、盾の内側で、身を捩るような気持ちになっていた。
そして、手入れの最後に、また優しい響きが降ってきた。
「これからも、共に戦ってくれるか」と。
この上ない幸せだ。
もちろんです、と盾は心を込めて答えていた。
また、トンと手が置かれる。
慈しむようなその手が嬉しい。
この方の盾になれたことが、心から幸せだと。誇りに思えた。
青い空は茜色へ。
ゆっくりと、穏やかに染まっていく。
──これからも、貴方をお守りします。どうか、私を使ってください。