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第16話 異変と美形とモブと

  意見の噛み合わない三人組は、ひとまず夜食タイムをとることにした。


 犬丸いぬまるが取り出した弁当箱は三つ。開けるとミニハンバーグ、ブロッコリーとシメジのナムル、卵焼きがバランスよく並んでいる。


 犬丸たちはマイ箸、兎田山うだやまには割り箸の配慮。ハンバーグは猫宮ねこみやのことも考えて豆腐が入っているというし、ケチャップソースか和風ソースかを選べるように二種類付きで、犬丸のスパダリぶりが輝いている。


「くっっこれが推しの手作りお弁当……尊い……!」

「いちいち反応がうっせーなぁ」


 食べていいのかモブとして。逡巡する兎田山は、遠くから悲鳴を聞いた。


[助けて!!誰か!!]


 異世界村の方から、有り得ない速度でこちらに向かってくる。

 女の子二人の輪郭が見えて、兎田山は杖を持って駆け寄った。

 すぐさま鑑定アプレイズ『スキル』を使う。


 少女の背後にはビッグスパイダー二匹と、キラーラビット一匹。兎田山には負担が大きい魔物だ。

 兎田山の鑑定アプレイズで、後方を走る少女の体力が一桁になりかけているのが見えた。


回復ヒール!!」

 兎田山の回復魔法で、少女は速力が落ちかかっていたのを持ち直す。

水斬撃ウォータースラッシュ!」

 水刃がビッグスパイダーの首を捉えて、血が吹き上がった。角度が良かった為に、一匹は頭が転がり落ちてどうと倒れる。


[こちらに逃げてください!]

 兎田山の声に、二人の少女はゲートの方面に行きかけたのをユーターンして戻ってきた。

 あのままゲートに行かれては、日本側が大ダメージを被る。戦力である大人の一部がこの時間にビジネスホテルで休んでいるとはいえ、リスクがないに越したことはない。


 『スキル』にもレベルはある。兎田山本人の『ジョブ』レベルは38あたりであるが、水斬撃ウォータースラッシュ自体はレベル五しかない。


「おい、メガネ!!俺たちがやれる事はねぇのか?!」

「お二人共、武器はまだの上、今の魔力で魔法を使ったら倒れますよ!露払いはモブの仕事です!!『水斬撃ウォータースラッシュ』!!」


 攻撃魔法は一つだけ。しかもレベルは高くない。

 兎田山の背中に冷たい汗がしたたる。

 二発目の魔法は、キラーラビットの俊敏さに追いつけずビッグスパイダーの足を二本もいで終わった。


 まだ魔法を撃つ余力はあるが、魔物との距離は着々と埋まっている。

 先頭を走っていた少女が、おもむろにビックスパイダーに蹴りを放った。鈍い音と共に、ビッグスパイダーの顔面がひしゃげて血が零れる。


水斬撃ウォータースラッシュ!!」

 貰ったチャンスを無駄に出来ない。瞬時に放った兎田山の『スキル』はビッグスパイダーの脳天を襲って中身をぶちまけた。

 瞬間、醜い声で鳴いたキラーラビットの鋭い角が迫る。

 咄嗟に猫宮を抱き抱えようとした犬丸は、その腕から最愛の存在がすり抜けた。


雷鳴刃サンダーアタック!」

 ツルハシから、雷光のような光がほとばしり、猫宮はキラーラビットに『スキル』を撃ち込む。


 焦げ臭く、肉の焼ける音と共にキラーラビットは動きを止めたが、猫宮のしなやかな四肢もその場に倒れた。


「お嬢ッッ!!!」

「魔力切れです、犬丸くん、これを猫宮さんに!」

 兎田山は異世界村で仕入れた魔力ポーションを、犬丸に渡す。

味がいいとは言えないが、この際そんな事を言っていられない。


[すまなかった異世界人、巻き込んでしまって]

[いいえ、こちらが未熟でした。ご無事ですか?]


 兎田山には二番目に会得した『スキル』翻訳トランスレーションがある。村でよく使うのでレベルも高い。

 魔物に蹴りをいれた少女の方が年長らしく、橙色の髪をうしろに縛っている。


[あたしはエンテ。こっちが妹のシーニュ。二人とも『瞬足』のスキルを持ってんだ。村にあいつらが来て、誰か助けてくれないかって走り回ってて……にいさんはよく村にきてる異世界の人だろ。ありがとう]

[なるほど……おかしいですね。アルタ村ですよね?せいぜいゴブリンくらいですよね……。異世界の方には僕から報告しておきます]


「兎田山!!お嬢が目を覚ました!!」

 犬丸に呼ばれて行くと、背の低い茂みで犬丸に抱かれた猫宮と目が合った。

 ぐったりと、その美貌は白く青ざめている。


「……ごめんね、紫里くん。飛び出して迷惑かけちゃったわ」

「正直、魔力切れは良くあることですけど今のレベルでは意識を昏倒します。次はやってはいけませんよ――なんて正論は言わせてもらいましたが、あの一撃が無ければけが人が出ていました。ありがとうございます」


 怪我人でも軽傷ならば兎田山の回復ヒールで回復は出来る。ただ、キラーラビットの一撃の受けた場所によっては直しきれない可能性も高い。


「俺も『スキル』使おうとしたのに、発動しやがらねぇ……肝心な時にッッ」

「犬丸くんの『ジョブ』は狙撃系ですから、ツルハシでは発動は難しいでしょう。猫宮さんはギリギリ、ツルハシに武器判定が出た感じでしょうね」


 猫宮の汗をふきとる犬丸のほうが、まだ顔色が青ざめていた。

[にいさんら、村に案内するよ。お礼したいし]

[村これる?女の人大丈夫?]

[ありがとうございます、お言葉に甘えますね]


 ここで一息いれるには、またスライムが寄ってきてしまう。

 犬丸たちを村に連れていくのはレベル三を超えてからにするつもりだったが、緊急事態だ。


 スマホのカメラで、兎田山は密着する二人をスタイリッシュに撮影する。

「我が最高の推しのおふたり、移動できますか?」

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