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無理ゲー社会の生きる道
無理ゲー社会の生きる道
八ッ坂千鶴
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年04月06日
公開日
5,216字
連載中
魔法が存在する日本。 そこで暮らす1人の高校生がいた。 彼には両親がおらず、日々バイトと大道芸での小銭稼ぎ。 学費だけでお金は持っていかれ、学食で飲める無料のスープや、魔法で作った魔力水で命を繋ぐ。 そんな彼の生活は、とある大事件によって塗り変わる。 使用価値のない水魔法を駆使して、脅威をから脱することはできるのか?

第1話

 昨日の僕はダメダメだった。週3で入れてるレストランのバイト。いつもの迷惑客が邪魔をして、限定メニューの最後の1つを床に落としてしまった。 

 どのように落としたかと言うと、相手が足を引っ掛けて僕が転んだ。ただそれだけで器も割れ、料理も散らかった。

 問題の迷惑客とは違い、注文した人はとても優しい方だったのは救いだが、オーナーからは強く注意された。

 そんなバイトは今日もやってくる。昨晩の疲れで眠気が襲ってきたあたりから、今いる場所の机に突っ伏していた。


 「優人ゆうと! 優人起きて!」 


 すぐ近くで女性の声がした。ゆっくり目を開けると、整った顔立ちの少女。長くまっすぐ伸びた髪はキレイな桃色だ。


「……梨央りお……。もしかして僕寝てた?」 

「もしかしてじゃないよ! 優人が授業中寝てて、大きないびきかいてたせいで中断状態。迷惑をかけていることへの自覚を持ちなさい!」

「は、はい……。すみません……」


 春日井かすがい梨央。僕と同級生で幼なじみの彼女は、同じ高校の2年生。彼女は僕たちが小学生の時に起きた事件で大活躍した人。

 対して僕はなにも力になれなかった。同じ孤児院で、同じ優等生組。なのに、実力は彼女の方がずっと上。

 魔法があるこの世界で、僕の才能は開花しなかった。それでも、今の魔法専門高校に進学できたのは奇跡かもしれない。

 そんな過去を振り返っていると、学校のチャイムが鳴った。時間を見るとちょうどお昼の時間だ。

 ちなみに僕には財布というアイテムがない。バイト代は全て学費と寮費に溶けるので、持つ意味がない。それでも――。


「優人、また学食の無料スープ飲むの?」

「う、うん。だって、学食高いし……」 

「そうかな? 一番安いとワンコインで買えると思うけど……」

「ワンコイン?」

「そう、500円玉1枚で購入できるメニューのことよ」


  残念ながらそんな硬貨は持っていない。財布がない時点で持ち金ゼロだ。やがて、美味しそうな香りがしてくる。 

 本当はみんなが食べてるようなものが食べたい。だけど、そんな食事にありつけるのは、レストランでバイトした時のまかないくらいだ。

 自分で買った食べ物はないに等しい。 


「そういえば、話変わるけど優人また痩せた?」

「え? そ、そうかな? あまり実感はないけど……」 

「絶対痩せた! ほら腕見せて! 袖が膨らんでるもん。って、脇の部分ほつれてる!」 


 梨央が僕の袖を見て大声をあげる。周囲からの視線はどんどん集まっていき、背中に不自然な汗が流れた。 

 僕の袖を直すためバイト前に彼女の寮に行くことになり、変な感情が込み上げる。これは、何なのだろうか? 

 胸の高鳴りが襲ってきて離れない。彼女のことが好き? そんなこと、あるはずがない。


 「優人は席取っておいて。少しでも栄養価の高いもの食べないと、持たないでしょ?」 

「け、けど。梨央が持ってるお金だよね。僕のことは大丈夫だから……」

「それでも! 孤児院にいた時誓ったでしょ!」 

「そ、それは……」 


 ――お互い亡くなった親の分まで生き続ける―― 


「わ、わかったよ……。おすすめ……教えてくれるんだよね」

「ええ、そうよ。じゃ、席取りよろしく〜!」 

「うん……」


  梨央と別れ、僕は席を探した。出遅れたせいでほとんどが埋まっている。みんな仲間の輪を作り、談笑したりゲームをしたり。 

 あれはなんだ? それぞれ綺麗にデコレーションした薄っぺらいなにかを操作している。後ろから覗くのはやってはいけないことだが、気になって一人の生徒の手元を見る。 

 薄っぺらい板が煌々と光っていた。こんなもの手にしたことがない。映し出されているのは、カレンダー? しかも数年先まで確認できるようだ。 


「優人?」

「あ、え、えーと……」

「もしかして、それ気になるの?」

「う、うん……」 

「なら、私の見せてあげる。ほら、知らない人のはブレて見えづらいでしょ?」


 たしかにそうだ。近くに座る人のを見ても、頭で隠れてじっくり見ることができない。僕は梨央に手を引かれ、偶然空いてたのか知らない2人席にやってきた。 

 梨央はポケットから背面がピンクの板を取り出す。黒い面を上に向けて真横に置くと、そこには少し出っ張った部分が2箇所あった。

 彼女が小さい方のでっぱりを押すと、真っ黒だった表面が明るく光る。これは魔法? でも、魔力を感じない。魔法具ではないようだ。 


「梨央。これは」 

「スマホよ。あなたってほんと時代遅れね。普段バイトのシフトとかってどうやって管理してるの?」

「え?」


 それを聞いて、僕はポケットから折りたたんだ紙を取り出す。紙を開くとA4サイズの大きさになり、ひと月分のシフトが書かれていた。

 もちろん今日の日付は丸がついている。下の枠に書かれているのは勤務時間。今日は20時から翌の朝5時までだ。

 まかない目当てで勤務しているが、昨日のような失敗はできない。


 ――ピピピピピ!


 どこからか甲高い音が響いた。スマホが振動して少しズレている。さっきまでシフト表を眺めていたことで、その大音量に一瞬心臓が止まるかと思った。


「料理ができたみたい。ついてきて」 

「う、うん」

「あ、優人。ここになにか目印作っておいて」 


 注文が多い少女だ。梨央が行動をする前にコップ置き場からコップを持ってきて、魔法で水を注ぐ。 


「また、魔力水? それ最終的に飲むんじゃないでしょうね?」

「そ、そうだけど……」

「はぁ……。身体は大丈夫なの?」

「な、なんとか……やってます……」 


 完全に僕の思考を読まれているようだ。たしかに昼間は学食の無料スープか、先程作った魔力水だけ。このエリアでは買い物はしない。

 というよりも。孤児院を出た時数万あったお金はあっという間に消えてしまった。 

 今働いている場所でも、手に入るのは万単位ではあるが片手で数えられる枚数。それすらも学費と寮費に消えてしまう。 


「まあいいわ。こっち。ついてきて」 


 僕は梨央のあとを追った。最初についたのは、何やら醤油の匂いがする店。

 彼女の情報によると、この学食は街のチェーン店と提携していて、そこの料理を手頃価格で食べられるらしい。

 それでも、僕にとっては高級料理。この感覚がみんな普通だと思っていたが、目に映る人みんながものすごく美味しそうな料理を食べていた。 


「注文番号を教えてください」 


 店員さんがそういうと、梨央はスマホの画面を見せながら。


「128番です」


 と答えた。


『では、こちらですね。ごゆっくり』

「ありがとうございます」


  彼女が受け取ったのは、大きな器に茶色いお湯の入ったもの。どうやら醤油ラーメンを頼んだようだ。孤児院では人気メニューで、すぐに売り切れていたのを思い出す。


「だけど梨央。僕のは?」 

「あなたのは。あっち」 

「え?」 


 梨央が別の店を指さす。そこに向かうと、フレークとは違う、カラフルなものを牛乳で浸した食べ物。孤児院では出てこなかったメニューだ。


「これは?」

「フルーツグラノーラ。今女子の周りで人気なの。私はちょっと合わないんだけど、とても腹持ち良いみたいだから」

「そうなんだ……。あ、ありがとう梨央」 


 そうして僕たちは席に戻った。そういえばスプーンを持ってきていなかった。急いで取りに行こうとすると、梨央に止められる。

 どうやら僕の出番はないようだ。ということで大人しく待つことにする。少しして梨央は大きなプラスチックのコップを2つ、トレーに乗せてやってきた。もちろん僕が使うスプーンもある。

 コップの中身はというと片方は黄色。もう片方は緑色でどちらもあぶくが下から上へと浮いている。これは飲み物? 飲むとしても魔力水だけで済ます僕には、そう捉えることができない。


「梨央。それ飲めるの?」

「飲めるよ。この黄色い方がジンジャーエールっていって、少し辛いかな? で、緑色の方がメロンソーダ。炭酸初心者には優しいやつ」

「ジンジャーエールとメロンソーダ……」

「優人はどっちが飲みたい?」

「いや、僕はいい――」


 とはいえ、味はものすごく気になっていた。本音はどちらでもいいが、知らないうちに梨央がメロンソーダを飲み始める。

 そうなると、僕が飲むのはジンジャーエールしかない。恐る恐る手を伸ばす。触れた瞬間感じたことのない冷たさに手が震えた。


「あ、ごめん……メロンソーダの方が良かった?」

「う、ううん。大丈夫。そっちも気になるけど、ジンジャーエールも気になってきたから」

「けど、それ辛口だよ?」

「だ、大丈夫だって……」


 ゆっくり手前に引き寄せ。ストローをさしこむ。静かに吸い上げると、口の中がピリリと痺れた。これがジンジャーエールなのか。

 思った以上に美味しい。ふと我に返るとコップの半分まで飲み干していた。また飲みたいと願ってしまうくらいの味だ。


「梨央これ美味しいね」

「でしょ! おかわり持って……。って、グラノーラがふやけてるよ!」

「え。あ、ほんとだ。完全に牛乳を吸っちゃってる」


 急いで食べ始めると、口に入ったもの全てがふにゃふにゃで、あまり美味しく感じなかった。今度は用意されてすぐに食べようと、心の中で反省する。

 梨央はというと、ちょうどラーメンを食べ終えたところだ。まだ足りないのか、席を立ち離れていく。

 5分後。フルーツがたくさん飾られたパフェを持ってきた。孤児院でも出てきたけど、それは小さなカップに数個果物がのったもの。

 しかし目の前にあるのは、それとは比べ物にならないくらい大きい。器のサイズも見た事がない大きさだ。


「梨央。それも食べるの?」

「うん。デザートは必須だよ。優人も食べてみる?」

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」


 よく見てみると、茶色いソースがかかっている。口に入れるととても甘かった。チョコだ。昔、親がよく用意してくれた思い出が蘇る。


「優人! 優人!」

「あ、ごめん……。久しぶりにチョコ食べたから」

「なんだ、そういうことね。そろそろ午後の授業が始まるし片付けましょ」

「わかった」


 僕は梨央と一緒にトレーを返却しにいく。彼女が言った通り、胃が重く感じた。フルグラを甘く見すぎていたかもしれない。これなら深夜まで持ちそうだ。

 午後の授業は体育館で行われるとのこと。この高校に在学している生徒全員が対象のようで、館内は賑わっていた。

 2年生になってもなお、身長の低い僕は前から10番目。整列が完了すると、ステージから一人の男性が出てきた。

 この学校の校長先生だ。長く伸びた髭はまるで長老のようで、背中がくの字に曲がっている。彼は、かつて軍事の指導者をした人。

 ここは全国の孤児を中心とした学校で、国籍も様々だ。


「みな集まってくれてありがとう」


 校長先生が一言そう言う。


「今日集まってくれたのは、系列の大学生からの研究報告を聴いて貰うため。それ以上はない。ただ、今回は少し状況が違ってな」


 先生の声色が暗くなる。なにか問題があるのだろうか? 空気が張り詰める。生徒一人一人がざわめきはじめ、顔を合わせる人もいた。

 こんな状況になったのは、たしか小学生の時だ。あの時も学校でこうして集まり、先生からの重大発表を聞かされていた。

 あんなこと、もう二度と起こらないと思っていたが、当時と同じ空気だと感じた。僕たちは社会と脅威に踊らされている。

 若い力が必要と言われ、子供なのにも関わらず戦闘の最前線に投げ込まれ。そんな歴史があるこの世界で踊らされている。

 幸い僕は戦場には出なかった。いや、出た方が良かったのかもしれない。


「今日みなに聴いて貰いたいことは、ものすごく大事な事だ。これ以上ないほどにな。私もまさかこうなるとは思わんかったくらいだ」


 校長先生の発言のあと、少しだけ人の気配を感じた。その場所は舞台袖の奥。この感覚は僕もよく知っている。

 冷気を纏ったオーラ。それを自然に放てるのは一人しかいない。僕は身体を捻って舞台袖を見る。けれどもその必要はなかったようだ。


「ではここで交代しよう。魔法専門大学所属1年の中谷なかたに怜音れおん君。来てくれたまえ」

『はーい!』


 舞台の垂れ幕から明るく高い声が聞こえた。バイト先でよく聞く透き通った声だ。やがて青年が小走りでやってくる。

 身長はとても高く、背筋もピンと伸びている。顔は整ったいかにもイケメンと思えるパーツ。髪は水色に染めていて、前髪に白いメッシュが入っていた。


「皆さんはじめまして、ボクの名前は中谷怜音と言います。校長先生。本日はお招きいただきありがとうございます」

「どうも、怜音君は我が校の卒業生。久しぶりに来てどう思った」

「とんでもない。たしかにここに来たのは久しぶりですが、生徒も増えて嬉しい限りです」


 怜音はそう答え一礼をする。その動きは流れる水のようになめらかで、無駄がなかった。バイト先でも、余分な動きがなくどの動作もスムーズ。それが彼のいい所だと思っている。

 年齢では彼の方が上だがバイト歴では僕の方が先輩。彼が言うには僕の背中を追いかけて入ったと言っていた。


「では本題に移ろう。怜音君。あとは任せる」

「わかりました。校長」


 校長先生と怜音の会話が終わり、館内は静まり返る。先生は足を引きずりながら舞台袖に消えた。

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